第11話「無能力者、幼馴染と再会を果たす」
数日後、僕らは王都トリトンで旅の準備を終え、ようやくここを去ることとなった。
仲間たちと打ち解けていくと共に、召使いだった頃の癖や感覚が段々と抜けていき、今度は一般的な平民へと染まっていくのを肌で感じていた。
さて、次の目的地であるムーン大公国はプルート帝国にあるエッジワース港からしか渡れず、そこへ行くまでの準備が必要だった。アポロさんはルーナを僕らに託し、別の用事でトリトンに居座るんだとか。
「いやー、久しぶりに温泉入ったなぁ~」
「普段は貴族以外ほとんど入れないって言われた高級温泉だったけど、まさかあたしたちが入れるとは思わなかったなー」
「ご飯もすっごく美味しかったよね。ショッピングもレストランも生まれて初めてだったし、また食べに行こうよ」
「あの生活を毎日続ければ、あと84日でアースの資金が底を尽きる」
「マーキュリーは夢がないなー」
「ああいうのはたまーにやるから贅沢って言うのよ」
「そういうものなんですか?」
僕を尻目にガールズトークが延々と繰り広げられる中、ギルドカフェでの準備を終え、そろそろトリトンから去ろうと荷物をまとめたところだった。
ルーナは大公令嬢としての生活が長いのか、一般的な平民の生活が分からない様子。
多分、彼女にとってこの数日間の浪費は普通のことなんだろう。
「アース、準備は大丈夫?」
「うん。もう準備万端だよ」
「ふふっ、アースってこの前までと全然違うね」
「えっ、そうかな?」
「はい。真面目で礼儀正しかったアースさんも好きですけど、私は今のアースさんの方が好きです。以前のアースさんは、どこかとても窮屈そうでしたから」
「僕は元からこうだよ」
別に根っから真面目なのが取り柄だったわけじゃない。取り柄がなかったから真面目にやるしかなかっただけで、今の僕には特に取り繕う理由がなくなったというだけの話だ。
エッジワース港へ行くには、一度プルート帝国の領土内に入る必要がある。ここらの海は急流の激しい海域があり、巨大な渦潮に船ごと巻き込まれてしまうため、海を渡ることはできない。帝国内を通って比較的安全な海域があるエッジワース港まで行き、そこからムーン大公国のカイパーベルト港まで船で移動するのだ。
しかも港までの道にはケレスお嬢様の領地があるわけだが、一度追放された領地に入るのはいささか気分が悪い。
一体何の因果だろうか。屋敷がある方向だけは避けて通りたい。
「あの、アースさん、1つお願いがあるんですけれども」
ルーナが両手を背中の後ろで結び、乙女のような上目遣いで言った。
「お願いって、どんな?」
「国へ帰った後、私の専属護衛として仕えていただけないでしょうか?」
「……僕なんかで、いいの?」
「はい。あなたのように心優しいお方になら、安心して任せられます」
「分かった、考えておくよ」
僕らは王都トリトンを離れ、しばらくは森の中をひっそりと歩いていた。クエストを受けていない状態で道中のモンスターを倒した場合、クエストの中に倒したモンスターに該当するモンスターがいれば、証拠品をギルドカフェに提出することでそのクエスト報酬の半分を貰うことができる。
だからできればクエストを受けていない時にはモンスターに遭遇したくなかったのだが、今の僕らには関係のない話だ。
「ところで、ルーナは戦闘とかできるの?」
「もちろんです。戦闘訓練は貴族の嗜みですから」
胸に手を当てながらドヤ顔でルーナが言った。これはかなり頼りになりそうだ。
僕自身の力はまだまだ未知数とはいえ、回復魔法だけは完璧に使えることが分かった。僕は回復担当に徹した方が良さそうだ。
試しに彼女の武器を見せてもらった。ルーナが片手を広げると、その手の平に光が集まり、弓のような形をした武器が召喚された。
「これがわたくしの武器、【三日月弓】です」
「すごーい。なんかカッコいい」
見事なカーブを描いている弓にその両端を結ぶ光の弦が特徴であり、光の弦を引けば使用者の魔力の続く限り好きなだけ光の矢を放てるという。
「わたくしは遠距離戦こそ得意ですが、接近戦は苦手なので、そこはカバーをお願いしますね。その代わり、これでいくらでも援護しますので」
「あたしより遠距離得意そうだね。じゃあ戦闘の時はあたしも前衛に上がるよ」
すると、僕らの先頭にいたマーキュリーが何かを感知し、その足を止めた。
「マーキュリー、どうしたの?」
「半径100メートル以内の全方向から20人もの人の姿を確認。徐々にこちらに向かって近づいている様子」
「えっ、もしかして山賊?」
「いや、恐らくは――」
マーキュリーが僕らに近づく怪しい集団の正体を言おうとした時だった。
「久しぶりね。アース」
「ケレスお嬢様! 何故あなたがここに?」
前方からケレスお嬢様が現れたかと思えば、あっという間に僕らの周囲をプルート帝国軍の兵士が取り囲んでしまった。彼女は騎士の姿で僕らの前に立ち塞がり、胸の鎧にはウルヴァラ家の象徴である青い薔薇の紋章が刻まれている。
ケレスお嬢様が最後に会った時と同じ目で僕を睨みつけた。
「それはこっちの台詞よ。悪いことは言わないわ。そこにいる大公令嬢を渡しなさい」
「無理ですよ。僕は彼女を国まで送り届けるために護衛を務めてるんです」
「――なるほど、やはり噂通りトリトンまで来ていたのね」
「アース、知り合いなの?」
「昔一緒に遊んでいた幼馴染で、召使いとして仕えていたここのお嬢様だよ」
「あぁ~、召使いだったって聞いていたけど、このお嬢様のことだったんだ」
「昔を懐かしんでいる暇なんてないわ。さあ、さっさと渡しなさい」
ケレスお嬢様が僕に向かって片手を伸ばした。僕は一瞬体がピクッと動いた。これに大きな違和感を持ちながらも、僕らはルーナを囲むように外向きに立ち戦闘態勢に入った。
ルーナは絶対に渡さない。せっかく手に入れた仕事を遂行したいというのもあるが、プルート帝国の捕虜になってよかったという話は今までに聞いたことがない。それに仲間は裏切れない。引き渡しを拒否する理由はそれだけでも十分だ。
「マーキュリー、彼女がルーナを誘拐しようとしている理由は何?」
「ケレスの姿からして貴族階級の騎士。恐らくはルーナを生け捕りにした上でその身柄を帝都カロンに持ち帰り、ムーン大公国との交渉カードとして使う確率が非常に高い」
「つまり――どういうこと?」
「平たく言えば、人質」
「「「「人質!?」」」」
僕らの叫びと同時に狙いがばれたケレスお嬢様が不機嫌そうなしかめっ面で舌打ちする。どうやらマーキュリーの推測通りらしい。
だったら――なおさら渡すわけにはいかないな。
これ以上ムーン大公国を不利にするわけにはいかない。
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