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第16話「無能力者、港町に泊まる」

 とりあえず詳細は伏せた上でユニコーンの件をさっきの漁師に報告した。


 港町エッジワースはそこまで人が多くなかったので、マーキュリーが港のすぐそばにあるギルドカフェに漁師が入っていくのを見ていたこともあり、すぐに特定することができた。


「というわけで、もうユニコーンが山から下りてくることはないと思いますよ」

「あー、そうかい。それはそれはお疲れさん。でもこの天候じゃ、出航は当分無理だな」

「ですよねー」


 半ば諦め気味の顔でマーズが言った。


 エッジワースのギルドカフェにはほとんどクエストがなかった。


 せいぜい薬草の採取や引越しの手伝いといった単純労働のクエストが張り出されていたくらいで取るに足らなかった。内部構造は都市部に比べてかなり狭く、ここの人口に合わせた設計のようだ。


 船が出航できない内はムーン大公国へ渡れない。僕1人で飛んで行ったところで、ルーナを連れていなければ何の意味もないし、どうしたものか。


 ――とりあえずここで泊まるか。


「ええっ!? 部屋1つしか用意できないの?」

「申し訳ございません。ただいまここはムーン大公国行きの船を待つお客様たちが大勢寝泊まりしていて、それでもう1部屋しか残っていないのです」

「分かりました。じゃあその部屋で泊まります」

「かしこまりました。では二段ベッドを2つ追加でお部屋に召喚させていただきます。少々狭いですが、お許しくださいませ」

「えっ、じゃあ私たち全員で一緒に寝るの? みんなはそれでいいわけ?」


 マーズが顔を赤らめて言った。そういやみんなお年頃の女の子なのを忘れていた。


「ワタシは別に構わない」

「わたくしも問題ありません。アースさん、一緒に寝ましょうね」


 そう言いながらルーナが豊満な胸を僕の左腕に押しつけてくる。


「ルーナ、人数分のベッドがあるんだから」


 やんわり断ると、ルーナがしゅんと顔を下に向けた。


「あたしもアースと一緒なら安心かな」


 ヴィーナスもまた、僕の右腕に大きく弾力のある胸を笑顔で押しつけてきた。


 両手に花だなぁ~。つい鼻の下を伸ばしてしまった。ただ、この時の僕が何を考えているかはマーズにはお見通しなようで。


「……分かったわよ。アース、もし女湯覗いたらぶっ殺すから」

「そんなことしないよっ!」


 女湯でのんびり浸かっている彼女らを想像しながら強く否定した。


 何故趣味を疑われているんだ? そりゃみんな顔も美人ばかりでスタイルも良いし、つい性欲をそそられるくらいには魅力的だけどね。顔が今の想像ですっかり真っ赤だし、もう何を言っても信じてもらえそうにないけど、そんなことはしないからね。


 部屋まで案内されると、既に別のスタッフが2つの二段ベッドを召喚し終えたところだ。個室にはそれぞれ1つのベッドがあるが、これでかなり部屋のスペースが圧迫されてしまった。


 窓越しに美しく青い海が見えた。海の向こう側には高く白い山が見えた。これにはマーズもヴィーナスも目をキラキラと輝かせながらすっかりと釘づけだ。


「「うわぁ~! すごぉ~い!」」

「あれはムーン大公国の最高峰、モーントセレーネーという山です。あの山にはとても豊富な資源があって、ふもとには豊かで綺麗な自然が続いている故郷の名物です」

「あれがルーナの故郷かー。早く行きたいなー」

「マーズ、それは言わない約束でしょ」

「あの、よければ皆さんでお風呂に入りませんか?」

「それいいねー。じゃあ早速4人で行こっか」

「ワタシは後で入る。3人で行ってきて」

「分かった。じゃあ行ってくるわー。ちょうどお風呂に入りたかったし、ここんとこずっと野宿だったし、やっとシャワー浴びれるわ」


 ルーナ、マーズ、ヴィーナスの3人がそのまま入浴しようと部屋を出ていき、部屋には僕とマーキュリーの2人きりになった。


 しばらくの間は沈黙が続いた。僕は離れ小島のように置かれている元からあったベッドに横たわり、休もうとしていたところだった。


「アース」


 突然、いつもはロボットのように無表情で不愛想なマーキュリーが珍しく彼女の方から僕に歩み寄り話しかけてきた。少女のような体に似合わないくらいに大人びた美しい声で。


「ええっ!?」


 さっきまでと少しばかり別人に見えているのか、慣れない声を出してしまった。寡黙な少女だったのに、何で自分から話しかけてきてるのっ!?


「静かにして。隣の部屋に聞こえる」

「あっ、ごめん。何だかいつもの君じゃないみたいで。マーキュリーって感情とかないの?」

「感情はない。ワタシは『アンドロイド』だから」

「アンドロイドだったんだ……」

「その通り。言っておくけど、これ、2人だけの秘密」

「う、うん――でも、何で他の人には秘密なの?」


 咄嗟に素朴な疑問をぶつけた。すると、僕の隣に座りながらいつも通り冷静なマーキュリーの姿を見ている。


 何やら大きな事情がありそうだ。無理に聞く気はないが、つい気になってしまった。


「今は言えない。ワタシはこの世界を調べ尽くすため、何者かによって作られた。分かっていることはそれだけ。今はこの世界を調べながらワタシを作った人を探している」

「どうりで感情がないわけだ」

「ワタシはアンドロイドだけど、生きていくには食事が必要。冒険者にならなければ生きていけなかった。だから魔導書を解読するために学習もした。ワタシは攻撃担当(アタッカー)としては実力不足。それを補うために知識でサポートするのが最善であると考えた」

「じゃあ、何で僕には正体を明かしてくれたの?」

「分からない。ただ、あなたの熱意が何らかの作用をワタシにもたらし、この人にならと思って明かした。それだけ」

「えっ?」


 一瞬耳を疑った。聞き間違いかと思い、もう一度疑問を呈することに。


「人間の言葉で言えば、気に入ったから。さっきは助けてくれてありがとう」

「……僕は当たり前のことをしただけだよ」

「あなたはとても優しくて素直。他の人のように、誰かを陥れて自分だけが利益を独占することなく、より多くの人に奉仕しようと考えている。実に不思議で興味深い」


 そっと笑みを浮かべ、隣に座っているマーキュリーをそっと静かに優しく受け止めた。


 アンドロイドの彼女は、まだ感情というものを理解できていなかった。

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