第12話「無能力者、幼馴染と戦闘する」
ケレスお嬢様はその優雅な騎士の姿で僕らを圧倒する。
「なかなか賢い者がパーティにいるようだけど、勘のいい餓鬼は嫌いよ。ばれてしまっては仕方ないわね。ここであなたたち全員に消えてもらうわ」
彼女はそう言いながら鞘から長剣を抜き、その矛先を僕の喉に向けた。
そんな……ケレスお嬢様と戦うなんて。そんなの嫌だ。
「アース、たとえ相手が幼馴染であっても、今は立派な敵よ。やるしかないわ。あなたを捨てた奴に情けをかける必要なんてどこにもない」
マーズが僕の隣から覚悟の目で言った。
ふと、僕はプルート帝国の事情を思い出した――。
プルート帝国がムーン大公国への侵攻に熱を燃やすのには大きなわけがあった。
大陸では既に他の大国によって徐々に追い詰められ、これ以上の侵攻を食い止めていたプルート帝国は、領土割譲により失った資源の新たな補給路を確保する必要に迫られていた。そこで彼らが目をつけたのが、資源に恵まれ、大陸からの攻撃を防げる島国でもあったムーン大公国である。
そこには武器の魔力を高めるために使われる魔鉱石、兵器を作るのに使われる魔鋼鉄、爆弾など武器のを作るのに必要な魔焔硝といった資源が豊富に採掘されるため、ムーン大公国にとっては生命線であると同時に他国からの防衛手段でもあった。
最初こそ両国は資源とその加工品を交換する形で貿易が成り立っていたが、新兵器の噂を耳にした大公が貿易を一方的に中断し、それに激怒した皇帝が宣戦布告する形で侵攻が始まった。
これは道中ルーナから教えてもらった国家機密だ。
つまり、今ここでルーナが人質となることは、新兵器の開発が加速することを意味していた。
無論、新兵器の噂自体が嘘である可能性もあるが、僕はルーナを信じている。
先ほどから僕らとケレスお嬢様たちとの間で睨み合いが続く。それぞれの面々からは嫌な汗が流れており、ほんの少しでも誰かが動けば戦闘になりかねないほどの張りつめた空気が漂っている。
そして――。
そよ風が吹き止み、敵兵の1人が腰から拳銃を取り出す素振りを見せた途端、ヴィーナスが【白銀銃】を目にも留まらぬ速さで取り出し、敵兵の額に正確な一発が決まり、その場にバタッと倒れた。
この銃声を皮切りに戦闘が始まった。
マーズは両手に燃え上がるサバイバルナイフのような形をした【炎獄刃】を少し離れた敵兵の首や胸に投げつけ、近くにいた敵兵はブーメランのように帰ってきたその武器で倒した。接近戦でもその武器で応戦し、足を切りつけて跪かせ、直後に首の後ろを刺した。
マーキュリーは自分の周囲に【水流鉄壁】と呼ばれる水の壁を作り敵の銃弾の勢いを殺した後、小さな水のボールを勢いよく周囲の敵兵に投げつけ、この【水玉爆弾】がぶつかると同時に爆発を起こした。この前のよりも威力や範囲は小さく、状況に応じで範囲や威力の違う爆弾を使い分けられるようだ。
ルーナは召喚していた【三日月弓】を使い、その光の弦から放たれた【雷光矢】が少し遠くから遠距離武器で僕らを狙っていた敵兵の胸に命中した。
どれも魔力の続く限り使える技だが、いずれ魔力が尽きれば使えなくなる。
その前に決着をつけなければならず、敵はそれを狙って持久戦に持ち込もうとしているが、まだ僕の最終兵器には気づいていないらしい。
次々と敵兵が倒されていく中、目の前にいるケレスお嬢様が一直線に僕との距離を詰め、その長剣を上から勢いよく僕に斬りかかってくる。
「……! あなた、その体……」
咄嗟に僕が防御の構えを取ると、ケレスお嬢様はその目を僕の目の前で大きく見開いた。
僕の右腕の肘から先がガイアソラスの姿へと変わり、僕の身を守ってくれていたのだ。
「僕はもう、あの時の僕じゃないんです」
「ちょっと見ない間に化け物に魂を売るとはね」
「それは違いますよ。僕は生まれ変わったんです」
「ちいっ!」
ケレスお嬢様が長剣を押しつけたまま僕から離れると、そのままヴィーナスの元へと素早く走っていった。ヴィーナスが慌てて拳銃を撃つも、ケレスお嬢様が長剣で弾を受けた。
「ぐふっ!」
ヴィーナスの胸元が長剣に貫かれ、その場に彼女が倒れた。
「ヴィーナスっ!」
僕はすぐに彼女に駆け寄ると、しばらくはマーズのナイフとケレスお嬢様が長剣が鉄同士のぶつかり合ったような音を鳴らし合っている。
僕は彼女の胸元に手を掲げ、【回復】と願いながら苦しそうに息をしているヴィーナスに寄り添った。
すると、瞬く間にヴィーナスの胸元の傷が治り、体力まで回復した彼女がその場にのっそりと立ち上がった。
「ありがとう」
「かっ、回復魔法ですって!」
「うちにはアースという最終兵器があるのよ」
「回復魔法なんて使われたら勝ち目なんてないじゃない! 全員退却よっ! ……覚えてなさい」
ケレスお嬢様は悔しそうな顔でそう言い残すと、残った兵と共に帝都カロンの方向へと走り去っていった。
さすがは騎士の大会を何度も制覇してきただけあって強かった。でもこっちには回復魔法がある。何度来ようと負けはしない。
「逃がすかよっ!」
「待って! 1人で勝てる相手じゃない。深追いは禁物だよ」
「分かったわよ。追わなきゃいいんでしょ」
「ヴィーナス、怪我は大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。あの長剣、この防刃チョッキを軽々と貫いてきたわ。恐ろしいほどの威力ね」
ヴィーナスがケレスお嬢様が逃げていった方向に首を向けて言った。
でもそんなことはどうでもよかった。危うく大切な仲間を失うところだった。
「その血の痕も防刃チョッキも直しておくね」
「うん、ありがとう。助かるよ、リーダー」
僕はたまらずヴィーナスの手を両手で握りしめた。
「ヴィーナス、回復が必要な時はいつでも僕を頼ってね。たとえこの命に代えても、必ず君を守ってみせるから」
「! ――うん」
ヴィーナスの顔が赤く染まり、恥ずかしそうに僕から目線を外した。口もとは緩み、体はもじもじと小刻みに動いている。
いつもはカッコよさが目立つほどサバサバとしていてどこかギャルっぽい印象のヴィーナスだが、この時は何故か可愛らしい乙女のように見えた。
その様子を見ていたルーナが不安そうな顔で僕に歩み寄った。
「アースさん、私は?」
「も、もちろんルーナのことも守るよ」
「ふふっ、それを聞いて安心しました」
「それと、マーズとマーキュリーのこともね」
「気持ちは嬉しいけど……そんなこと、軽々しく言っていいもんじゃないからね」
「……」
マーズもあからさまに恥ずかしくも嬉しそうな顔をしており、マーキュリーは珍しく口だけほんのりとした笑顔を見せてくれた。
彼女にも感情はあるのだと知り、僕は心底安心するのであった。
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