第二話 魔力フェチな男
レオは前の住まいから離れた場所にある山を見つけ、その山の中に新しい家を建てた。
一人で住む家だから毎回小さな小屋を建てるのだが、それはそれで大変な作業だ。
レオは家のそばの土を耕した。小さな畑を作るつもりだ。レオは作物を育てるのが趣味だった。
《収穫前に出て行かなくちゃならなくなる時もあるんだよな。短期間で育つのにしなくちゃ》
そんな事を思いながら、レオは畑に種を撒いて水をやった。
作業を終えると、レオは木に備え付けたハンモックの上に寝そべった。木々の間から空が見えて気持ちがいい。
《ああ、こういう時間って、ほんといいよなあ》
レオは大きなあくびをした。そしてそのまま、ハンモックの上で昼寝をした。
そんな風に、ここでのんびりした生活を送って一か月が過ぎた。
レオがいつものようにハンモックに揺られて昼寝をしていると、
「すみません」と声を掛けられた。
目を開けると、ハンモックのそばに青年が一人立っていた。おそらく、何度も呼びかけられていたのだろう。
青年は二十歳代と思しき年頃で、背が高く、ブロンドの長い髪を後ろに束ねている。肌の色が白くてやせ型だ。淡泊で涼し気な、きれいな顔をしている。手にはコンパスのような物を持っていた。
青年が、
「あの、魔術師の方ですよね?」とレオに尋ねてきた。
レオは内心、この人もスカウトの人か、とため息をついた。しかし、なぜレオの居場所が分かったのだろうか。
レオは不思議に思いながらも、ハンモックから下りた。
青年はレオを見つめてきた。その視線は他のスカウトとは違うように感じた。どこか憧れに似たような、そんな感情が込められているような気がする。
青年がレオに、
「はじめまして。私はマルセルと申します」と自己紹介した。
「そうですか」
レオはそっけなく答えた。
「あの、あなたの名前は?」
「僕はレオ」
「レオ……。あの、レオは相当な魔力の持ち主ですよね?」
なんだか、マルセルと名乗ったその青年は少し興奮しているように見える。
「それがどうしたんですか?」
「これを見て下さい!」
マルセルが、持っていたコンパスのような物をレオの方に示した。その盤面には、コンパスのように針が付いてはいるが、方角は書かれていない。ただ目盛りが書かれているだけだ。
「これは?」
「これは、私が発明した魔力測定器です。魔力に反応して針が振れる仕組みですよ。魔力の大きさも測れます。こちらに行くほど魔力が大きいという事なのですが、あなたの魔力はここまで針が来ています。ここまで振れたのは初めてです」
マルセルは、その魔力測定器だという機器を見つめながらうっとりしていた。
「はあ……」
「それにしても、やっとこれぐらい振れるレベルなんて……。ちょっと単位を大きくし過ぎたかな。アレクシアレベルまで測れるようにしちゃったから……。すこし単位を下げてみるか……」
マルセルは、魔力測定器を見つめながらブツブツ独り言をつぶやいた。
レオは、この男は一体何なのだろうと思った。
「あの、用がないなら帰ってもらえる?」
レオがしびれを切らして言うと、マルセルがレオを見た。
「あ、すみませんでした。本題ですが、私の所属する討魔団に入ってもらえませんか?」
レオはほらきたと思った。
「僕はどこの討魔団にも入らないと決めてるんだ」
「こんなにすごい魔力を持っているのに? なぜです?」
「僕は富も名声もいらないし、危ない目にも遭いたくないし、何より、のんびり過ごす時間を奪われるのが嫌だから」
「……なるほど」
マルセルはレオの言葉に頷いた。スカウトにこういう反応をされたのは初めてだ。レオがこういう事を言うと、非常識だとか、非国民だとかと、非難されるのが普通だ。
マルセルが何を言うのか、レオは次の言葉を待った。
「あの、それじゃ、何もしなくていいので、とりあえず入団して私のそばにいてもらえませんか?」
マルセルの申し出に、レオは目を丸めた。
「は? なんだよ、それ」
「あなた以外、こんな風に魔力測定器を反応させられる人はいないんです。お願いです」
レオは呆れた。レオの意思を尊重してくれるようだが、これはこれで何だか気味が悪い。
「いや、僕は無理だよ。僕はこういう山の中で静かに、誰とも関わらずに生活したいんだ」
「そこをなんとか……」
「いや、だめだ。もう話す事はないから」
「じゃあ、私がここにいてもいいですか?」
「は? 何言ってるんだよ?」
「邪魔はしませんので、お願いします」
「やだよ。帰れよ」
「お願いします」
レオは、いよいよ気持ちが悪いと思い出した。
「いやだ。帰れよ」
「お願いです」
「じゃあ、僕が行くから、ついて来るなよ」
レオはそう言い放ち、マルセルを残してその場を離れた。
《しばらくしたら帰ってくれるかな》
レオはそう思いながら、しばらく家に戻らずに山の中に身を隠した。
しかし、しばらくして、
「見つけました!」という声がしたので、レオはまさかと思って振り返った。
そこに、マルセルがいたから、レオは驚いた。
《そうか! 魔力測定器があるから、僕がどこにいても居場所が分かっちゃうんだ!》
レオはマルセルを睨みつけた。
「しつこい! 付きまとわないでくれ」
レオは再びマルセルから離れた。しかし、何度離れても、その度にマルセルが追って来る。
レオは山の中をあっちこっちに逃げ回ったが、マルセルはどこまでもレオに付いて来た。
《最悪だ。逃げ場がない》
マルセルの魔力測定器はかなり感度が良いようだ。
それにしても、このマルセルという男の根気の良さというか、執着ぶりというか、それには辟易した。レオがどんなに冷たくあしらっても、笑顔でレオを追って来る。
《山の中じゃだめだ。すぐに居場所が分かっちゃう。ちょっとやだけど、町に出て人に紛れた方がいいかも……。それでしばらく逃げれば、そのうち諦めてくれるよな》
レオはそう考え、致し方なく山を下りて町に出る事にした。
レオは山から一番近い町に足を踏み入れた。
町には人が溢れ、あちこちに出店が出たり、行商人が行き交ったりしていて、賑わっている。
もう夕方だから、今日は町に泊まるしかない。いや、今日どころか、しばらく町に潜伏した方が良いのではと、レオは考えた。
レオはこれまで、町に住もうと思った事は一度もなかった。本意ではないが、レオは隠れて住めそうな場所を探し始めた。
レオは人ごみを避けながら、たまに商店の人に聞き込みをして、間借りできる部屋や、小さな宿がないかを探した。
やがて、服飾店を営む人が、物置として使っている地下室を使っていいと言ってくれた。地下室なら身を隠すにはもってこいだ。レオはそこにしばらく住む事に決めた。
地下室は狭くて暗い。自然の中で暮らしていた時の解放感とは雲泥の差だ。
《なんでこんな場所にいなくちゃならないんだ。それもこれも全部あの変な男のせいだ》
レオはマルセルの悪気の無い無邪気な笑顔を思い浮かべて腹が立った。
レオは食糧を調達するため、再び町に出た。これまでは山で生活し、食べ物は自給自足だったからそれほど多くの収入は必要なかった。しかし、町で暮らすなら現金収入が必要になる。レオが現金を得る手段は薬を煎じる以外なかった。
《明日山へ行って材料を集めるか》
そんな事を考えながら歩いていると、突然どこかからか悲鳴が聞こえてきた。
周りの人々が騒めき始めた。
「出たんじゃないのか?」
「きっとそうだ。逃げよう!」
そして、人々が一目散に散り始めた。
《これだから町は嫌なんだよな……》
この町にも魔物が現れたようだ。悲鳴が上がった方向から、人がどんどん走って来た。
この町にも討魔団はいるだろうから、きっと誰かが退治するだろう。そうは思いつつも、レオは様子が気になった。
《知らぬが仏なんだけどなあ……》
レオは、人の流れとは逆の方向へ進んで行った。
しばらく行くと、大きな猿のような姿をした獣型の魔物と、それを包囲する数人の討魔団員であろう魔術師たちの姿が見えた。
魔術師は、それぞれ得意とする属性の魔術で魔物を攻撃しているが、魔物の動きがすばやく、なかなか当たらない。どうやら苦戦しているようだ。
《あれなら、一瞬で片付けられそうだな》
レオは魔物に標的を定め、呪文を唱え始めた。
「我、門を開き闇に住まう汝に命ず。ゲズルクハビタンステネブリス」
すると、魔物の近くにブラックホールのような黒い塊が現れ、魔物が一瞬でその塊に吸い込まれた。そして、魔物を飲み込んだその塊は消え去った。
魔物を包囲していた魔術師たちは茫然と立ち尽くした。
レオはその様子を見届け、その場を去ろうとした。すると、レオの方に中年の男が駆け寄ってきた。
「今のはあなたですね?」
「…………」
レオは、見つかってしまったかと思った。
男がレオに頭を下げた。
「この町の討魔団を仕切っております、ダニエルと申します。魔物を倒して頂いてありがとうございました。所属はどちらの方ですか?」
「……所属は特にありません」
男が目を丸めた。
「どこにも所属されていないのですか?」
「はい」
すると、男が目を輝かせた。
「では、うちの討魔団に入団頂けませんか?」
男が金の入った巾着を取り出し、レオに差し出した。
「これは今討伐頂いた魔物の分です。今の仕事はこれぐらいの価値がありますよ。もちろん、契約金も弾みますし、報酬についても最高の額を用意します」
「興味ありませんので……」
レオはそう言って、男に背を向けた。男は慌てた様子でレオの腕をつかみ、巾着を開けて見せた。
「全部金貨ですよ? 見て下さい」
「だから、興味ないんです」
レオは男の手を払いのけた。
「一体何がお望みですか?」
レオは男を振り返り、
「何も望んでません」と言うと、唖然とする男を残してその場を去った。
路地を歩いていくと、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。レオは嫌な予感がして振り返った。
レオの方にマルセルが走って来た。レオは逃げようとしたが、マルセルが、
「待って下さい」と必死な様子でレオを止めた。
マルセルはレオの前まで来て、息を切らしながら上気した顔でレオを見つめた。そして、魔力測定器をレオの方に掲げた。
「さっきのすごかったんですよ。この針がこの辺まで来てね。興奮しました。あれは何をしたんですか?」
「ちょっと魔術を使っただけだよ」
「ちょっと? ちょっとであんなになるんですか? すごいなあ。その場で見たかったなあ」
マルセルは楽しそうな表情だ。
レオは、さっき自分をスカウトしてきた男と、今目の前にいるマルセルは随分違うなと思った。追ってくるのは一緒なのに、なぜかマルセルからは、先ほどの男や他のスカウトから感じる嫌な感じを受けない。
「あのさ、あんたの目的って何なの?」
レオはマルセルに尋ねた。
「あ、はは。確かにそうですね」
マルセルが自嘲気味に笑って答えた。
「初めは、魔力を測れる機械があれば、能力のある魔術師を味方に付ける事や、敵の強さを測る事ができていいなと思ったんです。それで、魔力測定器の開発を始めたんですけど、段々開発自体が楽しくなってしまって。なんか、初めの目的を忘れてしまいました」
「本末転倒だな」
「確かにそうですね」
レオは呆れて笑みを浮かべた。
「とにかく、僕の事を追って来ないでくれる? 迷惑だから」
「でも……」
「絶対、ついて来ないで」
レオはそう言うと、マルセルの前から立ち去った。