第七話 マルセルの討魔団
翌朝、レオとルーカスは家を出て山を下りた。
マルセルが所属する討魔団の町に着くと、レオはすぐに異変に気付いた。町には人気がなく、まるでゴーストタウンのようだ。
「魔物が出たのかもしれないな」
レオが言うと、ルーカスが頷いた。
「そうだな」
二人は町の路地を歩いて行った。
すると、急にルーカスがレオの腕を掴み、レオの後ろに隠れた。
レオは何だろうと思いつつ二人の行く先を見た。そこに、犬が一匹いるのが見える。
レオはルーカスを振り返った。
「本当に犬苦手なんだな」
「大嫌いだよ」
「魔物は平気なのになんでだ? ルーカスの方がよっぽど強いだろ?」
「無意味に吠えてくるじゃないか。俺、犬がいると魔術使えなくなるんだよ」
レオは目を丸めた。
「本当に?」
「うん」
普段はレオに良いところを見せようとしたり、強気な態度を取ったりしているルーカスが、こうして弱みを見せる姿は少しかわいい。
「他の道行こう」
レオが言うと、ルーカスが頷いた。
二人は横道に入り、裏の路地を歩いた。先ほどの犬の姿は見えなくなったが、ルーカスはまだ少し怯えている様子だった。
「まだ怖いのか?」
レオが尋ねると、
「こういう道って犬がいそうじゃん」とルーカスが答えた。
「大丈夫だよ。僕が先を歩くから」
「ごめん。ありがとう」
ルーカスは、レオより半歩下がる形で、レオの服の袖を掴んだまま不安そうについて来る。
《ほんとかわいいな。なんか、かばってあげたくなるかも》
レオはそんなことを思いつつ、細い路地を進んで行った。
町の中心に近づいて行くと、人の声や物音が聞こえてきた。二人は音のする方に近付いて行った。
角を曲がると、人が三人いた。二人が男性で一人が女性だ。三人は建物の陰から通りの様子を伺っていた。
「あの……」
レオが声を掛けると、三人が「うわっ!」と声を上げてこちらを振り返った。三人はレオとルーカスの姿を見て、安堵した表情を浮かべた。
「びっくりした。急に声を掛けないでくれ」
「すみません。あの、何をしてるんですか?」
レオが尋ねると、男の一人が答えた。
「魔物が出たんだ。この町の討魔団では全く歯が立たなくて、魔物が今も町を徘徊している状況だ」
「あなたたちは討魔団の方ですか?」
「そうだ」
「じゃあ、マルセルの事を知っていますか?」
男が驚いた表情を浮かべた。
「マルセルの知り合いか?」
「はい」
「そうか。マルセルに会いに来たのか。マルセルは怪我をして休んでる」
「え? 怪我をしたんですか?」
レオは心配になった。一体どの程度の怪我なのだろうか。
「ちょうどここへ帰って来た時に魔物が現れて、魔物の攻撃をくらってしまったんだ。足を怪我して動けないでいるよ。でも、安心しな。頭ははっきりしていて、いつもどおりだから」
それを聞いて、レオは安心した。
「会えますか?」
「ああ、もちろん。案内するよ」
男は快く答えて、レオとルーカスを先導して歩き出した。
やがて、平屋建ての大きな石造りの建物に辿り着いた。ドアを開けて中に入ると、中には討魔団員と思われる人たちが数人いる。地下への階段を下りて行くと廊下があり、廊下を挟んで両側にいくつか部屋があった。
その内の一つの部屋の前に着くと、男がドアをノックした。
「マルセル、客が来たから通すぞ」
「はい」
中からマルセルの声がした。
男がドアを開けた。
部屋は、ベッドがあるだけの狭い部屋だ。
ベッドの上にはマルセルが横になっていた。マルセルはレオとルーカスの姿を見て、かなり驚いた様子で目を見開いた。
「レオ、ルーカス!」
レオとルーカスは部屋に入り、ベッドに近付いた。
「大丈夫か?」
レオが尋ねると、マルセルが頷いた。
「はい。まさかここまで来てくれるなんて。ありがとうございます」
確かに、不思議だ。マルセルは勝手に押しかけてきた迷惑な人だったはずだ。しかし、一緒に暮らす内に情が移ったのか、レオの心の中で、マルセルに対して家族にも似たような感情が芽生えていた。
「怪我をしたんだろ?」
「はい。情けない事にあっという間にやられちゃいまして。足を怪我して動けなくなってしまったんです」
「痛むのか?」
「少し。ですが、幸いそれほどひどい怪我ではありませんので、しばらく療養すれば治るようですよ」
「そっか。良かった」
すると、ルーカスが、
「相変わらず弱いな」とマルセルに言った。
「面目ありません」
「俺なら速攻で倒せるぜ。俺が倒して来てやろうか?」
「え?」
マルセルが驚いた様子でルーカスを見つめた。
「俺が倒してやるよ」
ルーカスはそう言うと、レオとマルセルが止める間もなく、部屋を出て行ってしまった。
「ちょっと、ルーカス……」
レオはため息をつき、マルセルに、
「僕も様子を見てくるよ」と言って、部屋を出た。
討魔団の拠点を出たルーカスをレオは急いで追った。
「待って、ルーカス」
ルーカスが振り返った。
「レオは待ってていいよ」
「いや、僕も一緒に行くよ」
すると、ルーカスがにやついた。
「俺の事、心配?」
マルセルを心配したように、レオはルーカスの事も心配だった。しかし、それを認めるのは悔しかったので、
「何言ってるんだよ」と、呆れたように返した。
二人は町の中を歩き、町を徘徊しているという魔物を探した。
やがて、どこからともなく大きな足音が聞こえてきた。
レオとルーカスは顔を見合わせ、足音のする方へ近づいて行った。
二人の向かった先に、全身を毛で覆われた二足歩行の魔物がいた。大きなオオカミが立ったような姿だ。魔物は二人に気付くと、足を止め二人の方に体を向けた。
「レオはここにいて。俺がやっつけてくるから」
「僕も行くよ」
「いいから」
ルーカスはそう言うと、魔物の方に近付いて行った。