1話 死亡後の少女
あの日。
なんのことについてかはわからないけど、
きっとあったんだ
ダイヤモンドのように硬い
おじいちゃんの頭の硬さには勝てないけど……
そんな決意をもっていたはずなんだって
そして今、僕が意を決した理由が今……
目の前にいる!
この獣は僕よりずっと強い……
けど、絶対に諦めない!
僕が勝てない相手でも、アルバが来る時間なら稼げるはず!
「いくぞ化物おぉー!」
獣は少年に向かって咆哮を唸り、少年はそれに狼狽えず勇敢に立ち向かった……
そして、少年は自分が横たわっていたのに気がつく。
全く見覚えの無い部屋……とゆうより、少年の記憶のほうがなかったらしい。
「あ、あれ?ぼ、僕って誰だっけ?」
少年は経験の無い出来事に驚愕して上体を起こそうともしなかった。
でも、記憶が無くなっている以上、実質この感情が人生の初の体験と言ってもおかしくはない。
少年が唯一覚えていること全力で探ろうとしたとき、その記憶は簡単にも探しだせた。
が、それは今の少年の脳内混乱に拍車を掛けることとなった。
その生き残っていた記憶とは、皮肉なことに、少年の死の直前を写し出した。
今でも少し感じる……胸の間の少し左。心臓に突き刺さった感触は、少年はどうしようもない驚きと恐怖で包み込んだ。
すると横から誰かが少年に声をかけた。
「目を覚ましたかい?」
声の主が出したことに気づいていない助け船にしがみつき、他者がいる安心感を初めて経験した。
もうすでに少年は一度死んでいる。
それで今、新な生を歩んでいるというならば、これも間違いなく初体験と言えるに違いない。
少年は安心感とともにその人に感謝した。
人生での三回目の体験だ。
改めて声の主をよく見てみると、複雑な紋章が入った黒いマントを羽織っていている青年で、いかにも悪者魔法使いのような印象を受けた。
「お兄さん。悪い人?」
少年はド直球に問いかけた。
記憶が無い以上、この人に、あるいはこの人の組織に記憶を消されたなどと言った思考に至ることもいたしかたない。
それほどまでに格好が怪しかったのだ。
そして青年は顔色一切変えず、少年の質問に答えた。
「ただの魔法使いだよ。」
淡々と話を続けた。
その時の青年の声色は男性か女性か、よくわからない声をしていた。
「僕が薬草を採りに出掛けたとき、たまたま君が倒れているのを見つけたんだ。君のその胸から出てるその空色の炎……君はもしかして不死かな?」
少年は言われて初めて上体を起こし、おもむろに胸のほうを見た。
すると胸には、まるで真っ青な空を見ているような大きな炎が淡く、めらめらと、命の灯火のように燃え盛っている。
その炎は熱を持っているらしく、衣服の胸の部分が焼け焦げていた。
「わぁ!?」
少年が驚くと同時に、炎は勢いを増し、まっすぐに放射する。
「ちょ、ちょっと炎の勢い強くないかな?」
青年が感じた予感は残酷にも的中した。
その炎はどんどん勢いを増す。この部屋をその炎の光で包み込む程大きくなった。
熱を感じないのは青年だけで、もちろんほかの物には熱は伝わるし、よく燃える。
あいにく、この部屋は木で作られていて、さらには古そうなものでありながら、きれいに整理されている本がみるみるうちに燃えていく。
「ちょ!ちょっと!何してるんだい!?速くその炎を消してよ!」
冷静そうな青年でも焦り、少年に火炎放射を止めさせるように煽る。だが、炎の勢いは減るどころか、残酷にも増していき本棚一つ焼失してしまった。
その時の青年の顔は唖然としていて、あわあわと涙目になっていた。
「お、お兄さん!そんなこと言われたって!とと、止め方わかんないよぉー!」
少年は顔と共に胸を青年に向け、青年は不意にその炎に炙られることとなった。
「うべべべべ……」
悲鳴とは言えない青年の声が聞こえたが、この青年の死に声なのだろうか。
青年は青火に包まれた
「お兄さーーーーーん!」
と少年が叫んだが返事は帰ってこない。
炎を頑張って止めようとする。が、全く止めることが出来ない。
(ど、どうしよう……僕人殺しちゃった?ぼ、僕これから一体どうすればいいんだー!)と心の中で叫んでいると後ろから魔法詠唱する青年の声が、少年には奇跡に聞こえた。
「氷の塊!」
と青年が唱えると、少年の体にパキパキと音を立てながら氷はきれいな立方体で生成され、青年の頭意外を包み込んだ。
「あ、お兄さん生きてたんだ」
さっきまでお兄さんと叫んでたのに少年は急に呑気になったことに、青年はぐーの音……いや、グーの拳もびくともしなかった。
青年の頬には、一粒の涙がこぼれ落ちていた。
すると青年は、お母さんにかって欲しいものを駄々をこねて地べたにふんぞり返る子供のように号泣していあ。
今にも「おもちゃかってよ!」や「このゲーム欲しい!」と言った子どもの悲痛な叫びが聞こえてきそうではあるが、本人はとうに成人しており、少年には見るに耐えかねなかった。
「おじいちゃんの……ぐす……本……ズー(鼻をすする音)……やけちゃっあよぉーー!うぅ……うわぁー!」
少年の心には罪悪感はもちろんあったが、それ以上にこのどぎつい混沌を終息させたかったのが一番だった。
「ご、ごめんなさい……お兄さん……僕が炎を操れなかったばかりに……本当にごめんなさい!」
少年は誠意を込めて謝った。
すると、少年が本を焼いたことを許してくれたように、青年は泣くことをやめた。
だが、実際は違ったようだ。
「……うだ」
「ごめんねお兄さん……許してくれるかな?」
「そうだ。全部お前が悪い」
「へ?」
青年はゆっくりと立ち上がり少年のほうへ。
青年は恐怖、トラウマ、殺意を植え付けるような声で少年を抑圧した。
「お、お兄さん?」
「お前が炎をコントロール出来ないから、大事な本が焼けてしまった。」
青年が少年に近づくと、フードで見えなかった目が見えるようになった。
その目には光なんてものは無かった。
その目を見て少年が感じたことは言わなくともわかるだろう。
その時、少年は確実に死ぬと予感しただろう。
青年の足取りは遅く、けれど確実に向かってきている。
それは青年としてではなく、死神として
少年の魂を刈り取る存在として
少年は近づいてくる死に恐怖するしかなかった。
(も、もしかしてこのまま僕を生かしてくれたりとかしてくれないかな?)現実逃避は虚しく、死は少年の前に立ちこう言った。
― 死ね ―
そう言うとあることに気づかなかったテラスに投げ出され、氷漬けにされたまま外に直行となった。
「うわぁぁー!」落下して、恐怖を吹っ飛ばすほどの初めてを体験して、少年はまたもや驚いた。
太陽……
青い空……
雲の上……
それを見た瞬間、風切りの音がしなくなった。
少年は現実の自然に触れて感動していた。
それは、人の思考を瞬間的に止めさせ、ただただ感動を与える景色だ。
誰だって感動する景色だ。
どれだけ簡単な本や映画、アニメなどで感動することが出来ても、ここまでシンプルに完成する物語は決してないだろう。
太陽はただ燃え盛る。空はただ青く。雲はただ白く。
ただ偶然に存在するだけの現象が、ぼくらにとって
ただただ美しい存在の物語。
少年が見てるのは日の出。
少年はそんな序章に自然と涙が出てきた。
不意に流れてくる涙は、あまりの軽さに本体においてけぼりにされ、空へと散っていった。
「……」
「キレイでしょ?」
「うん……本当にキレイ……」
隣から誰かが声をかけたのがわかったが、少年は一瞬さえ理解できず、ハッと声のするほうを見た。
なんと、隣に青年がいたのだ。
少年と一緒に落下していた。
「お兄さん大丈夫なの?」
「……」
返答は帰ってこなかった。
その目はただこの景色を見ていた。
景色を見ても表情一つ変えず、ただ見透かしたように見ていた。
「お兄さんって賢者みたいな人だね?名前は何て言うの?」
少年は無邪気そうな顔でそう言った。
すると青年のフードがずれ、その顔があらわにされたとき、少年は息を飲んだ。
その人は瞬きしてから名前を言った
「アルバ……賢者じゃない」その人は魔法で少年の氷を砕いた。
その人の髪は長髪で、毛先から白く、徐々に黒く彩られていった。
瞳は黒くて、顔立ちは男性じゃなくて女性の美しさで溢れていた。
少年はその女性にみとれていた。
ずっと見ていたいと願ったが、途中で恥ずかしくなり、景色へと目を向けた。
景色も美しかった。
だが太陽も直視出来ない美しさだ。
そしてただ落ちて……
雲の下にまできた頃……
少年はお姉さんが美しいとか、景色が美しいとかの問題よりも、雲の上から落下して生存できるかどうかの問題に直面した。
(雲の上から落下してるんだから助かるわけないじゃなん!なら、なんでお姉さんも一緒に落ちてることになるんだ?………そうか!)
先に口を開いたのはお姉さんからだった。
「さっき言った通り、君には一回死んでもらうから」
「……え?」
少年は何を言ってるんだという顔でお姉さんのほうを向いた。
「君には一回ぺしゃんこになってもらう」
少年には何を言っているのか理解出来なかった。
お姉さんに言おうとしていたこともすべて白紙に転じる
お姉さんは少年に邪悪な笑みを浮かべた
「君、不死なんだよね?だったら本を燃やされた腹いせに一回ぐらい死んでくれてもいいよね?」
少年はお姉さんに賢者みたいだねと言ったことを間違いだと認識した
賢者なんかじゃない。この人は魔女だと確信した。
「ぼ、ぼくどうなるの?」少年は恐る恐る聞いたが、聞かないほうが良かった。
「頭からこの大樹の根っこの部分に衝突。その時点で頭が……」少年はお姉さんの声を遮り
「わ、わかったから!それ以上言わないで!」
「まぁ、とりあえずがんばってね?」
お姉さんはそういうとなにかの魔法で空中を優雅に浮遊し始めた。
対して少年の落下速度は落ちるどころか、増していくばかり。
…………
少年は最後、何も考えず目を瞑り、衝突する時を待った。
風切り音が少年の恐怖に染み付き、まだかまだかと待つばかりであったが、急に音は消えた。
少年は思わず目を開けたが、大樹や空、森などの景色から一変、
辺りは漆黒の景色が広がっていた。
そして徐々に色づいた景色が見えてくる。
そこには生前、少年が死ぬ直前が写し出された。
心臓に痛みを感じる。
鋭利なもので刺されたような痛みを感じるが、意識は徐々に朦朧としていき、その痛みにも鈍感になってきた。
すると少年の前に、黒い衣装をした人が現れた
さっきのお姉さんだろうか
どこか悲しげに僕のほうを見つめてなにか言っている
最早意識はなくなりかけている
そんな中で、少年が聞き取れたのはこの何かの名前だけだった
「…………アルバ·レイズ…」
そして景色は断片的に写し出された。
これが走馬灯というものなのか
まるで映画のフィルムが途切れとんでいくかのように場は変わる。
仲のよい人間関係、黒い衣装のお姉さん、森、師匠、盗賊と山賊、不死の村、大きな木、王国の門、強そうな王様、王国の城壁上、若き槍兵、訓練中、不死鳥の軍勢、兵達の歓喜、会議、少数戦闘での決着、旅の続き、生まれた深淵、槍兵の死、復讐の覚悟、師匠の死、王国の死、王の死、仲間の犠牲、深淵の討伐、生き延びた一つの生、復讐の再開、山積した屍、復讐の終止符……
草のカーペットに横たわり、人生の初死(?)を体験した少年は目を覚まし、すぐに飛び起きた。
そこは大樹の麓であり、頂上には程遠く、顔を上げて上を見ようとすると倒れてしまいそうな程だった。
大樹のほうに一目線入れてみると、あらわになった大きな根っこに不自然に赤い染色液が、不規則に途切れた線のように塗られていた。
少年は自身がどうなったか理解できていないので、当然その赤い染色液については何一つ予測がつかなかったし、それが何であろうが整理しなければいけないことがあった。
整理させたいのは、雲上から落ちてどうなったかどうかだ
「死んで……るのかな……」
辺りはひとえに森で、天国のような白さもなければ、地獄のような赤もなく、気持ちのいい風が吹いている。
「とりあえず生きているのか」
重い腰を上げて立った。
「くぅ……!」
とてつもない目眩がした
草の上に倒れる
「……」
「は……!」
いきなり目覚めた脳は、今だに現状を掴めてはいない。
少年は倒れていながら、自分がさっきまで寝ていたところを振り返る。
そこには、緑色のはずの草が、血液を思わせる色をしていた。
否、
それは本当の血だ。
不死……
少年の頭には、その言葉が最初によぎった。
あの魔女いっていたことが本当だとするのならば、実際に空から大樹の根に落ちて、ここまでずり落ちたことを、その血が証明している。
「ふっ、意外と驚かないんだね」
森の方から声がした。
お姉さんの声だ。
木の後ろからひょこっと顔を出した。
だが、さっきのお姉さんの姿とは打って変わって、とても小柄な女子になっている。
「ん?私の顔に何かついてるか?」
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