恋する少女
軽くため息を吐いた健太は、ノラに向かって話しかけた。
「ノラ、生徒は机に着いてください。」
ノラは健太に顔を向けると、ニマァっと滲むように笑顔を浮かべてスクっと立ち上がった。そして自信満々と言った風情で、教室全体に響き渡る大声で宣言を始めた。
「そう!いや!違う!そう!私は生徒だから、机に座るルール!でも、私は健太がとても頼りにしてる!いって見れば私はアシスタント!二人で一人も同然ね!それは夫婦と一緒!だから、ノラは健太と結婚することにした!ノラの家族もみんな賛成してる!お父さんも、ホセおじさんも、リビエラのおばさんも、みんな賛成してる。というか喜んでくれている!というか、ここまで周りが賛成してるのに、健太は私にプロポーズしない!おかしい!ノラは考えた。そして判った!たまにいる。健太はそう!恥ずかしがり屋の男!だから私からプロポーズしてあげることにした。全部準備も私がした!どう?健太本当のこと言って!嬉しい?」
「うえ?へあ?」
飛躍したノラの宣言に面食らい言葉を失う健太。中級上級クラスから上がる歓声。ノラは鼻高々に腕を組み、自信満々という態度。困惑した健太は、救いを求めるように朱を見ると、朱は腹を抱えて笑い転げていた。健太は、数秒考え込み、転げ回る朱の足元まで移動する。
「朱。そうは言ってもさー。」
健太は困惑した声を朱に掛けた。朱はピタリと笑いを止めると、立ち上がり健太の肩に手をかけて言う。
「良いではないか。お似合いだと思うぞ。」
朱の言葉に追いかけるように、フランクが言った。
「すみません。悲しいことを言います。朱さんも健太さんも、他人に理解されることはなかなかありません。愛情まで感じてもらえることは、今の健太さんにとって大きな経験になりますよ。ノラさんも、まだ幼いので一時的なものかもしれないですしね。」
「フランク。そう言ってもね。俺はずっとこのまま成長しないんだよ?数年のうちは良いだろうけど、十年も経ったら親子の差だよ。五十年経ったら?百年経ったら?それに子供は作れないよね?子供も俺と同じになっちゃったら?」
静かな怒りを抑えるように絞り出した健太の声は、少し震えている。朱は健太の様子を観察して、少し考えた後、話し始めた。
「確かにこの島の人間達は、わしと健太のことを正確に理解しているとは言えん。ノラに至っては、恋心故、全く見えてないとも言えるな。しかしな、ノラがあの年で懸命に考えて、色々根回しをして、行動した真心は汲んでやれ。明後日が日曜日で島の大人も休息だろう?日曜日に主要な人間を集めて話し合おうではないか。明日は遠足なんだし、話し合いの決着がつくまで、ノラに付きおうてやれ。」
「・・・・わかった。」
俯きながら健太は答えた。そして答える健太の頬が薄っすらと紅潮している事を朱は感じ取っていた。実は健太も、授業中じっと見つめるノラの瞳に、樹上からこちらを覗ってくる熱い視線に、近くのノラの気配が漏らす熱い吐息を、気づいていなかったわけではなかったのだ。性的に成熟していないで朱から血を受けた健太であったが、その頃の健太の教室は、性的にもやもやとしたものを抱えた生徒ばかりであったのだ。女子を意識しだした自分を認めたくなくて、敢えて女子に意地悪をする男子や、変に意識してしまいそれまでの距離感で女子と接せられなくなる男子など、反応は様々であったが、健太もそういう級友たちの変化を感じ、また自分の変化にも戸惑っていたのだった。だから日本の教室ではありえない、ダダ漏れのノラのアプローチが、くすぐったく、そして嬉しく感じていたのだった。
翌日はかねてより予定していた遠足の日だった。朱は暗いうちからカマドに火を入れ、飯を炊き大量におにぎりを作った。子供達も楽しみにしていたのか、鶏が鳴く前に集会所に来てる子供もいた。結局、予定より一時間も早く一行は出発した。普段は学校に寄り付かない馬頭が菊千代といそいそと火起こしの準備を始めた。子供達を磯遊びさせながら、魚介類を獲り朝食にするのだ。学校ができるまでは毎日のように遊びに来ていた浜辺だが、子供達は大興奮ではしゃぎまわっていた。刻々と日が昇り、強くなっていく日差しを眩しそうに見上げる菊千代は嬉しそうだった。
「なんか良いですよねぇ。自分はこの生活気に入ってます。馬頭さんはどうですか?クラウディアさんと仲良くやってんですか?」
「な。仲いいに決まってるよ!あんな気持ちのいい女、大事にしないとバチが当たるよ。ほんとに俺も朱さんと出会えてよかったよ。韓国は俺の国だから嫌いじゃないけど、こんなに幸せな生活があることを初めて知ったよ。これで子供でも生まれたらどうなっちゃうのか。もう全然想像つかねぇよ。菊千代も女見つけたほうが良いよ。クラウディアに聞いてやろうか?」
「えぇ!どうですかねぇ。私も年取らないんで、ちょっと考えちゃいますねぇ。」
「そんなの別にどうだって良いじゃねぇか。女ときっちり人生過ごして、女が死んだら、また次の女を探せばいいよ。菊千代も大して幸せな人生歩んでないんだから、精一杯楽しく暮せば良いんだよ。それが生んでくれた母ちゃんと、育ててくれた父ちゃんへの恩返しじゃねえの?」
「そうですね。まぁ自分は時間だけはあるんで、ゆっくり考えてみますよ。」
菊千代は少し寂しげに、熾火を見ながら、そう答えた。
今年はお世話になりました。読んでいただけてありがとうございました。今年中に完結できればと思っていましたが、叶いませんでした(^_^; あと一、二話で完結の運びとなる予定です。




