第十一話 揺れる心
マルセルが戻り、再び三人の生活に戻った。それに加え、フリッツも外に居座っている。
朝起きて外に出ると、すぐにフリッツがレオに近付いて来て説得を始める。そこにルーカスが割って入り、ルーカスとフリッツが喧嘩をし出す。マルセルは相変わらず魔力測定器をいじって時折にやついている。そんな生活が日常となった。
ある日、レオとルーカスが洗濯物を干していると、フリッツがそばに来てレオに話し掛けた。
「俺と一緒に町に行ってみてくれないか? ちゃんと実情を知って欲しいんだ」
すると、ルーカスがフリッツを睨んだ。
「何勝手に誘ってんだよ。レオが他の男と二人で出掛けるわけないだろ?」
「だったら、ルーカスも一緒でいいから」
「おまえ、毎日毎日よく飽きないよな? そろそろ諦めたらどうだ?」
「ルーカスだって全然諦めないじゃないか。一緒だよ」
「どういう意味だよ?」
「レオが全然なびかないのに付いて回っているのは一緒だって事だ。俺もあんたも、レオは、いつかは分かってくれるはずだと思ってるから、こうしてここにいるんだろ?」
「おまえと一緒にするなよ」
レオは洗濯物をさっさと干し終えると、二人を無視してその場から去った。
「あ、待って」
ルーカスとフリッツが後を追って来た。
正直、レオはフリッツのそばにいたくなかった。フリッツの言う事はいちいち正論で、そばにいると自分が嫌になる。だからこれまで、フリッツに見つかる度に引っ越しまでして逃げてきたのだ。
《また逃げるしかないかな……》
レオが相談すれば、きっとルーカスは味方になってくれるし、レオに付いて来るだろう。マルセルも、話せば分かってくれそうな気がする。
まずはマルセルに相談してみよう、そう思ったレオは、その日の夜、マルセルの寝室のドアをノックした。
「はい」
中からマルセルの返事があった。
「ちょっと話してもいい?」
「どうぞ」
レオはマルセルの寝室に入ると、ドアを閉めた。
マルセルはベッドに座って、機械をいじっていた。それは、いつも持っている魔力測定器とは別の物のようだ。マルセルはその機械を傍らに置いて、レオの方を見た。
「珍しいですね。何かあったんですか?」
「ちょっと、相談したい事があって」
「何でしょう?」
「実は、引っ越したいと思ってるんだ」
レオの言葉に、マルセルが目を丸めた。
「引っ越しですか?」
それから、マルセルが思い当たった様子で、
「あ」と声を出した。そして、
「もしかして、フリッツから逃げるためですか?」と尋ねてきた。
レオは頷いた。
「うん。これまでも、フリッツに見つかる度に引っ越してたんだ」
「彼は悪い人ではなさそうですけど、ちょっとしつこいですからね」
「しつこさで言ったら、マルセルと同じぐらいだと思うけど」
それを聞いて、マルセルが笑った。
「確かに」
「フリッツは正義感の塊みたいな人でさ、言う事は全部正しいし、ああいう人のそばにいるのって、僕みたいな人間にとってはきついんだよね」
「レオみたいな人間ってどういう人ですか?」
「なるべく面倒な事は避けて楽したい人」
マルセルが感心した様子で頷いた。
「レオは自分の事、客観視できる人ですよね。でも、あまり自分の事を悪く思いすぎるのは良くないですよ」
「自分だけじゃないよ。みんなが僕を無責任で自分勝手な人間だって思ってる」
「そんな風に思っちゃだめですよ。少なくても私はそうは思ってませんし、きっとルーカスもそうは思っていませんから。みんながそう思ってるなんて、考えない方がいいです」
「……ありがとう」
「で、引っ越しですけど、いつどういう風にするつもりですか?」
「夜中にこっそり抜け出すつもりだ。多分、ルーカスは付いて来るって言うだろうけど、マルセルは好きにすればいいよ」
「だったら私も付いて行きますよ。レオのそばにいたいですし、それに、フリッツは私が魔力測定器を持っているのを知っていますから、私がここに残ったら、レオの居場所を教えろって言われてしまうでしょう?」
「確かに……」
「ルーカスにはこれから言うんですか?」
「うん」
「そうですか。……ありがとうございます」
「何が?」
「私に黙って出て行かずに、事前に話してくれて」
レオは照れ臭くなって、マルセルから目を逸らした。
「一応、言っておかないと落ち込むかと思ってさ。あと、黙っててもどうせ追いかけて来るだろう?」
「確かに」
「出て行く日を決めたら教えるよ」
「ありがとうございます」
レオはマルセルの部屋を出た。
すると、ちょうど自室から出てきたルーカスと鉢合わせした。マルセルの部屋から出てきたレオを見て、ルーカスはかなり驚いた表情を浮かべていた。
「なんでマルセルの部屋にいたんだ?」
「ちょっと話をしてたんだ」
「居間で話せばいいだろ?」
「マルセルが部屋にいたから」
「こんな時間に、寝室に二人きりとか信じられない」
ルーカスは嫉妬心むき出しの表情だ。
「別に、僕たち何でもないし……」
「本当に何でもない? レオはあいつと仲いいじゃんか。あいつの事心配したり、あいつの事待ったりするし。あいつのために町まで行ったし。あいつが帰って来た時もすごくうれしそうだったし」
「それは、何となくマルセルとは気が合うからだよ。変なとこあるけど、いい人じゃないか」
「…………」
「もういいだろ? おやすみ」
レオは自分の部屋に戻ろうとした。
すると、ルーカスがレオの腕をつかんだ。何か言われるのだろうかと思ったが、ルーカスは黙っていた。その表情は、何かに耐えるようなとても苦しそうな表情だ。
その顔を見て、レオの心臓が大きく一つ脈を打った。そして、ルーカスのそんな顔は見たくないという思いが芽生えた。
ルーカスはレオの腕を離して、
「おやすみ」と言うと、自分の寝室へ戻ってしまった。
レオは焦りのような感情を覚えた。そして、なんとかしなければという思いから、ほぼ衝動的にルーカスの後を追って、ルーカスの寝室に入った。
部屋に入って来たレオを見て、ルーカスはかなり驚いた様子だった。
レオは、入ったは良いものの、何を言えば良いのか全く分からなかった。
「えっと……。本当に僕とマルセルは何でもないから、変な心配するのはやめろよ」
我ながら、何を言っているのだろうとレオは思った。
しかし、ルーカスはどこか安心したような、うれしそうな表情を浮かべた。
そして、レオに、
「来て」と言った。
レオが言われたとおり、ルーカスに近づくと、ルーカスがレオを抱きしめた。
レオは体中が心臓になってしまったのかと思うぐらい、胸の鼓動が速まるのを感じた。
ルーカスがレオを抱きしめながら、
「やっぱり俺たち結婚しようよ。それで、二人で暮らそう?」と言った。
「いや、結婚はちょっと……」
レオはそう言いながら、ルーカスから離れようとした。今の状況は、ルーカスに何をされても文句が言えない状況だと、レオはやっと気付いたのだ。
「レオ」
ルーカスがレオを離し、レオの両腕をつかんで真剣な目を向けた。そして、口を開いた。
「どうしてここに入ってきたの?」
「それは……、ルーカスが落ち込んでるように見えたから……」
「俺の事が心配だった?」
「…………」
「思わず追いかけて来ちゃうほど、俺の事好きなんじゃないの?」
レオは、全身の血が頭に集まって来たかのように顔が熱くなった。
「そんなことは……」
「じゃあ、どうして?」
「それは……」
「レオ」
ルーカスがレオの顔に顔を近づけてきた。
「だめだ!」
レオはルーカスを突き放すと、
「お、おやすみ!」と言い捨てて、部屋から逃げるように出て行った。
自分の部屋に入り、レオはベッドに倒れこんだ。胸がまだドキドキしている。
《僕は何をしてるんだ?》
レオはその晩、悶々とした思いを抱えながら眠りに就いた。
翌日の朝、レオはルーカスと顔を合わせるのが気まずかったが、ルーカスの方は全くいつもどおりだった。寧ろ、いつもより元気そうに見える。
それでレオは、ほっと胸を撫でおろした。
《よかった。気にしてないみたいだ》
レオは、ご機嫌な様子で朝食の準備をするルーカスの後ろ姿を見つめた。




