A にゃんと変わってしまった世界。
今思うと、我輩にとっての始まりはモモにゃんの声だった。
『Ah~ 亀裂が走る~♪』
我輩は猫のファンである。
今日も今日とて協会で礼拝していた我輩、ゴルサンは、我が神々の宴を参列していた。
『だけど☆』
「だげど!!」
『ゼッタイ☆』
「ぜっだい゛!!」
『キミを見つけだ~~~す~から♪』
「僕の心も見つけてにゃんにゃん゛!!!!」
我輩は讃美歌を全力で歌っていた。
「隆之ぃぃぃぃ!! あんた何回近所迷惑だって言ったら解んのぉぉぉぉ!!」
「るっせぇババァ!!」
空気読めよ!!
今は神聖なる儀式の途中なんだぞ!?
そう。
我輩の愛する『めちゃめちゃ☆ねこねこシスターズ』略して『ねこシス』は、若い女性七人のアイドルグループだ。
それまで2次元にしか興味の無かった我輩のの心を、ねこシスのリーダー・モモにゃんに優しくほぐされたのだ。
それからは我輩はモモにゃんの忠実なる僕である。
「もう一回見るでござる。」
そう言って我輩はパソコンのマウスを操作する。
今観賞しているライブ映像は、ねこシス全員で歌っている最新曲である。
しかもプロモーションビデオが実写なのだ。
普段はイラストのPVが多い中、これは我輩への贈り物...いわゆるファンサである。
さらにその曲は、モモにゃんを始めとする四人が声優を担当している、かの有名なアニメ、『魔法陣の亀裂』のオープニング曲であり我輩の一番の推し曲だ。
「む?」
しかし、その時のパソコンはいつもと違っていた。
「動かぬ...」
パソコンの画面が動かず、カーソルだけが画面の上を滑るように動いている。
「なんだと...」
何度かクリックを試みると画面が切り替わり、モモにゃんの画像の上に『ネットワークに接続できません。』という文面が表示されたのである。
この画面には覚えがある。
これは、ババァがネット回線を切ったのてあろう。
「おいクソババァ!!!! ネット止めてんじゃねぇぞぉぉぉ!!!!」
自室のドアを叩くも、廊下からの返事はない。
...買い物にでも行ったのであろうか?
我輩は意を決し、三年ぶりに(トイレや風呂、ライブやグッズ販売を除く)自室を出た。
「なん、だと...?」
しかし、家のどこにもババァの姿がない。
それなのに靴は玄関に脱いだままなのだ。
さらには家中のネット回線も止まっていた。
我輩は怖くなり、これは夢だという事にして、自室の布団に潜り込んだ。
きっと明日もモモにゃんの声が起こしてくれる。
しかしその日はやけにモモにゃんの歌声が頭の中で繰り返されていた。
しかし、次の日も、そのまた次の日も、モモにゃんの声はするものの、ネット回線は復活しないままであった。
我輩は再び意を決して自宅を飛び出した。
ネット回線だけでなく、水道もガスも電気も止まり、トイレの水が流れず、冷蔵庫の物は腐り、ゴミ箱や我輩の部屋、家中の至る所から異臭がするようになったのだ。
我輩は耐えられず、逃げるように玄関の扉を開けたのだ。
すると、あんなに車の通りが多かった家の前の道は、いつの間にか人も車も一切通らない過疎化の進んだ町のようになっていた。
我輩は急いで近くのコンビニのトイレに駆け込んだ。
しかし水は流れない。
仕方ないため汚物をそのままに、今度は商品棚を見て回った。
今流行りのタピオカとやらを飲み、冷めてクレームものの不味いチキンを食い、やたら酸っぱいこれまたクレームもののコンビニスイーツや、サンドイッチ、おにぎりを頬張り...
店員が居ないということは、ただで食べて良いということだ。
常識である。
そうこうしているうちに、自転車の走る音が聞こえた。
久しぶりの人の気配に、商品棚の陰に隠れて様子を窺っていると、コンビニの前を通りすぎたのは、黒髪ショートボブの女性──右の横髪に、一筋赤く染められた毛が印象的な女性。
深く帽子をかぶっていたが、この我輩が見間違うはずがない。
めちゃめちゃ☆ねこねこシスターズファンクラブ会員22878号洗礼名ゴルサン!!
我輩のこの目にかけて全世界に誓う!!!!
彼女は!!!!
めちゃめちゃ☆ねこねこシスターズ《めちゃねこ!》所属赤担当あかりん通称あかにゃんである!!!!
と!!!!!!!!
我輩は通りすぎた自転車を目指して走り出したのであった。
完。