第2話「無能力者、滅んだ村を嘆く」
マケマケ村、そこは僕の故郷にしてキュビワノ族が居住する平和な村だ。
プルート帝国と『ネプチューン王国』の国境沿いにあった小さな村であり、元々はプルート帝国の領土であった。しかし現在は『ヘリオポーズ条約』による領土割譲により、ネプチューン王国の領土となっている。
3年前のこの条約締結によってプルート帝国は最後の植民地を失い、帝国側にとってこの条約は二等国家への降格を意味していた。
マケマケ村が滅ぼされたなんて噂を聞いた時にはもうこの世の終わりかと思った。そんなの嘘だと思いたい。一刻も早く真相を知りたいとこの足が叫んでいる。
ちょうどマケマケ村が滅ぼされたとこの人が言っていた時期と見事に一致している――この時に一体何があったんだ?
「私はマーズ・アラム。マーズって呼んでね。あんたは?」
「僕はアース・ガイアといいます」
自己紹介をしながら体の前で両手を結び頭を下げた。
「もう~、私たちおんなじ平民なんだから、もっと普通に喋りなさいよ~」
「あっ、すみません。長年召使いをしていたものでつい」
片手を頭に当て、苦笑いをしながら会釈をしてしまった。マーズはオレンジ色のボーイッシュな短髪に陽気で快活な女の子だ。歳は僕に近く、背丈は僕よりも少し高いくらいか。
スタイルも良く、自己主張の激しい豊満な胸が黒いシャツから飛び出しそうだ。
「まあいいわ。マケマケ村ってことは、あなた、キュビワノ族なの?」
「はい。父さんがキュビワノ族の族長とマケマケ村の村長を兼ねていました。最初は一人っ子の僕に全てを託そうとしていたみたいなんですけど、僕の適性が無能力者だと分かると、途端に手の平を返して、僕をウルヴァラ家の召使いとして安く売ったんです」
「酷いお父さんね。私だったら蹴飛ばしてたわ」
そう言いながらマーズが目の前の空間に風を切るような鋭い蹴りをかました。
「あはは……あの、付き添ってもらってもいいんですか?」
「ええ、いいわよ。私の目的地もそっちの方向だし、しばらくはつき合うわ。もしかしたらマケマケ村に財宝があるかもしれないし」
「ありがとうございます。マーズはどこまで行くんですか?」
「私はネプチューン王国の王都まで行くつもりよ」
「あぁ~、確かにマケマケ村と同じ方向ですね」
この身なりと装備からして冒険者だ。僕らは進路が同じであったためにしばらくは同行することに。マケマケ村はプルート帝国とネプチューン王国の国境でもあるプルーティノ川を越えた先にある。
どうやら国境を越えるつもりらしい。1人よりも2人の方が安心なのでもちろん快諾した。
野を越え、山を越え、国境を越えた。国境にある検問では警備も検査も緩く、僕らは比較的簡単に通過することができた。
足が棒になりながらも丸3日ほど歩き、ようやくマケマケ村へと辿り着いた。
「「!」」
僕らは絶句した。村を出るまであったはずの木造建築物の全てが、ほとんど原形を留めないまま放火の爪痕として焼け崩れている。
屋内の2階以上の部分は全て消し飛んでおり、1階部分は見取り図のような痕跡だけが痛々しく残っている。周囲には身元不明の焼死体もあり、剣を持ち家を枕に座りながら死んでいることからも、最期までこの村を守ろうとしていたことがうかがえる。
父さんたちが自分で家を燃やしたはずはない――つまり誰かに襲撃された。
マーズの言っていることは本当だったんだ。
そして……目の前で剣を握っているこの骸骨死体は間違いなく父さんだ。
「アース、どうしたのっ!?」
僕は父さんの死体を前にしてこぼれ落ちる涙が止まらなかった。
「……マケマケ村は……もう滅んだんです」
一体誰がこんなことを……絶対許さない。
必ず村のみんなの仇を取ると僕は肝に銘じた。
内に秘めた溢れんばかりの憤怒を抑えようと体がプルプルと震えたまま、僕は光沢を放つ剣と花柄の鞘に両手を伸ばした。
【光魔剣ガイアソラス】はキュビワノ族に代々伝わる家宝であると共にマケマケ村を守る最後の砦でもあった。
これをもってしても勝てない相手だったのはこの惨憺たる光景を見ればすぐに分かる。だがどうしてもこの剣で仇を討ちたいと心が連呼し続けている。
「最期まで戦っていたのね」
「ここは僕の実家……いや、実家だった場所です。この人が……僕の父さんです」
「ええっ!? こっ、この人がっ!? でもどうして落ち着いていられるの?」
「皮肉な話ですが、召使いたるもの、怒りを易々と面に出してはならないと体に叩き込まれました。今はもう……召使いですらないのに……」
「アース……」
心配そうにしているマーズが僕を後ろから抱きかかえた。
怒りも苦しみも悲しみも、全て涙でしか表せないこの不器用さを彼女は理解してくれているようだった。自分の無力さが心底憎いと悔しさを噛みしめている僕の右腕は、剣のグリップの模様が手の平にくっきりと残ってしまうほどそれを強く握りしめていた。
さっきまで必死に押さえつけていた理性が決壊していく。もう耐えられない。
「ううっ……うっ……あああああぁぁぁぁぁっ!」
しばらくして僕らは父さんを埋葬し、この殺風景極まりないマケマケ村を去った。
――どれくらい泣いただろうか。
僕の涙は水溜まり跡のように涸れきっていた。今は僕の代わりに空が泣いている。剣を鞘に納めた僕はそれを受け継ぎ左腰に装備した。いつでも仇を討てるように。
「アース、もしよかったら、一緒にトリトンまで行かない?」
「……トリトンですか?」
「ええ。トリトンには色んな場所から移民が集まっている大都市なの。あんたはもう身寄りがないんだから、そこで新しい住所を探しましょ」
「ありがとうございます。マーズはどうするんですか?」
「私は冒険者だから、そこで装備を揃えてモンスターの討伐にでも行こうかなって思ってる」
「冒険にはポーションが必須ですもんね」
「そうなのよ。この前の戦闘でポーションを使い切っちゃったし、何故か回復魔法だけ使える人がいないから、ポーションの価値が高いのよねー」
マーズが持つ疑問はごもっともだ。パーティには様々な担当がいるが、誰1人として回復魔法を使うことはできず、回復担当はポーションを運ぶ雑用の仕事を意味していた。
様々な魔法を使いこなす人々がいながら、回復魔法の使い手だけは世界広しと言えどその名を聞いた者はおらず、未だに空想上の魔法とされていた。
これはまだ、誰も解けていない重大な謎の1つである。
僕らは王都トリトンに向け、地を踏みしめ歩き始めたのだった。
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