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第18話「無能力者、包囲網と戦う」

 エッジワースでの買い物が終わり、僕らはギルドカフェへと戻った。


 正午を迎えた頃、海は至って穏やかであり、昨日までの高波はすっかりとなくなっていた。沖の方に戦艦があるのはちょっと気になるけど。そのため僕らは昨日会った漁師に船を出向させるよう話したのだが……。


「悪いが出航は無理だ」

「どうしてですか? 天候は至って快晴ですよ」

「実は昨日の間に『お触れ』が町中に張り出されてな」

「お触れ?」


 指差された方向を見ると、ギルドカフェのクエスト掲示板に昨日まではなかった『赤い張り紙』が貼っていた。通常のクエストは無色の張り紙だが、それらを押しのけるように目立つ形で赤い張り紙が貼られている。


 赤い張り紙とは、最高権力者からのお触れのことである。この国で言えば帝都からのお触れだ。漁師たちはプルート帝国からの張り紙によって漁以外では一切の出航できなくなってしまったのだ。


 その内容を詳しく見てみれば、ムーン大公国大公の娘が帝国内に入ったため、大公の娘を逃がさないようにするためであるとのこと。つまり帝国側としては、何としてでもルーナを人質に取り、大公国との交渉を優位に進めようという魂胆だった。


「まっ、そういうわけだから、大公の娘とやらが捕まるまでは諦めてくれ」

「「「「「……」」」」」


 今ここにいるんですがそれは……。


 僕はルーナの目を真っ直ぐ見つめると、ルーナは口を閉じたまま僕から目を逸らした。


 ここにいる者たちが彼女を捕まえようとしないってことは、僕ら以外はみんなルーナが大公の娘であることを知らないということだ。大公国の方から船でも出してくれればありがたいが、あいにく沖の方は帝国軍の戦艦ばかりで通してもらえそうにない。


 漁自体は認められているものの、ムーン大公国の本土であるクレセン島まで行こうとすれば、たちまちあの戦艦部隊の集中砲火を浴びてしまうだろう。


 僕らは一度部屋へと戻った。


「あの戦艦部隊を回避しなければ……クレセン島へ帰ることはできませんね」

「アース、あんたの力で戦艦をやっつけられないかな?」

「あっ、それいいかもー」

「駄目。仮にうまくいったとしても、プルート帝国に攻撃の口実を与えてしまう。ガイアソラスの力が未知数のまま帝国軍に喧嘩を売るのはリスクが高い」


 マーキュリーが冷静な見解を僕らに示した。


 もちろんリスクが高いことは根拠ありきの事実ではあるが、彼女のその真剣な瞳は、僕を危険な目に遭わせたくないと言っているようにも思えた。


 力を持つことと力を使うことは別だ。


「やっぱそうだよね。僕としても、なるべく戦闘は避けたいかな」

「じゃあどうするのよ?」

「マーキュリー、他に良い方法ないの?」

「……」


 今度はだんまりを決め込みながら首を横に振った。つまり万策は尽きたということだ。ルーナが捕まれば再び大公国への交通ができるようにはなるが、彼女を護衛しながら無事に大公国へと送り届けなければ何の意味もない。


 このままではいずれこの場所が特定されて捕まってしまう。


 そんな時だった。あのアポロさんが僕らがいる部屋へと上がってきたのだ。


「お嬢様、大変ですぞ」


 周囲に気を配りながら静かに登場すると、更なる危機を僕らに伝えてくれた。


「アポロ、どうかしたの?」

「はい。実は先ほどまでトリトンからカロンに移動してそこに居座って調査を行っていたのですが、そこでプルート帝国からの物流を調べていると、そこにいる商人たちからお嬢様を狙っていることを聞いたのです。海上ルートは海軍に塞がれ、山からも陸軍の者が押し寄せているようなのです」

「まさかとは思いますが、ここにもやってくるのですか?」

「その確率は極めて高いかと。カロンでは既にお嬢様が名指しと顔で指名手配されております。ここでも指名手配されれば、さすがに逃げ場がありませんぞ」

「そうですか……苦労をかけましたね」

「もったいなきお言葉」


 執事のようなスーツ姿のアポロさんが胸に手を当てて頭を下げた。


 アポロさんはルーナの専属執事だけでなく、敵国の情報を調査する諜報員であるとのこと。普段は執事として仕えることで周囲の目を誤魔化しているんだとか。僕らに正体を明かさなかったのは諜報がばれることを防ぐためであった。


 無論、プルート帝国だけではなく、ネプチューン王国の調査も兼ねていた。


 この前はルーナを狙った暗殺者に突き飛ばされ、アポロさん自身も怪我を負っていたものの、体に鞭を打って調査を続けてくれていたそうだ。


「皆さん、今まで騙していて本当にごめんなさい」

「あー、いいのいいの。そういうことならしょうがないよ。ねっ?」

「うん。増援を頼みながら諜報するあたり、大公はとても聡明なお方なのね」

「ルーナ、馬車は用意できる?」

「馬車ですか?」

「馬車でしたら、既に外で待機させております。本来であれば、お嬢様をパーティに預けて地上を歩かせるのは苦肉の策でしたから。して、どうなさるおつもりですか?」

「良い方法を思いついた」


 自信満々の笑みをルーナに向けながら言った。


 これには確かな根拠がある。海上へ逃げられないなら陸上から逃げればいいんだ。もう他に方法はないし、他の手段を探っている時間もない。


 それにここでルーナが指名手配されれば一巻の終わりだ。


「良い方法って何?」

「大公国まで馬車で走って行くんだよ」

「はぁ? あんた何言ってんの?」

「いいから、荷物をまとめて外に出て。僕を信じて」

「……分かった」

「アースがそう言うなら、仰せのままに」


 マーズもヴィーナスも快く笑顔で賛成してくれた。


 マーキュリーは少しばかりの笑みを浮かべた。もうこれだけで賛成だと分かる。リスクはある。だが何もしないのはもっと大きなリスクだ。


「わたくしはアースさんを信じます。何でも仰ってください」

「私もお嬢様と同文でございます」

「アポロさんは馬車を全力疾走させる準備を、みんなは馬車に乗って」


 そう言いながら外へ急いだ。外には既にプルート帝国の兵士たちが辺りをうろちょろしながらキョロキョロと血眼になってルーナを探している。


 もはや僕らに――これ以上の猶予は許されなかった。

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