第八話 魔物退治
ルーカスは魔物の正面に立つと、魔物を見上げた。
魔物はルーカスに向けて強い殺気を放っている。
ルーカスが呪文を唱えた。
「吹き渡る風よ、ここに集い我が刃となれ。ヴェントスザライスン!」
ルーカスが魔物に向けて風の刃を放ったが、魔物はそれを避けた。体は大きいが、かなり素早い。魔物はルーカスとの間合いを詰めると、ルーカスに向かって腕を降り上げた。魔物がルーカスを殴ろうとするところを、ルーカスは避けた。
「母なる大地よ、硬い礎となり、かの者の枷となれ。ソーリゲハーテッド!」
ルーカスが再び呪文を唱えると、今度は魔物の足元の地面が隆起して、土が魔物の足にまとわりつき固まった。魔物はそれを外そうともがいたが、動く事ができない。
「万物を燃やす炎の槍よ、かの者を貫け。イーニスブレネン!」
ルーカスは、今度は炎の呪文を唱えた。ルーカスの前に現れた炎が槍の形となり、ものすごい速さで魔物に向かって行った。炎の槍が魔物の体を貫くと、魔物は断末魔の悲鳴を上げて消え去った。
ルーカスがふうっと息を吐き、レオの方に向き直って、
「やっつけたよ」とほほ笑んだ。
レオも胸を撫でおろしたが、ふと、ルーカスの後ろに何かが現れたのに気付いた。
「ルーカス! 後ろ!」
レオが叫ぶと、ルーカスが後ろを振り向いた。
先ほど倒したのと同じ姿をした魔物がルーカスに飛び掛かる。
「まだいたのか!」
ルーカスは魔物の攻撃を寸でのところでかわした。
レオは周りを見渡した。一匹ではない。いつの間にか、レオとルーカスは同じ型の魔物三匹に囲まれていた。
《四匹もいたのか!》
先ほど一匹は倒したが、同時に三匹はルーカス一人ではきついはずだ。
レオは息を吐き、意識を集中させた。三匹もいるとなると、すべてを一瞬で魔界に戻すのは難しい。それなら、三匹を倒せるほどの強い力を持った魔物を召喚して倒してしまう方が確実だ。
「我、門を開き闇に住まう汝に命ず。コモンハビタンステネブリス」
レオが呪文を唱えると、空中にブラックホールのような黒い塊が現れ、そこから巨大な鷲のような姿の魔物が現れた。
それを見て、ルーカスがかなり驚いた様子で目を見開いた。
そして、
「……みたい」と、何かをつぶやいたが、何を言ったのか、レオにはよく聞こえなかった。
レオが召喚した魔物がものすごいスピードで魔物の方へ飛んで行き、鋭い爪を持つ足で魔物の首を掴み、握りつぶした。魔物はあっという間に消え去った。
ルーカスは茫然としていたが、少しして我に帰った様子で呪文を唱えると、先ほどと同じく、他の一匹の動きを土の魔術で封じ、炎の槍を放って倒した。
その間に、レオが召喚した魔物が残ったもう一匹も倒し、その場にいたすべての魔物が消え去った。
レオはそれを見届けると、再び呪文を唱えた。
「我、門を開き闇に住まう汝に命ず。ゲズルクハビタンステネブリス」
すると、再び現れた黒い塊に、レオが召喚した鳥型の魔物が吸い込まれるようにして消えて行った。
そうして、辺りに静寂が戻った。
ルーカスがレオの方へ戻って来た。
「レオは召喚魔術が使えたんだな」
ルーカスの言葉に、レオは頷いた。
「うん」
「なんでそんな力を持ってるのに討魔団に入ってないんだ?」
ルーカスも、レオが力を持っているのに魔物退治に加わらない事をおかしいと感じたのだろう。レオはそう思うと胸が痛んだ。
「僕は、戦ったりしたくないから。魔術なんか使わずに、静かに暮らしたいんだ」
ルーカスは呆れるだろうかと思ったが、予想に反し、ルーカスはどこかうれしそうな表情を浮かべた。
「そうなのか。うん。俺もその方がいいと思うよ」
レオは唖然としてルーカスを見つめた。
「おかしいと思わない?」
「なんでおかしいんだよ? レオがしたくない事なら、無理にする必要なんてないよ」
「そう……か」
「それより、早く家に帰ろう」
ルーカスがレオの服の袖を引いた。
「その前に、魔物を倒した事をマルセルに報告しないと」
「そっか。じゃあ、早く行こう」
二人は、討魔団の拠点に戻った。
マルセルのいる部屋のドアをノックすると、中からドアが開いた。
ドアを開けたのは先ほどの男とは別の男だった。中年でがっちりした体型の男だ。
「あんたたちがマルセルの知り合いの?」
「はい。レオと言います。こちらはルーカスです」
男がドアを大きく開けたので、レオとルーカスは部屋の中に入った。二人が入ると、男はドアを閉めた。
マルセルはベッドの上で上半身を起こしていた。
「どうでしたか?」
マルセルの問いに、レオは、
「倒したよ」と答えた。
それを聞いた先ほどの男が驚いた様子で、
「倒したのか?」と言った。
マルセルがレオとルーカスに、
「こちらは、私が所属する討魔団の団長のトーマスです」と紹介した。
「団長さんですか……」
レオは団長に聞かれてしまったのはまずいと思ったが、もう話してしまったから仕方がない。
「あの魔物を本当に倒したのか?」
「はい」
「マルセルから聞いてはいたが、本当にすごい力を持ってるんだな」
団長は感心した様子で、レオとルーカスを見つめた。それから、
「うちの討魔団に入ってくれないか?」と言った。
レオはやっぱりと思った。こういう展開はもう慣れっこだ。
レオが口を開こうとすると、それより先にルーカスが、
「だめだ。レオは入らない」と言って、トーマスを睨んだ。
団長が目を丸めた。
「どうして?」
「レオは入りたいと思ってないし、俺もレオには入って欲しくない」
団長がレオの方に視線を向けてきたので、レオは頷いた。
「ルーカスの言うとおりです」
団長はため息をついた。
「あの魔物を倒すために、うちの討魔団員は何人も怪我をしたんだ。マルセルだってそうだ。幸い、命を落とした人はいなかったが、町の人だって危なかった。あんたたちがいたら、みんなこんな思いをせずに済んだだろ? これからだってそうだ。あんたたちは、見て見ぬふりをするのか?」
ルーカスは団長を睨んだまま、
「知ったことないね」と言い、レオの手を掴むと、
「帰ろう、レオ」と言って、レオを引っ張った。
「あ」
レオはマルセルの方を見た。
するとマルセルは笑顔を浮かべ、
「歩けるようになったら戻りますね」と言った。
ルーカスはマルセルに、
「一生戻って来なくていいよ」と言い捨てると、レオを引っ張って部屋を出て行ってしまった。
「ちょっと、ルーカス! いくら何でもちょっと失礼じゃないか?」
廊下に出たレオはルーカスをたしなめた。
「だって、レオが嫌な思いをするのは嫌だったんだよ」
それを聞いて、レオの心臓が大きく一つ脈を打った。ルーカスの言葉がうれしかったのだ。世間からは非難されて仕方の無い自分にも、味方になってくれる人がいる。そう思うと、心が救われるような気がした。
二人は討魔団の拠点を出ると、町を出て山の方に歩き出した。歩いている間、ルーカスはレオの手をつかんだまま黙っていた。家に着くまで、二人はほとんど何も話さなかった。