朱の変貌
機関室から甲板に上がってきたドルンの前に、胸元を顕にし小さな浴衣を身にまとった美しい女が立ちはだかった。双眸は真紅に輝き、大きな牙をガチガチと噛み鳴らしながら女はドルンの胸元を掴むと無造作に引き寄せる。九十キロを超えるドルンの巨体は事も無げに宙に浮き、強靭な布地を使った軍服のあちこちから繊維が千切れる音が立つ。120センチの幼女から、170センチを超えるファッションモデルのような姿に変異した朱は、大量の血を必要としているのかドルンの頸動脈に両牙を突き立てる。引き上げられることで頸動脈が締まり意識が遠のきかけていたドルンは、突然の衝撃にカッと目を見開くと夥しい精液を下着の中に放出した。あぁと嗚咽にも似た短い叫びをあげながら、ドルンは赤く充血した眼で辺りを見渡す。自分の首に取り付いているのは、さっき目の前にいた美しい女だ。俺は血を吸われているのか?
「た、助けてくれ。」
ドルンはやっとの思いで言葉を発した。大量に血を失ったことによるものか、悪寒がして震えが止まらない。しかし、朱の唾液が体に入ったせいか、死ぬことを許さない。ドルンの命を意に介さない勢いで血を啜った朱の双眸からは紅い輝きが失せていた。朱はドルンの首から口を離すと、同じ目線でドルンと向かい合う。朱の万力のような力はドルンの首元をまだ開放してはいない。朱は超感覚により、この船に残った人間はドルンだけであることを認識していたので、
「お前の仲間は私の仲間を撃ち殺した。だから我はお前の仲間の命を奪った。お前も仲間のように乱暴を働くか?」
「い、いや、俺はそんな気はない。ザッカーもそんな乱暴を働く男ではないはずだ。やつは悪知恵が働く、ただの小悪党だ。もしそういう事が起きたのだとしたら、それは事故だったはずだ。」
重機の銃口から火が吹き出た直後、高速艇の船首が一度跳ねた。朱の絶対記憶はその映像を鮮明に脳内で再生した。確かにこの小太りの男の言うとおりだ。朱は首元の力を緩めると、ドルンを開放した。呼吸の自由を取り戻したドルンは、切迫している自らの状況を察し、包み隠さず状況を話しだした。
「俺達は悪さをしていて、米軍の軍警察に追われた。どこかの小島に隠れてほとぼりが冷めるのを待つつもりだった。どうか俺をこの島でしばらく暮らさせてほしい。」
「私にはこの島へのお前の上陸を許可する権限はない。そして、島民は平穏を一番望んでいる。島民には会わせるが、軍とのトラブルは避けたい。浜の外れに船を寄せて茂みで隠せ。」
ドルンは朱の言葉に従い、蔦が垂れ下がる崖下にずる賢いキツネ号を停泊させると、装備品のギリーネットで擬装した。
ノラを抱えて村に走る健太。健太に抱えられたノラは、不足した血のせいか、体が痙攣を始める。健太はノラの痙攣に、焦りを覚えた。ノラの体に入り込んだDNAの力を、健太は身を持って知っている。それでも焦りを覚えた自分に、ノラへ抱く気持ちの強さを思い知った健太だった。村に到着して広場に立った健太は大声で叫ぶ。
「ノラが!ノラが大変なんだ!若い大人たちは、広場に集まってくれぇっ!」
まず元気な子どもたちが、真っ先に外に飛び出してきた。その後、なんだなんだと家々から顔を出す大人たち。健太の悲痛な表情に、ただ事ではないと、何人かの大人が駆け寄ってきた。集まってきた大人たちを見渡してから、健太は叫んだ。
「ノラは、ノラは米軍の船に撃たれた!胴体が千切れるほどの大怪我を負ったが、ノラは俺と朱の血を混ぜることで死なずにすんだ!しかし、我々の血が混じったノラは血が足りない。元気な大人はノラに血を分けてほしい!」
些細な怪我でも命を落とすことがある離島の島民たちは切迫した叫び声に敏感なのか、あっという間に広場に集まってきた。今ではすっかり定着した相撲番付の順番通りに一列に並ぶ屈強な男たち。健太は島民たちの行動に落ち着きを取り戻し、ノラに目線を落とす。
「ノラ!ノラ!わかるか!お前は今血がほしいよな?今から血をやるからな。血を分けてくれる仲間はたくさんいるからな!だから俺が合図したら、口を離せよ!わかったか?」
震えていたノラは、真紅に輝く双眸を開くとガチガチと異様に伸びた牙を噛み鳴らす。娘の一大事だという声を聞き、飛び出してきた村長が娘の変わり果てた姿を見て、ヘナヘナと地に膝をついた。悲哀にくれる父親の姿に胸が痛む健太であったが、事態は一刻を争う。人とは思えないノラに対して、おっかなびっくりと首を差し出す横綱。ノラに血を吸われビクビクと昇天する横綱。その様子を見て、顔を見合わせる相撲自慢達。それでも大事な妹のように思っているノラのためと、皆が首を差し出してくる。島民たちの絆は家族同士並に強いのであった。胴体が分断されたノラの消耗は大きかったのか、八人の屈強な男たちの血を要した。牙が縮み目も正常に戻ったノラは、スヤスヤと眠り始めた。その姿を見て父親はやっと涙を流し始める。
「島の人々よ!ノラは米軍の攻撃により、助からない怪我を負った!私はノラを失いたくなかったので、勝手に我々の血を与えてしまった!それは申し訳なく思う。でも私にはノラが大事だったのだ!わかってほしい!」
突然の叫び声に顔を上げた父親が見上げると、八頭身の美女が立っていた。突然起こった悲劇による激しい怒りで姿が変異してしまった朱であった。




