第1話「無能力者、追放される」
ざまぁは卒業すると約束したな。
あれは嘘だ。
てなわけで新作を投稿することになりました。
お楽しみください。
感想も評価も気軽にしていただけると嬉しいです。
ハウメア大陸『プルート帝国』帝都カロン、ウルヴァラ家の屋敷にて――。
「アース、あなたはもうクビよ。今すぐ荷物をまとめて出ていきなさい」
氷のような声で吐き捨てるように言い放ったのは、僕の幼馴染にしてウルヴァラ家の令嬢、ケレス・フォン・ウルヴァラという僕より少しばかり年下の高飛車な令嬢である。
ケレスお嬢様の名前に付属しているフォンの字は貴族の証だ。
帝国は数多くの戦争に明け暮れていた。
皇族や貴族ですら生活を切り詰め、召使いを減らさなければならないほど貧しくなっていた。かつてハウメア大陸の半分を征服したプルート帝国も、今となっては最大版図の3分の1にまで領土が縮小していた。
ケレスお嬢様は貴族の中でも屈指の騎士にしてプルート帝国軍の将軍でもある。既に隠居した父君に代わってウルヴァラ家の事実上の当主となり、衰退が止まらないこの帝国を陰から支え続けていた。
この僕、アース・ガイアは、そんなケレスお嬢様の前に跪き、解雇を命じられたところだ。
ケレスお嬢様は長い金髪をなびかせ、ゴミを見るような麗しい碧眼で、僕が無様に立ち去るところを見届けんがためにこちらを見つめ続けている。
ウルヴァラ家の屋敷内にあるケレスお嬢様の部屋の窓からは十分な日光が差し込んでおり、これ以上部屋を明るくする必要がないほどであった。
「ケレスお嬢様、どうかお考え直しください。僕が一体何をしたと仰るのですか?」
「何をした? ……ふっ、あなたは何もできないじゃない。他の召使いたちは当たり前のように魔法が使えるけど、あなたは何1つ魔法が使えない『無能力者』。魔法適性検査を受けた時も、あなただけが召使いに必要な魔法を1つも持っていなかったそうじゃない。誰よりも礼儀正しく献身的で作法にも詳しいから雇ってあげていたけど……もう限界よ」
鼻で笑ったかと思えば、今度は少しばかり呆れた声で僕を罵った。
今は耐えろ。こんなのいつものことじゃないか。きっとすぐに上機嫌になられてとびっきりの笑顔をお見せくださるはず。
ケレスお嬢様がお怒りなのも無理はない。この世界の人々は何かしらの『魔法』に適性を持ち、魔法を活かして様々な職業に就き、その才能を何の忌憚もなく発揮している。だが世の中とは残酷なもので、僕のように何の魔法も使えない無能力者も極稀に存在する。
無能力者は給料が安いため、財政が圧迫されている時には重宝する。だがこれは良いことばかりではない。無能力者を所有する家は余裕がないと見なされ、周囲から笑い者にされることがあるのだ。
お嬢様は貴族たちの集会で度々僕を話題に取り上げられ、お嬢様は遠回しに愚弄されていた。
僕は少しばかり遠くからその様子を噛みしめるしかなかった。
「やはり……無能力者は駄目なのですね」
「そうよ。あなたみたいにその場にいるだけで馬鹿にされる疫病神の面倒なんて見ていられないわ。今度新しく有能な召使いが入ってくるの。だからあなたは用済みってわけ。ちょうどそこにいるから紹介するわ。エリス、入りなさい」
「はい、お嬢様」
僕の後ろにある大きな扉がゆっくりと開いた。
扉の奥からは赤いツインテールの可愛らしい女性が優雅にスタスタと僕の隣まで歩いてくる。彼女は僕と目が合った途端、僕を見下すように憐みのこもった眼差しを送ってきた。
エリス・ディスノミア。僕に代わって新しく入ってきた召使いだ。
「今日からあなたに代わって私専属の召使いになる子よ。あなたと違って色んな魔法が使えて戦闘もこなせる優秀な子よ。これだけでもあなたを追い出す十分な理由になるわ」
「無礼を承知で申し上げますが、それほど優秀な召使いを雇う余裕があるのでしょうか?」
「あなたには関係のない話よ。分かったらさっさと出ていきなさい」
「アース、あなたのような無能力者はこの世に不要なのよ。ふふっ」
エリスが追い打ちをかけるようにわざと僕に聞こえる声で呟いた。
……そんな、僕はずっとケレスお嬢様にお仕えしてきた身。かれこれもう10年のつき合いになるというのにこの仕打ち。僕はもう20歳になる。財政が苦しいにもかかわらずここまで雇い続けてくださったウルヴァラ家には恩義すら感じている。
魔法を使えない無能力者じゃ駄目なのか。
僕は下を向きながら目の前の大理石を見つめている。そこにいくつかの水滴がこぼれ落ちた。とてつもなく胸が締めつけられ、内に秘めた悔しさに体が耐えきれず、その想いが絞り出されているようだった。
「ここまで……雇い続けてくださり……ありがとう……ございました」
のっそりと立ち上がり、頭を下に向けながら喉の奥から声を振り絞った。
もうこれ以上ケレスお嬢様の部屋に居座るのは嫌だった。
たまらずその場から負け犬のように全速力で走りながら立ち去ると、帰る場所もない僕は荷物を持ちながら故郷である『マケマケ村』へと戻っていった。道中の森の中を本能だけで駆けずり回り、白いフリルの服がボロボロになることもいとわないまま故郷のある方向へと向かった。
はぁはぁ……これからどうしよう。
途方に暮れ、未来への希望さえなくしかけている時だった。
「ねえお嬢さん、どうしたの?」
森から出たところで、僕は陽気そうな女性に声をかけられた。
無能力者というだけでも十分嫌だったが、腰に届くくらいの銀髪の姫カット、小さめで細身の体、透き通った高めの声に女性のような顔立ちと子供っぽい童顔のせいでいつも女の子と間違われるのも嫌だった。
「えっと、僕は男です」
「ええっ! そうなのっ!? ふーん、こんなに可愛い男の子がいたんだー」
女性が子供を見るような目で僕の髪を優しくなでている。
「こんなにボロボロになってどこに行くつもりだったの?」
「僕、召使いだったんですけど、クビになったのでマケマケ村へ帰ろうと思って」
「マケマケ村ねぇ~。確かあそこは3年前に滅びたって聞いたけど」
「えっ……」
僕は言葉を失った。そのまま時間が止まったように目を見開いたまま動けなかった。
――3年前って……確かプルート帝国とネプチューン王国の戦争が終結した時期だ。
「マケマケ村は3年前の戦争に巻き込まれて滅んだって聞いたよ」
「ええっ! ……そっ、それ本当ですかっ!?」
「えっ、ええ……あくまでも噂だけど、あんた知らなかったの?」
「はい。外のことは何も……」
こうして、僕は絶望に次ぐ絶望のまま、召使いを解雇されたのであった。
キャラクターの名前の由来は神話に出てくる神々です。
不定期更新になりますがどうぞよしなに。
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