第10話「無能力者、報酬を受け取る」
ネプチューン王女の治療が終わり、僕は報酬として100万ステラを受け取ることに。
無駄遣いをしなければ一生食いっぱぐれないほどの報酬だ。
しかも『アイテムポーチ』という、かなり多くのアイテムを収納できる便利アイテムまでパーティ用に貰ってしまった。冒険者にとっては喉から手が伸びるほどの貴重品であり、王女救済の対価としては十分すぎるほどだ。アイテムポーチはウエストポーチの形をしており、王城の召使いがそれを僕の腰回りに装着してくれた。
目の前には1枚あたり金貨10枚に相当する白金貨の山が積まれている。
100万ステラなので白金貨は1000枚だ。
白金貨の表にはドラグーンと呼ばれる竜騎兵が、裏側には他のステラコインと同様に王冠が描かれており、とても綺麗な白い輝きを放っている。
「さあ、受け取ってくれ」
「あの、別にこんなつもりで治療したわけじゃ」
「何を言っておる。遠慮は無用だ。そなたは王女の命を救ってくれたのだ。それと、そなたの力を見込んでもう1つ頼みがあるのだが」
「な、なんでしょうか?」
「そなたにはネプチューン王国軍の将軍になってもらいたい」
「「「「「ええっ!?」」」」」
僕らは予想外の言葉に思わず両手を上げてのけ反った。
王国軍の将軍、それはすなわち、ネプチューン王国の人間になれということだ。
ただ、先ほど聞いたムーン大公国の話も気になるし、将軍と聞いてもあまりパッとしない。待遇は良いんだろうけど、僕には到底合いそうにない。王室専属の医者になれと言わないあたり、どちらかと言えば回復担当よりも攻撃担当向けと見なされているようだ。
他にも敵の攻撃の際に盾となる防御担当、援護射撃や味方の能力強化をする補助担当もいるが、どれも僕には向いていない。
――ん? 待てよ。これは交渉に使えるかもしれない。
やってみる価値は十分にある。何よりルーナを助けたい。
「光魔剣の力を宿す者を放っておく理由はない」
「ねえマーキュリー、ガイアソラスの力ってそんなに凄いもんなの?」
「古代では数多くの聖剣や魔剣の中でも頭1つ抜けた剣がある。ガイアソラスもその中の1つ。その性能の多くは今でも不明。研究対象としても興味深い」
「研究対象って……あんたねぇ~」
「ではこうしましょう。ルーナの援軍要請を受けると約束していただけるのでしたら、王国軍の将軍の件、引き受けましょう」
「アースさん……」
「貴様、平民の分際で国王陛下と交渉する気か!?」
そばにいた王族親衛隊の1人が雷を落とすように怒鳴った。
交渉とは何かの代償として何かをしてくれと意見する行為に同じである。平民が王族に意見していることに対し、生意気だと言わんばかりにこの人は腹を立てているわけだが、背に腹は代えられない。こうでもしなければ、ルーナの故郷が危ない。
故郷を滅ぼされる悲しみは――僕で最後にしてもらいたい。
攻め滅ぼされて死ぬのも辛いが、それと同じくらい唯一の生き残りとして生き延びてしまうこともまた辛いのだ。
「まあ待て。ルーナ、援軍の件は前向きに検討しておくと大公に伝えよ」
「よろしいのですか?」
「軍備拡張が進んできた今のプルート帝国をあまり刺激したくはないが、もし新兵器の噂が真実であれば、我々にも被害が及ぶやもしれん」
「では援軍が来るまでの間、アースさんの身は自由で構いませんね?」
「ああ、構わん」
そう言いながらネレイド国王とナイアド王子が去っていった。
ネプチューン王女はその場に残り、僕の顔を見つめながら歩み寄ってくる。
「ねえアース、アタシ、あんたのこと気に入っちゃった。相手がいないならアタシと結婚しよ」
「「「「「!」」」」」
突然何を言い出すかと思えば――この突拍子もない発言で人を驚かせるところは祖父譲りのようだ。
「王女様、僕とあなたとでは身分が違いすぎます」
「そんな呼び方はやめて。アタシにはネプチューンっていう可愛い名前があるんだからちゃんと名前で呼んでよ。結婚してくれないと……変なことされたっておじい様に言いつけちゃうぞっ」
「!」
ネプチューンが小悪魔のような笑顔で人差し指を立てて腰を前に曲げながらウインクをし、さりげなく物騒な台詞を僕の耳元で囁いた。
さっきまであんなに大人しかったのに。どうやら本来の性格は相当お転婆なようだ。
無論、命の恩人に対して恩を仇で返すようなことはしない子だと分かりつつも、内心ではとてもひやひやしている。こういう冗談で心理戦を仕掛けられるのは苦手だ。僕よりも低い背丈、細身で控えめの胸、この藍色のおかっぱ頭が段々恐ろしく思えてきた。
「ネプチューン」
「なあに?」
「ではこうしましょう。僕がいつか貴族に昇格した時、その時にまだ僕のことが好きでしたら、その時は真剣に交際を検討させていただくということで、どうでしょうか?」
「ふふっ、じゃあそれでいいよ。楽しみにしてるねっ」
「では行きましょうか」
「そうですね」
僕らは再びトリトンの街へと繰り出した。
王城のバルコニーからはネプチューンが大きく手を振っている。僕らがそれに応えようと後ろを向きながら歩いていると、バルコニーの奥からネレイド国王が現れ、優しくなでるように手を振ってくれた。
さて、次の目的地はムーン大公国だが、早く行って様子を確かめたい。
「ねえ、ネプチューンと結婚するって本気で言ってるの?」
「まさか。時間が経てば別の人に興味が移るでしょうから大丈夫ですよ」
「あの手の女子は意外と依存するもんだよー」
「そうそう。アースは見た目が女子なのに、女子のことが分かってないな」
「そう言われても、僕は女子じゃないんで、そういうのはよく分からないんですよねー」
「アースさん、さっきはありがとうございました」
「いえいえ、ルーナの故郷は僕が必ず守りますから、安心してください」
「……!」
そう言った途端、ルーナが頬を赤く染めて関心の眼差しで僕を見つめ返した。
僕の過去をルーナにも伝えた。
ルーナの故郷をマケマケ村のような目には遭わせたくない。その想いだけが僕の心を突き動かしていた。村を滅ぼした犯人はいずれ僕が突き止めてみせる。他の地域にまで手は出させない。
「ずっと……辛い思いをされてきたのですね」
ルーナが僕の過去を聞いている内に震えた涙声になり、そっと僕の左腕に掴みかかった。またしても彼女の豊満な胸が当たっている。興奮するのでやめてください。
でも……こんなにも僕に共感してくれるなんて、本当に優しい人だ。
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