第四話 不毛な争い
当事者はレオのはずなのに、ルーカスもマルセルも、レオの事を完全に無視して話を進めた。
「町から離れよう」
「そうですね」
ルーカスとマルセルは町を出て、勝負する場所を探し始めた。
レオは放っておくわけにもいかず、二人の後をついて行った。
やがて、人気のない空き地に辿り着くと、ルーカスとマルセルが改めて対峙した。
レオは二人を交互に見やった。
「こんな事しても何の意味もない。無駄な争いはやめろよ。だいたい、どうやって勝負する気なんだ?」
ルーカスがマルセルを睨んだまま、
「どちらかがどちらかを倒すまで」と言った。
レオは青ざめた。自分のために、目の前で誰かが怪我をするのは見ていられない。
「やめろよ! 人間同士が戦ってどうするんだ!」
「レオは下がってて」
ルーカスがそう言うと呪文を唱えだした。
「吹き渡る風よ、ここに集い我が刃となれ。ヴェントスザライスン!」
ルーカスの周りに風が吹き、高速で渦を巻き始めた。風は目には見えないが、周りの埃や塵が巻き上げられてその動きが見える。風の渦がマルセルの方に向かって行った。
それを見たマルセルが呪文を唱えた。
「万物を燃やす炎の槍よ、かの者を貫け。イーニスブレネン!」
マルセルの前に炎の槍が現れ、マルセルの放った風の刃と空中でぶつかった。両者の動きは一瞬止まったが、やがてマルセルの炎の槍が空中で飛び散り、風の刃がまっすぐにマルセルの方に向かって行った。マルセルは寸でのところでそれを交わした。
マルセルが再び呪文を唱えた。
「万物を燃やす炎の槍よ、かの者を貫け。イーニスブレネン!」
マルセルの前に再び炎の槍が現れ、ルーカスの方に向かって行った。
ルーカスがそれを見て即座に呪文を唱えた。
「母なる大地よ、壁となりそびえよ。ソーリウェダンマワー」
すると、ルーカスの前の地面が隆起し、壁となって、マルセルが放った炎の槍の攻撃を防いだ。
それを見て、レオは驚いた。
魔術師には得意な属性があり、その属性の魔術を極めるのが一般的だ。一つの属性だけでも使いこなせるようになるのは容易ではないし、戦えるまでの力を得る事ができる魔術師はそう多くはない。
ルーカスは風属性を使う魔術師だと思っていたが、どうやら土属性も操る事ができるようだ。ルーカスは思っていたよりもかなり強い。
マルセルも驚いた様子だった。
それから、マルセルは防戦一方となった。なんとかルーカスの攻撃を交わしてはいるが、やられるのは時間の問題だ。
《このままじゃ、怪我をする。悪くすれば死ぬかも》
レオはそう思い、ルーカスに近付くと、ルーカスの腕をつかんだ。
「もうやめろよ。頼むから」
ルーカスがレオの方を見て、
「止めて欲しいの?」と言った。
「うん」
レオが頷くと、、ルーカスが放っていた風の刃が消えた。
逃げ回っていたマルセルがその場に座り込んだ。
ルーカスがマルセルに、
「勝負ありだよな? レオの事は諦めてくれ」と言った。
マルセルは落胆した様子だ。
レオはため息をついた。本当に無駄な戦いだ。どちらかが自分に付いて来る事をレオは認めた訳ではない。それなのに、勝手に決められては困る。
「僕が途中で止めたから、勝負はついてないだろ?」
レオが言うと、ルーカスが驚いた様子でレオを見た。
「何言ってるんだよ? あのまま戦ってれば勝ったのはどう見たって俺だろ?」
「そうかもしれないけど、大体、この勝負自体何の意味もないよ。僕はどっちかを選ぶなんて一言も言ってないから」
レオの言葉に、マルセルが顔を上げ、表情を明るくした。
「それは、私の事を追い返さないという事ですか?」
「そうじゃなくて、僕はどっちにも付いて来て欲しくないんだよ」
レオがそう言った瞬間、ルーカスとマルセルがあからさまに落ち込んだ。
ルーカスがすがるような目でレオを見た。
「邪魔しないから。そばにいるだけならいいだろ?」
マルセルも立ち上がり、レオの方に歩み寄ってきた。
「私も、レオの邪魔はしません。ただそばにいるだけでいいので、許してもらえませんか?」
レオはため息をついた。この二人、全く諦めてくれそうにない。これ以上粘られるのも面倒だし、不要なトラブルを起こされても困る。
レオは渋々、
「分かったよ。勝手にしろ」と答えた。
すると、ルーカスとマルセルが表情を明るくした。
「良かった」
「ありがとうございます!」
レオは、
「だけど、本当に僕の邪魔をしないでよ? 僕は山で静かに暮らしたいんだ」と釘を刺した。
ルーカスとマルセルがうなずいた。
「分かったよ」
「分かりました」
こうしてレオは、ルーカスとマルセルが付いて来る事を認める羽目になってしまった。
世話になっていた服飾店を去り、レオは新たな住まいとする場所を探し始めた。人里離れた静かな環境に住めるのは久しぶりだ。
レオは元の服装に戻っていた。女装を解けばルーカスの気持ちは冷めるのではないかと期待したが、ルーカスは全く変わらない様子でレオに付いてきた。
レオは、町から離れた山の中腹に平地を見つけると、そこに家を建てる事にした。
レオはルーカスとマルセルに尋ねた。
「僕はここに家を建てて住むけど、二人はどうする?」
ルーカスは、
「俺も一緒に住みたい」と即答した。
マルセルも、
「私もお願いします」と言った。
レオは、
《何が『邪魔しない』だよ……》と呆れた。
「あのさ、僕はいつも一人だから、最低限の大きさの小屋を建てるんだよ。三人で住むのは無理だから、二人は自分で住む場所どうにかしてくれない? 近くに住むのはいいからさ」
ルーカスは余裕の表情だ。
「大丈夫。建てるのは俺も手伝うから。魔術を使えば楽にできるだろ?」
マルセルも頷いた。
「私ももちろん手伝いますよ。三人で建てればそんなに大変ではありません」
「いや、でも……」
レオはどうにか同居を回避しようとしたが、マルセルが木の枝で地面に間取り図を描き始めた。
「居間を作って、こんな感じで寝室を三つ作るのはどうですか?」
ルーカスが横から、
「寝室は二つでいいだろ? 俺はレオと一緒がいいよ」と言い出した。
レオは、
「一緒にするわけないだろ?」と即座に却下した。
「結婚前だから? じゃあ、今すぐ結婚しよう」
ルーカスがレオに抱きついてきたので、
「馬鹿! 離せよ」と、レオはルーカスを突き飛ばした。
マルセルが、
「とりあえずこれで造ってみましょう」と言った。
そうして、三人は家づくりに取り掛かった。
マルセルがレオとルーカスに細かく指示を出し、レオとルーカスはそのとおりに動く。と言っても、ほとんどの作業はルーカスの魔術でまかなえてしまった。家の土台は土の魔術で整え、木は風の魔術で切って、風に乗せて運んだ。
レオはルーカスに尋ねた。
「ルーカスは風と土の魔術が使えるんだな」
「ああ。別に何でも使えるよ」
レオは驚いてルーカスを見つめた。
「何でも?」
「うん」
「もしかして、風と土以外も使えるのか?」
「うん。使えるよ」
ルーカスは何でもない風に言っているが、それはとんでもない事だ。レオよりルーカスの方がよっぽどすごいのではないかと、レオは思った。
やがて、家が完成した。今まで一人で建てていた雑な小屋とは比べ物にならない。ちゃんとした立派な家になっている。
「すごい……」
レオは感心して家を眺めた。