第19話「無能力者、道を切り開く」
マーキュリーと2人きりで話していて分かったことがある。
僕が取得したフレースヴェルグの力を使えば、この危機を乗り越えられるかもしれない。風を操る力を得たなら、海をもせき止める風の壁を作ることもできるはずだ。
昨日誰もいない大浴場でその実験をした。実験は見事に成功だった。
風呂でもできるなら――海でもできるはずだ。
僕以外の全員が馬車に乗り、アポロさんが2頭の馬を繋いだ馬車の運転席に座ると、そのまま勢いよく砂浜に向かって走り出した。
「あれは何だ?」
「馬車だろ」
「――あれっ! 中にいるの大公令嬢じゃないか?」
「なにぃ! さっさと捕まえに行かんかっ!」
「は、はいっ!」
さすがに帝国軍の兵士たちも気づいたか。
僕はフレースヴェルグの翼を背中から生やし、馬車の真上に下りた。馬車の後ろからは破竹の勢いで迫ってくる帝国軍の兵士たち。そして馬車の目前には大海原が迫っていた。
「アース、もう逃げ道がないわよ」
マーズが馬車の窓から頭を出して言った。
「まあ見てなって。そのまま海に突っ込んでください!」
僕はそう言いながら目の前の海に向かって両手を伸ばした。
道がないなら……切り開いていけばいい。
「【爆風壁】」
すると、目の前の海が爆風によって作られた壁によって巻き上げられ、馬車に道を開けるかのように真っ二つに割れ、見事なまでの一本道ができあがった。左右からは大波のように海水の壁ができあがっているが、一定の距離を保ったままこれ以上馬車に近づいてくることもなく、そのままできあがったばかりの道を進んだ。
爆風の力で海水を押し退け、爆風がそのまま壁として機能し、海水の侵入を阻んでいるのだ。
地面はさっきまで海水があったこともあってぬかるんでおり、その周囲には何匹かの魚たちがびちびちと飛び跳ねている。
「ええっ! う、海が……」
「割れた? でも、何で?」
「これが、フレースヴェルグの力」
「凄いです。やっぱりアースさんは凄いです!」
「なるほど、こういうことでしたか」
馬車に乗っている全員が納得し、白い砂浜から先の茶色く染まった長い長い一本道を一目散に駆け抜けていく。その後を帝国軍の兵士たちが走りながら追ってくる。
「追ってきたわよ!」
「任せて」
後ろを見ていたヴィーナスの声を聞いた僕は後ろを向き、何かを押さえつけるように両手の手の平同士の距離を縮めた。
その瞬間、真後ろの海水の壁が崩壊した。帝国軍の兵士たちを左右から海水が次々と飲み込み、あっという間にただの海へと戻ってしまった。
「「「「「うわあああああっ!」」」」」
海水に飲み込まれた兵士たちがそのまま自らの鎧の重さで沈みながらもがき苦しむ中、兵士全員が砂浜まで押し戻されてしまった。
砂浜で足を止めていた兵士たちは呆然としながらその場に立ち尽くしてしまい、僕らが逃げていく様子を指をくわえて見ているしかなかった。
これでもう追ってはこれないはずだ。周囲にいた戦艦部隊はさっきの爆風にビビってそれぞれの戦艦が左右の方向へと逃げてしまった。まさかこの下を指名手配している標的が逃げているとは微塵も思うまい。
この奇跡とも言える脱出劇は、フレースヴェルグの力がなければ成しえないことだった。
災い転じて福となす。かつて太古の空を支配していたこの力が、まさか僕らの運命を救ってくれることになろうとは微塵も思わなかった。
今、僕らはエッジワースとカイパーベルトの間にあるオールト海峡の海底を馬車で走っている。確かに走っているのだ。
「やったわ!」
「まさかこんな方法で海を渡ることになるなんて、思ってもみなかったな」
「でも素敵じゃないですか。私たちを救ってくれただけじゃなく、こんなにも壮大な光景まで見せてくれているのですから」
「壮大な光景? ――!」
ふと、横を見てみると、左右にある海水の壁には絵に描いたような海に棲む生物たちの多様性が美しい光景として僕らの目に映っている。
何百種類もの多様な形や大きさの魚群が海の中を力強く飛ぶように泳ぎ、海底にはこれまた様々な色彩を帯びた珊瑚や磯巾着などが生息しており、見る者を圧倒していた。
「海の中ってこうなってたんですねー」
「すっごく綺麗。こんなのもう一生見られないかも」
「アースがいるんだから、いつでも見せてもらえばいいじゃない」
そういうわけにもいかないんだよなー。何せ海の法則さえ捻じ曲げてしまうこの力は大きく魔力を消費する技でもある。
やばい、そろそろ疲れてきたかも。
「……! アースっ! 後ろっ!」
「ええっ!」
しまった。つい気を抜いてしまった。
海水の壁が崩れ、後ろから大波が迫ってくる。
このままじゃまずい。早くこの勢いを保ったまま向こう岸まで渡りきらないと。僕は再び風の力を使い、真後ろに壁を作ったが、僕は海の力をなめていたようだ。徐々にではあるが、左右の爆風の壁までもが大波に押し潰されそうになっていた。
――そうか……水圧か。ここまで深く潜っているのだから当然と言えば当然と言える。より深い場所にまで達しているわけだし、水圧が高くなっているのも無理はない。この水圧の前には爆風の力と言えども限界がある。でも僕がここで手を抜いたらみんなが海に飲み込まれてしまう。
頼むっ! 持ちこたえてくれっ! せめて……せめて向こう岸に辿り着くまではっ!
僕は大きな翼で空を飛び、馬車の後ろ側を両手で掴み、迫りくる大波から逃げきろうと猛スピードで押した。翼がついた馬車がさらにスピードアップしたことでその勢いが止まらなくなり、ギリギリのところで向こう岸に辿り着くも、止まらない馬車は海岸の岩に大きな音を立てながらぶつかってしまった。
「「うわあああああっ!」」
「「きゃあああああっ!」」
気がついてみれば、馬車は粉々に大破し、僕ら全員がぶつかった反動で砂浜の砂浜に投げ出されていた。
見たこともない大きな木がたくさん生い茂っている。さっきの砂浜では全く見られなかった光景だ。サラサラとした砂は星のようにキラキラと輝いており、まるで宝の山でも見つけたかのようだった。
ぶつかった衝撃で段々と意識が遠のいていく。
目の前に誰かがいる――新たな敵か?
確かめる暇もなく、僕はその目を閉じた――。
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