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第17話「無能力者、買い物に出かける」

 マーキュリーと2人でベッドに座りながら彼女の抱擁を受け止めていると、風呂から上がったルーナたちの楽しそうな話し声が扉越しに聞こえてくる。


 慌てて僕との距離を取るようにマーキュリーは窓の近くまで歩いた。


「マーキュリー、結構いい湯だったよ。あんたも入ってきたら?」


 扉が開いた途端、ヴィーナスから先に入ってくると、真っ先にマーキュリーに入浴を勧めた。


「分かった。入ってくる」

「アース、あんたマーキュリーに手を出したりしてないわよねー?」


 からかうような軽い態度で僕に釘を刺してくるマーズだが、僕にはこれが何かの牽制のように思えて仕方がない。


「そんなことするわけ――」

「心配ない。アースはその膨大な魔力をも上回る自制心を持っている」


 僕を庇うようにマーキュリーが言った。


 無表情でほぼ無感情のマーキュリーを周囲は自然に受け入れているが、僕は突然のカミングアウトを受け入れることに戸惑いを感じている。人間としての温かみがある性格も好きだけど、こういう寡黙な性格も割と好きかもしれない。


 慣れるのに時間がかかりそうだ。でも僕にだけ正体を明かしてくれたのは素直に嬉しい。何だか心を許されているような感じがする。


「ふーん。そっか、マーキュリーがそう言うなら大丈夫かもね。アースも入ってきたら?」

「あー、僕は夜中に1人で入るよ」

「どうして?」

「この女子っぽい見た目で男風呂に入ったら……色々とややこしいことになりそうだし」

「あぁ~、なるほどねぇ~。アースくらい可愛かったら、女子と間違われて襲われちゃうかもしれないもんねー」

「というかそもそも入れてもらえなかったりして」

「あはは……」


 思わず苦笑いをしてしまった。


 本当にあり得るから困る――マケマケ村には男性用とか女性用とか、そもそも男女で分けるという文化自体がなかったから、ケレスお嬢様の屋敷で風呂に入る時は本当に苦労したなー。


 男子風呂は色々と気まずかったし、女子風呂には入浴反対されるし、それで僕専用の風呂を用意してもらったっけなー。


 夜中になると、みんなが寝静まったところで僕は1人静かに男子風呂へと足音も立てずに移動する。風呂はずっとついたままだったが、1階は既に消灯を終えており誰もいない。スルスルと服を脱いでから誰もいない大浴場へと入った。


 手桶を使い、頭からお湯をバシャッとかぶり、そばにあった鏡で自分の全裸を眺めた。


 小柄で女性のような顔、首から下は肉つきの良い細身な男性の体。星屑のような青さを持った目。


 ――やっぱりこの姿は好きじゃない。自分の姿を見ているはずなのに、何だか女性の全裸を見ているような気がして気まずくなるからだ。


 ジト目のまま湯船に浸かり、これからのことを考えた。


 まずはムーン大公国へ行って様子を確かめよう。マケマケ村を滅ぼした犯人を見つけてどうにか懲らしめたい気持ちもあるが、手掛かりがない以上はどうしようもない。マーズ以外の人にもマケマケ村のことを尋ねたが、みんな知っていたのは3年前に滅ぼされたという噂のみで、詳細までは知らない様子だった。


 既に犯人だけが知っている情報ではなくなっている以上、この噂を頼りに犯人を捜すのはまず不可能だ。もう諦めるしかないのかな――。


 いや、諦めちゃ駄目だ。ガイアソラスの力を使えば、いつか犯人に辿り着けるはずだ。そんなことを考えながら風呂から上がり、浴衣姿で部屋に戻り就寝するのだった。


 翌日、僕らはエッジワースの市場へと赴いた。


 山と海に挟まれた場所に位置していることもあり、市場には山の幸も海の幸も豊富に揃っている。特に注目を引いたのは海で採れた宝石が集まっている宝石店だった。早速マーズが窓越しにその宝石たちに釘づけとなっている。


 この宝石店はすぐ隣に洋服店があり、同時に服まで買えるようになっている。


 ルーナたちは山で採れた花に魅了され、僕とマーズから少し離れた位置にいた。


「マーズ、それが欲しいの?」

「まあ、欲しいっちゃ欲しいけど、ルーナの護衛の報酬がまだだし」

「じゃあ僕が買ってあげるよ」

「えっ、悪いわよそんなの。この前のトリトンでの豪遊だって……全部アースの奢りだったし」

「あー、あんなの気にしなくていいよ。これは僕の気持ちだから。マーズには何度も助けてもらってるし、せめてものお礼がしたいの。これが良いんだっけ?」

「う……うん」


 僕は店員を呼び、マーズが欲しがっていたガーネットのネックレスに加え、彼女にとっても似合いそうなドレスまで買ってプレゼントした。


「アース、昨日はあんな言い方しちゃってごめんね」

「えっ、なんか言ってたっけ?」

「あっ、いやいや、気にしてないならいいの。忘れて。それと……ありがとう」


 マーズが顔を赤らめながら言った。


 早速試着室で着替えてもらい、その間に僕はルーナたちを呼びに行った。


「どう? 似合ってる?」

「うん、凄く似合ってる。なんかお姫様みたい」

「からかわないでよ」


 マーズは恥ずかしそうにそっぽを向いた。このオレンジを基調としたブラウスのドレスがとても彼女の体に似合っていて可愛い。こんなことを言ったら怒られるんだろうけど。


 ルーナはそんな彼女を羨ましそうに見つめている。


 何だか嫌な予感がするぞぉ~。


「じゃあ、わたくしたちもアースさんに買ってもらいましょうよ」

「ええっ!? 何でっ!?」

「それいいねー。それともマーズだけ贔屓にする気?」

「……」


 マーキュリーまでもが僕の顔を少しばかり鋭い目つきで見つめ、言葉にこそ出さなかったが、その無言の圧力の前には僕もさすがに歯が立たなかった。


 結局、全員に宝石とドレスを奢る破目になってしまった……。


 ヴィーナスはトパーズのネックレスに黄金を基調とした大人っぽいレースのドレス、マーキュリーにはアクアマリンのネックレスに水色を基調とした可愛らしいフリルのドレス、ルーナにはパールのネックレスに白を基調とした花柄のドレスをプレゼントした。


 ルーナたちはそれぞれの服装を褒め合っている様子だ。


 はぁ~、パーティってこんなに面倒なものだったんだ。まあいっか。みんな喜んでくれているし、僕としてもこれほど微笑ましい光景はない。


 ルーナも今やすっかりプラネテスの一員だ。本人が口にするまでは貴族であることが分からないくらい、彼女はパーティに馴染んでいた。

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