帰還
大分日が空いてしまいました。そろそろ完結と考えています。話の最後をどういったものにしようか。途中で大きく舵を切ったことで、色々と瞑想したこの物語。大分悩んだのが更新が遅れた一割ほどの理由です。一番の理由はあまり読んでもらえてないことです(^_^; 寂しくてモチベが上がりませんでした(^_^;
十二日間の順調な航海を経て鬼神丸は早朝、イトバヤットの浜へ帰ってきた。浜が見えるまで近づくと、村の子供たちが全員で鬼神丸を出迎えていた。海にはうねりがあるので、陸地からは離れている船は見えない。浜と村の距離は子供の足で往復一時間ほど掛かる。子供たち全員が、飲まず食わずで待っていたとは考えられない。いつ帰るやもしれない鬼神丸を迎えるには、毎日毎日交代で子供たちが見張っていたとしか考えられない。そして鬼神丸の異様に長い延長した竹の穂先を見つけた見張りが、急いで村の子供たちを呼びに行ったのだ。浜に集まりぴょんぴょん飛び跳ねる子供たちは全員が笑っている。朱と健太には、子供たちの叫び声が聞こえる。学校作りの提案は、少なくとも子供たち全員が喜んでいてくれたことを朱たちは確信し、じんわりと心が温かいもので満たされるのを感じた。健太は浮き立つ心を抑えきれない。あっという間に褌一つになると、鬼神丸から跳んだ。鬼神丸と並走しながら、時折イルカのように海上を跳ぶ。健太が跳んで海上を舞う度に浜の子供たちの歓声が、一際大きくなる。心の底から喜ぶ子供たちの歓声に誘われてしまったのか、朱にしては珍しく顔に笑顔が浮かんだままだ。朱も着物を脱ぎ捨てると、海に飛び込んだ。鬼神丸の船首が波打ち際を擦るほどになったとき、鬼神丸は五十センチほど浮き上がる。しばらく姿を見せなかった朱と健太が鬼神丸を担ぎ上げたのだ。何トンもある巨大な鬼神丸を担ぐ朱と健太に、子供たちの歓声は最高音量まであがる。叫びすぎて声が掠れている子供たちも居る。興奮して噎せている子供までいる。その光景を見て、マニラに行った全員が、この選択を選んで良かったと感じた。鬼神丸を定位置に下ろすと、朱たちはロープを使って次々と購入したものを降ろし始めた。村人たちの視界に、トラクターと荷車が見えたとき、村の男の子たちは興奮の絶頂に達してしまい、浜を転げ回って身悶えた。浜には村の子供達全員と、仕事のない年寄りや、暇な村人が全員集まっていた。カルディンは自慢気に子供たちに手順を説明しながら、トラクターに燃料を入れ、トラクターと荷車を繋ぎ、荷車に荷物を積み込み、スターター紐を引いてトラクターのエンジンを始動させる。村では道具の使い方、漁の仕方、木の登り方など、生活に必要なあらゆる知識を目上の子供から受け継がれていく。カルディンがトラクターの操作方法を子どもたちに教えたのも自然な行いであった。カルディンは子供たちをABCの三グループに分けると、荷車に荷物を積み込み、隙間にAグループの子供たちを乗せる。トラクターはのんびりした速度で浜から村に向かう坂道を荷車を引いて進んでいく。荷車に乗った子供たちは大喜びだ。BとCグループの子供たちは浜で待っていればいいのに、坂をゆっくりと登っていくトラクターの速度を持て余すように、ぴょんぴょん跳びはねて速度を合わせながらトラクターの後ろをついて行く。朱たちはその光景を見て、じわぁっと喜びを反芻するかのように、改めて噛みしめる。菊千代が、余った金で、トラクター買ってよかったですね!と言うと、馬頭も健太も朱もうんうんと何度もうなずく。やがて、荷物を降ろしたトラクターが浜へ戻ってくる。空の荷車は子供たちを全員乗せてのんびりと坂道を下ってくる。荷車に乗る子供たち全員が、朱たちに向かって全力で手を振っている。トラクターが砂浜に入ったところで、ノラがトラクターを操作するカルディンに耳打ちをする。カルディンがトラクターを止めると、荷車に乗っていたノラが砂浜に飛び降りる。他の子供達もそれに倣い飛び降りる。ノラは全力で朱に向かって走り出す。他の子供達もノラに離されまいと懸命に走り出す。船上から健太が投げ下ろした、燃料満載のドラム缶を朱は軽々と受け止めると砂浜に降ろした。そして振り向くと、満面の笑みを湛えて自分に駆けてくるノラ達に向き合って笑顔を浮かべた。後五メートルという距離からノラはマソイぉーっ!と叫びながら、朱に飛びかかった。朱の首を軸に両手を掛けてぐるぐると回るノラ。後から追いついた子供達に朱は囲まれる。朱の小さな体は群がる子供たちに覆い隠されて、たちまちに見えなくなる。
「判った判った。わしもお前たちが喜んでくれるのは嬉しい。しかし、どいてくれないか。息苦しくてかなわん。」
照れくささからか、群がる子供たちを引き剥がしてはポイポイと投げる朱。子供たちは三メートルほど宙を舞い砂地に尻餅をつく。子供同士がぶつかることもなく、皆同じ体制で尻もちをつくことから、朱が慎重に子供を放り投げていることがわかる。子供たちは大喜びで、また投げろと叫びながら朱に群がる。大人気の朱に焼き餅を焼いたのか、後ろを歩く健太は少し面白くなさそうな顔で、
「息苦しくなんて無いくせにさ。」
と、子供たちに大人気の朱を見てつぶやく。
「まぁ、あれだ。これだけ人に喜ばれることもなかなかない。なんだか嬉しいよの?」
「そ、そりゃまぁ、うれしいよ。子供の笑顔は良いものだよ。」
気持ちを見透かされるように声を掛けられた健太は、幾分頬を赤らめながら朱に答える。トラクターは三往復で荷物を村に運び込んだ。セメントは濡れたらまずいので運んだが、ブロックなど大量の建材は、盗まれるおそれもないだろう、浜に置いてある。少しずつ運べばいい。朱たちの帰りを聞いた村人たちは早々に仕事を切り上げて、村の広場に集まってきた。一歩前に出た村長は、朱達に向かって丁寧に一礼をした。長い時間下げ続けた頭を上げると村長は話し始めた。
「運び込まれた大量の本や文具を見て、朱さん達が本当に真剣に学校作りに取り組んでくれていることを、改めて実感しました。しかも、村で自由に使えるトラクターまで。漁に畑に。村の皆が喜んでくれております。朱さん、健太さん、菊千代さん、フランクさん、そして我が村自慢のクラウディアを娶った馬頭さん。本当にありがとうございます。来年は強い子供を村で授かれそうだと、年寄連中も楽しみにしています。」
と、村長は一同に深い感謝の意を述べた。まだまだイトバヤットの村は、原始共産的な価値観で営われている。村に学校ができることも、強い男が健康的な女と家族を作ることも、村では同レベルの喜ばしいこととして扱われるのだ。
「村で金を集めて建材ぐらいは調達しようと思っておりましたが、それまでも自前で調達してきていただくとは、恐縮の限りです。明日から村の男達総出で日の当たる場所に学校と宿舎を兼ねた家を建てましょう。」
いよいよ学校作りが始まる。明日から村の集会所を仮校舎にして授業も始めるのだ。何から何まで手探りのスタートに、朱たち一行は、自然に浮いてくる笑顔を抑えることができなかった。




