第一話 やる気なんてない
中性ヨーロッパ。魔法、魔術が実在し、魔物を使役する魔女、魔術師が実在する世界。
ドイツのハルツ地方には最強と呼ばれる魔女アレクシアが住む城があった。
アレクシアはすでに二百年生きていると言われている。魔術で魔物を召喚して人々を脅し、力で押えつけ、人々から搾取した財産で贅沢な暮らしを送っていた。
魔物を討伐する魔術師の集団、討魔団が結成され、アレクシアが召喚した魔物の討伐を行っていたが、アレクシア自体を討つことはできなかった。アレクシアに敵うほどの力を持つ者はいないのだ。魔術師の実力はその魔力に拠るものであり、それは生まれつきのものだ。アレクシア程の魔力を持つ人間は、アレクシア以降、二百年間生まれてこなかった。
生まれつき高い魔力を持つ者は、正義感から又は富と名声を得るという目的から、進んで討魔団に入団し、魔物と戦った。それが、魔力を持つ者の義務であり、権利だった。
レオはそんな魔術師の一人だ。生まれつき魔力を持って生まれた。しかし、レオは生まれてから十九年間、魔力を持っている事を一度もありがたいと思った事はない。むしろ、なぜ自分は平凡な人間に生まれてこなかったのだろうと思わない日はなかった。
レオは一人暮らしをしている。レオの実家は、両親と祖母、そして六人兄弟の子供がいる大家族だった。しかし、魔力を持って生まれたのはレオだけだ。レオはこの魔力のせいで、家族と一緒には暮らせなくなった。
レオは生まれつき、とても強い魔力を持っていた。物ごころ付いた頃から、たくさんの魔術師たちがレオをスカウトしに来た。両親はレオに、どこかの討魔団に入団するように言った。
しかし、レオは嫌だった。レオは大金持ちにも有名人にもなりたくない。危ない目に遭ってまで、人の役に立ちたいとも思えない。
レオは、飢えないぐらいの生活ができれば、地味に目立たず、静かに暮らしたかった。
《僕が望んだわけでもないのに、なんで魔力がある人は絶対に戦わなくちゃならないんだよ……》
レオは両親と意見が合わず、また、頻繁に家にやってくるスカウトにもうんざりして実家を飛び出した。
実家を出たレオは、人里離れた山の中で、作物を育て、たまに町に出て薬草や煎じ薬を売りながら、細々と暮らしていた。
ある日、レオは町に買い出しに出た。買い出しを終えて帰ろうとした時、町が突然騒がしくなった。人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
レオはタイミングが悪い時に来てしまったと思った。
町には、アレクシアがたまに魔物を放つ。そうやって、定期的に人を怖がらせる事によって、人々が逆らわないようにしているのだ。
人々が逃げてくる先を見ると、ライオンを巨大化したような姿の、銀色の毛をした魔物がこちらに向かって走って来るのが見えた。
こちらに来るから、無視するわけにもいかない。
レオは魔物の進路に立った。魔物はレオの方に真っすぐ向かって来る。
レオは呪文を唱えた。
「我、門を開き、闇に住まう汝に命ず。コモンハビタンステネブリス」
すると、レオと魔物の間の空間に、ブラックホールのような黒い塊が現れた。そして、その塊から黒い毛並みの狼のような魔物が飛び出してきた。
レオが、「行け」と命じると、その狼のような魔物が、こちらに向かって来ていた魔物に向かって行き、魔物の首に噛みついた。ライオンのような魔物は、断末魔の悲鳴を上げて消え去った。
レオは、
「我、門を開き闇に住まう汝に命ず。ゲズルクハビタンステネブリス」と唱えた。それと同時に、レオが召喚した狼型の魔物も消え去った。
この様子を見ていた町の人々が騒めいた。
何人かがレオの元に駆け寄ってきた。
「ありがとうございます。助かりました。召喚魔術をお使いになられるのですね。どちらの討魔団の方ですか?」
レオは早くこの場を去らなければと思った。
「急いでいますので、失礼します」
すると、一人が慌てた様子で、
「待って下さい」とレオを止めた。そして、
「せめて、お名前と所属だけでも教えて頂けませんか?」と言った。
「僕はどこにも所属してません」
レオの回答に、周りの人が驚きの表情を浮かべた。
「どこにも所属されていないのですか? それでは、是非うちの討魔団に入団して下さい。もちろん、報酬は最高の額をお約束します」
「僕はどこにも入る気はないので」
レオはそう言うと、レオを囲む人たちを押し退けるようにして、逃げるようにその場を去った。
レオは山の家に戻ると椅子に座り、一息ついた。
町で魔物に遭遇した事はこれまでも何度かある。今回のようにレオが魔物を倒すと、決まってその町の討魔団にスカウトされた。そして、もう一つ、決まって起こる事がある。
レオが町で魔物を倒してから数日後、家のドアをノックされた。レオは、やっぱり今回も来たかと思い、ため息をついた。
レオはドアを開けた。
ドアの前には青年が一人立っていた。
青年はフリッツといい、これまでも何度かレオの元にやって来ている。太くて意思の強そうな眉に大きな目をした青年だ。いつでもまっすぐに人の目を見て話す、絵に描いたような好青年だった。
フリッツが、
「やっと見つけた。何度もすまない」と言った。
レオは、すまないと思うなら来るなよと思った。
フリッツもレオを勧誘しに来る一人だ。しかし、フリッツは他のスカウトとは少し違う。他のスカウトはレオに法外な報酬を提示して媚びを売ってくるのだが、フリッツはそうではない。フリッツの場合、「勧誘」というより、「説得」なのだ。
なんでも、フリッツは祖母を魔物に襲われて亡くしたらしく、アレクシア討伐に人一倍執念を燃やしている。魔力の強い仲間を集めて、何度かアレクシア討伐を試みているが、全く歯が立たないらしい。
二年ほど前、レオが魔物を倒すところを偶然目撃したフリッツは、レオをアレクシア討伐に参加させようと躍起なのだ。
他のスカウトはレオが断ると大体は諦めてくれるのだが、フリッツは全く諦めてくれなかった。だからレオは、フリッツに見つかる度に引っ越しをして身を隠していた。
今日もフリッツは真剣な目をレオにまっすぐに向けた。
「考えを改めてくれないか? 君ほどの力があれば、アレクシアを倒す事だってできるだろう? アレクシアを倒せば、みんな安心して暮らせるようになるんだ。どうか協力してくれ」
レオは首を振った。
「僕には無理だ。何度も言ったけど、僕はアレクシアと戦うつもりはないよ。帰ってくれ」
「こっちも何度も言ったが、君はとても強い力を持っている。力を持っている者はその役割を果たすべきだろう? この世の中には、アレクシアに命を奪われた人が大勢いる。このまま放っておけば、犠牲者がもっと増えるんだ。それを止める力を持っているのに何もしないなんて、無責任じゃないか」
フリッツの言葉はいちいち胸に刺さる。自分が世間から見れば自分勝手で我がままな人間だという事はよく分かっている。しかしそれでも、やりたくないものはやりたくないのだ。
「そんな事、言われなくても分かってるよ。それでも、僕は協力できない」
「自分さえ良ければそれでいいのか?」
「そうだよ!」
レオはたまらなくなってドアを閉めた。
この後の展開はきっといつもと一緒だ。フリッツは絶対に帰らない。レオは、フリッツの隙を見て逃げるしかない。
レオはため息をついた。
《また引っ越しか……。めんどくさいな》
そこからは耐久戦だった。フリッツはドアの前から動かないから、レオは家に籠城する。さすがに徹夜を続ける事はできないので、そのうちにフリッツが眠りに落ちる。その隙を見計らって、レオは家をこっそり抜け出すのだ。
《毎回同じ事の繰り返しだよな。もう諦めればいいのに》
レオはそう思いつつ、夜中に家を出て山を下りて行った。