第十二話 訪問者
マルセルは魔力測定器の改良を試みているようだった。今の魔力測定器は大きな魔力しか測れないので、小さな魔力も測れるようにしたいらしい。
マルセルは居間のテーブルで機械をいじっている。新しい魔力測定器を作ろうとしているのだ。
「どう? うまく行きそう?」
レオはマルセルの隣に座り、マルセルの手元を覗き込んだ。
「なかなか難しいですよ。部品を小さくしなくてはならなくて……」
「測れるだけでも充分すごいけどな」
レオは、傍らに置かれた魔力測定器を手に取った。
魔力測定器の針は、時計でいう十二時のところがゼロ、時計回りに振れるにつれ、魔力が大きいという事になる。今は時計の五時ぐらいまで振れている状態だ。家にいるレオ、マルセル、ルーカス、そして、外にいるであろうフリッツの四人分の魔力の合計という事だ。おそらく、ほとんどはレオとルーカスの魔力だと思われる。
ルーカスが近付いて来て、レオとマルセルの正面の椅子に座った。ルーカスは、こちらをむっとしたような表情で見ている。その目はまるで、二人を監視しているようだった。
《まだ僕たちの事疑ってるのかな……》
レオはそう思いつつも、気付かないフリをした。
その時、レオが手にしていた魔力測定器の針が急に動いた。それまで一定の場所を指していた魔力測定器の針が振れ、時計で言う五時半ぐらいまで振れている。
「見て! 魔力測定器が反応してる! 魔術師が近くに来たのか?」
またスカウトが来たのだろうか。しかし、普通の魔術師なら針はほとんど振れないはずだ。針が振れたという事は、強い魔力を持つ者が近付いて来たという事だ。
三人が魔力測定器に注目していると、家のドアがノックされた。三人は顔を見合わせた。
「俺が出るよ」
ルーカスが立ち上がり、ドアを開けた。ドアの前には五十歳代ぐらいと思われる、背の高い中年の男が立っていた。
レオが誰だろうと思っていると、ルーカスがそのまま何も言わずに外に出て、ドアを閉めてしまった。
「え? ルーカス?」
レオはどうしたのだろうと思い、急いでドアを開け、外の様子をうかがった。すぐに出たはずなのに、ルーカスの姿も男の姿も消えてしまっていた。
「ルーカス!」
レオは外に出て左右を見渡し、呼びかけたが返事はない。
レオはなぜか胸騒ぎを覚えた。
レオが茫然と立ち尽くしていると、家の中からマルセルも出てきた。
「どうしたんですか?」
「分からない」
外にいたフリッツがこちらに近付いて来た。
「何かあったのか?」
「ルーカスを見なかった?」
「見なかったな」
マルセルがレオに、
「ここから少し離れたようです」と言って、手にしていた魔力測定器を示した。先ほどよりも針が示す魔力が弱まっている。
「どこにいるか分からない?」
「それが、結構大変なのですよ。四方八方歩き回って、魔力の値が上がる場所を見つけて、少し進んでまた探るっていう作業を繰り返さなきゃならないんです。だから、レオの事も探すのに苦労しました」
「だから、数日は見つからなかったのか……」
「とりあえず、探しますか?」
「うん」
レオは嫌な予感がしていた。先ほどの男はルーカスに何かしら縁故のある人で、ルーカスを迎えに来たのではないだろうか。よく考えてみると、自分はルーカスの事を何も知らない。討魔団には所属していないと言っていたが、それ以外は、出身も家族がいるのかも分からなかった。
《なんで訊いておかなかったんだろう……》
レオは今更ながら後悔した。
レオとマルセルは、魔力測定器の針の振れを頼りに、山の中を歩き始めた。
魔力測定器を確認しながら、少しずつ魔力が大きくなる方向へ進んで行く。それは本当に根気のいる作業だった。
「マルセル、よくこんな事何度もできたな?」
「それは、レオへの愛ですよ」
「…………」
レオは呆れた目でマルセルを見た。
「やっと分かってくれました? 私がどれだけレオを求めていたか」
「まったく……。なんでそういちいち誤解を招くような言い方するんだよ」
二人は、山の中を少しずつ進んで行った。
随分経った頃、急にマルセルが足を止めた。
「どうしたんだ?」
「魔力が大きくなってきてます」
「それって……」
「もしかすると、ルーカスがこちらに戻ってきてるのかも……」
レオとマルセルは魔力測定器の針を見つめた。魔力が徐々に大きくなり、少しするとまた小さくなった。二人は顔を見合わせた。そして、試しに少しだけ家の方向に戻ってみた。すると、魔力が大きくなった。
「間違いない。ルーカスは家に戻ってますよ」
「じゃあ、僕たちも戻ろう」
レオたちは急いで家に戻った。
ドアを開けると、居間の椅子にルーカスが座っていた。
「ルーカス! どこ行ってたんだ?」
「レオこそ。もしかして、俺の事探してた?」
「ああ。急にいなくなったからびっくりして」
「そっか。心配掛けてごめん」
レオはひとまず安心したが、ルーカスは見るからに元気がなかった。
「何かあったのか? さっき来た人は誰?」
「あれは俺の知り合いだよ」
「知り合いって、どんな?」
ルーカスは少しの間黙り、それから、
「ここ、引っ越そう」と言い出した。
レオはルーカスの隣の椅子に座り、俯くルーカスの顔を覗き込んだ。
「訳を話してくれよ。何かあったんだろ?」
「今は話せない」
ルーカスが秘密を抱えているとは思ってもみなかった。レオは胸がチクリと痛んだ。
「どうして引っ越したいんだ?」
「……ここにいると、良くない事が起きるから」
「良くない事って?」
ルーカスが顔を上げてレオを見た。
「頼むから、何も訊かないで。とにかく、ここを出よう」
マルセルが口を開いた。
「ルーカスと私は居候ですよ。そんなに引っ越したいなら、ルーカスが出て行くべきではありませんか?」
レオは驚いてマルセルを見た。
ルーカスは再び俯いた。
「レオを置いては行けない」
「自分の都合でレオに引っ越しを無理強いするのはひどい話ではありませんか? ルーカスに何か問題があるなら、レオを巻き込むべきではないでしょう?」
「…………」
「……それとも、ここにいるとレオに危険が及ぶのですか?」
「…………」
ルーカスの顔から血の気が引いた。
「そうなのですね? それならちゃんと訳を話して下さい」
レオもルーカスに、
「ちゃんと話してくれ」と訴えた。
しかし、ルーカスは俯いたままだ。
「……大丈夫だ。俺がちゃんと話すから。俺が話せばきっと分かってもらえるから」
ルーカスは独り言のようにそうつぶやいてからレオを見た。
「レオはこれからも、今までどおり山で静かに暮らすよな?」
レオは頷いた。
「うん」
「魔術だって、できるだけ使いたくないだろう?」
「そうだけど……。なんでそんな事訊くんだ?」
すると、ルーカスが立ち上がった。
「俺、ちょっと出掛けてくる。何日か戻らないけど、心配しないで」
レオも慌てて立ち上がった。
「何だよ? それ。ちゃんと話せって言ってるだろ?」
「ごめん」
ルーカスはレオから目を逸らすと、家を出て行ってしまった。
「待って!」
レオはルーカスを追って家を出た。
しかし、ルーカスの姿は既にない。
「ルーカス!」
レオはルーカスを呼び、辺りを見渡した。
マルセルも家を出てきた。
「ルーカスには何か事情がありそうですね」
「一体何なんだろう……」
「分かりませんが、かなり深刻なのではないでしょうか」
マルセルが魔力測定器を見つめて言った。
「だいぶ速い速度で魔力が弱まっています。ルーカスは風の魔術が使えましたし、おそらく空を飛べるのでしょう」
マルセルの言葉に、レオは上を見上げた。しかし、空にルーカスの姿は見えない。
レオは、家の裏手に回り込んでみたが、周りを木々で囲まれているせいもあり、遠くまでは見渡せず、ルーカスの姿を確認する事はできなかった。
マルセルがため息をついた。
「この速さで離れられては、追うのは困難です。探すのに数か月はかかってしまいます」
「一体どこへ行ったんだ……」
マルセルがレオを見た。
「心配ですか?」
「うん……」
「私の時より、心配でしょう?」
マルセルに言われて、レオは慌てた。
「何言ってるんだよ? 別にそんな事ないよ」
「あんなに好かれているのですから、そろそろ素直になってあげたらいかがですか?」
「どういう意味だよ?」
「レオもルーカスが好きなんでしょう?」
レオは心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
「な……なんで、そんな……」
「やっぱり、図星ですか?」
レオは言われて初めて、自分がルーカスを意識している事に気が付いた。
《僕はルーカスを……?》
考えれば考えるほど、自分の気持ちを自覚していく。今、ルーカスがいなくなって、こんなにも胸が痛いし、このまま会えなくなったらと思うと、不安で仕方がない。ルーカスが辛そうだとレオも辛い気持ちになるし、ルーカスが笑っていると、レオも楽しい気持ちになる。良く考えてみると、これまでルーカスには散々触られたし、キスまでされたが、嫌な気持ちにはならなかった。それどころか、恥ずかしさの中にうれしさを感じるような、そんな思いを抱いていた。
《僕は……。ルーカスの事、好きだったんだ》
いつの間に、自分はルーカスに惹かれていたのだろう。自分の気持ちに気付いて、レオは愕然とした。
マルセルがほほ笑んだ。
「二人が恋人同士になったら、私はここを出て行くつもりですよ。そこまで野暮ではないので。近くに住んで、魔力測定器の改良は続けたいのですが」
「恋人……? 僕とルーカスが、恋人?」
「両想いならそうなるでしょう?」
マルセルが、すぐそばで様子を伺っていたフリッツを振り返った。
「あなたも、二人に付きまとうのはやめてあげて下さい」
フリッツがため息をついた。
「アレクシアが好き放題してるっていうのに、力のある二人が山に籠って浮かれて暮らしてるのを、黙って見てろって言うのか?」
フリッツの言葉に、レオは傷ついた。
「浮かれてなんて……」
マルセルがレオの肩に手を置いた。
「ルーカスは戻って来ると言っていましたから、待ちましょう。絶対に戻って来ますから、大丈夫ですよ」
「うん」
レオは答えつつ、ルーカスが戻って来たらどんな顔をすれば良いのだろうと思った。そして、ルーカスが無事に帰って来る事を心から祈った。




