マニラ出港
鬼神丸に荷物を積み込んだ後、馬頭は店じまいをしている食堂の店主に頼み込み、食料や氷とサンミゲルを大量に売ってもらった。舟の東屋の真ん中に氷水を張った桶を置いてビールを冷やす。皆は桶を囲んで車座になった。基本的に働くのが苦手なフィリピン人は全力で仕事から離れたのか、あの喧騒が嘘のように港は静まり返った。雑貨や菓子類を売るような小さなストアにだけ明かりが灯り、チャプチャプと水面を照らしている。母親が優しく揺らす揺り籠のように、鬼神丸はかすかに揺れている。各自買い物は上手く行ったようで、皆満足そうな表情だ。朱の呼びかけで、皆は購入物について報告しあい、足りないものがないか話しはじめた。余った金を集めるとまだ三千ドルほど残っていた。話し合いにより、少しの工具を買い足すことで買い物は完了することが判った。朱は顔を上げて、カルディンに話しかけた。
「この残った三千ドル。村でなにか買うとすれば何が良いかの?」
「いやぁ、朱さん、無理に使ってしまわなくてもいいのでは?学校が始まってから、必要になるものに気づくかもしれませんし。」
「そうかもしれぬがの。まぁ真珠を取ればすぐに金は作れるしの。せっかくマニラまで来たんだ。なにかないか?これがあったら村の皆が助かると思ったものは?」
「うーん。そうですね。貨物用の荷台とトラクターがあったら良いなと思ったことはありますね。漁で大漁だったり、畑の収穫が多かったりした時に運ぶの楽ですからね。」
「おぉ。そうか。三千ドルで足りるかの?」
「えぇ、足りると思います。」
「では、今日は舟で一泊して、荷台とトラクターと、燃料、消耗部品を買ったら島に帰ろう。」
朱の呼びかけで一同の緊張は一気に解ける。菊千代は最近酒の楽しさを覚えたようだ。馬頭が買い込んだサンミゲルを飲んで、打ち解けた表情でカルディンと馬鹿話にこうじている。馬頭は、街で買ってきたタガログ語と英語の辞典をロウソクの明かりで読みながら、クラウディアとの会話に挑戦している。小さな波が鬼神丸にぶつかり、小人がはしゃいだような音を立てる。若狭を発って数ヶ月。一同が久しぶりに過ごした優しい時間だった。
翌朝、一行は朝食をとるため、昨日の食堂を訪れた。昨日の女将が現れアドボを食べたことがあるか尋ねられた。カルディンとクラウディア以外は首を横に振ると、
「じゃぁ、食べたほうが良い。それと、フィリピン人は皆アドボが好き。だから食べたほうが良いね!アドボとご飯を七つずつね!ビールは要るか?ふん。要らない。判ったよ!」
あっという間にオーダーを勝手に決めた女将は他のテーブルを急襲しに向かった。アドボが運ばれてきて皆の前に並べられた。豚肉のぶつ切りとじゃがいもが醤油で煮てあるようだ。醤油と酢に砂糖で、豚肉や鶏肉を煮たアドボはフィリピンの国民食だ。酢のまろやかな酸味で暑い日でも食が進む。馬頭とフランクも気に入ったようで、朱と健太の分もあっという間に平らげた。そんな二人を笑顔で見ていた朱は、思い出したように女将に声をかける。
「あぁ、女将。荷物を運ぶ荷台と、それを引くトラクターや単車の売り物に心当たりはないかのう?」
朱の声に風が起きるほどの勢いで巨体をぐるりと回転させると、バラック作りの食堂がミシミシいうほどの勢いで朱に詰め寄る女将。女将の勢いに不死身の朱も、怯えるようにのけぞった。
「あんたぁっ!いま荷車とトラクターがほしいと言ったね?言いなすったね!嘘とは言わせないよ!言ったね?」
「あ、あ、あ、あぁ、言った。」
途端に女将は、とろけるような笑みを浮かべて、
「なんだいなんだい、そうならそうと早く言っておくれよう。うふふ。あるよあるよ。良いのがあるよ。いやね。うちのバカ亭主がね。あたしが、駄目だ駄目だ言ってるのに、ちょっと目を話すと闘鶏に行っちまう。そんで、たまぁに勝ちゃぁ金をきっちり持ってくりゃぁ良いのに、頭にバカが付くお人好しだ。金が無いからってんで、トラクターと荷車を勝ちの代わりに取ってきた。島にいる間なら、サトウキビ運ぶのに便利だったが、もう島を見限ってここに食堂構えてるうちじゃ糞の役にもたちゃぁしない。ちょうど買い手を探していたところなんだよぅ。」
「おおそうか。それはちょうどよかったの。で、いくらかの?」
「ものが良いからね。すこーし値は張るよ。千二百ドル!」
「おぉそうか。」
「とー、言うのはトラクターの値段でー。荷車は五百ドルだけどー、まぁ、一緒に買ってくれるならー、まとめて千五百で売ろうじゃないか!ね!いい買い物だよぉ!嬢ちゃんツイてるわ!」
鼓動や発汗の臭いで、女将が少々吹っかけているのが判る朱であったが、なんだか朱はこの女将を憎めないと思った。早速物を見せてもらい、エンジンもすぐに始動することを確認したところで、素直に千五百ドルを支払った。こうしてトントン拍子に追加購入の荷車一式を手に入れた朱たち。女将の紹介で、エンジンオイルやガソリンもドラム缶で購入した。ついうっかり健太がガソリン入りのドラム缶を船上の朱に投げ渡した時は、それを見ていた漁師の爺さんが尻もちをついて驚いていた。無事に積み込みも終わり、朱は子供たちに大量にお菓子を購入して意気揚々とマニラ湾を後にした。
すみません、何やら理由はさっぱりなのですが、穴の空いた風船が萎むように
モチベーションが失われボーッとすごしていました。
いつもなら3日も空くと罪悪感が少しだけ滲んできたんですが、それもなく
気がつくと10日あまりが過ぎていました。
読者様が足りぬ。と、カクヨムと言うサイトにもアップし始めましたが、
そちらは継続読者が一人だけという有様で、モチベ流出に拍車をかける
始末でした(^_^;




