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朱血姫  作者: ガチ無知
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ゴールドリップ

古着屋を出た一行。相変わらずマニラの街は、道の両側に出された屋台の呼び声、闘鶏に熱狂する男たちの叫び声、ヒステリックに鳴らされるクラクション、ありとあらゆる喧騒が、南国特有の湿気と熱気と混ざり合い、混沌としたいかがわしさを醸していた。その街角に立った馬頭とクラウディア。光沢を帯びた純白のスーツは左右に引っ張られてボタンの辺りに皺が走っている。上腕部分もぱんぱんに張っていて窮屈そうだ。クラウディアの浅黒い肌は強い日差しを跳ね返し、健康そのものの艷やかさを保っている。ボディラインを強調する大胆なカットのドレスはクラウディアの色気を辺りに撒き散らしていた。二人は南国に負けないいかがわしさを発散している。二人を狙うこそ泥はいないだろう。準備万端整った。といった表情で、馬頭はカルディンに通訳を頼む。


「カルディン、クラウディアに言ってくれ。俺の腕にまとわりついて笑っていればOKだと。宝石商に話しかけられても、口を聞くなと言ってくれ。」


カルディンは島の言葉で、クラウディアに伝える。クラウディアはカルディンの言葉も上の空に、ドレスアップして貫禄が増した馬頭をウットリと見上げて、スーツを隆々と盛り上げている上腕にぶら下がっている。馬頭が指示を出さずとも、問題は起きなかったかもしれない。馬頭は、この数日で覚えた片言の島言葉で、クラウディア、お前の笑顔、好き。と囁く。クラウディアはパァッと花開くように満面の笑顔を咲かせる。クラウディアも他の島の人間と同じく根は純朴な性格で、妖艶さは天然で備わったもののようだ。馬頭はクラウディアの偽りない笑顔を満足気に見下ろすと、カルディンお勧めの宝石商の店に入っていく。現在のフィリピンはアメリカの植民地となっている。アメリカとフィリピンの間で、将来的に変換される約束が交わされているが、米軍はフィリピンを戦略上の重要な拠点として利用していて、かなりの量の軍人が駐留している。右目にルーペを嵌めたまま、顔を上げた店主は、馬頭をアジア系の米軍将校だと勘違いをした。島の娘と恋仲になる米軍将校は多い。将校が得る給料は、島の一世帯が稼ぐ収入の数十倍にもなる。将校のコネで駐留米軍の医療施設で命を助けられたフィリピン人も多くいる。家族の幸せと安定の為に我が身を差し出す娘も多いのだ。健康的な色気を振りまくクラウディアにゾッコンで、ねだられるまま宝石を買いに来たカモ。と読んだ店主は立ち上がると、ニヤニヤと笑顔を浮かべ、揉み手で馬頭に近づいてきた。


「旦那、今日はどういった物をお探しで?」

「いやぁ、すまねえな。今日は買い物じゃないんだ。ゴールドリップを売りに来た。」


途端に店主は態度を急変させ椅子に座ると、あからさまに不機嫌な表情を見せる。それでも商売を忘れたわけではないらしく、布の張ったトレイをカウンターに置くと、それを顎で示した。フィリピン人は先のことまで考えるのは苦手だ。買取だって立派な商売につながる行為なのだが、削がれた気分を隠そうともしない。馬頭は店主の態度を咎めるでもなく、笑顔を保ったまま小袋からトレイにゴールドリップを取り出してみせた。店主は形の揃った真珠を見て、かすかに喉を動かして唾を飲み込んだ。努めてやる気のなさそうな体を装いつつ、真珠の数を数える。店主は数を数え終わると、掌を広げてひらひらと動かした。馬頭が唇の端をギュッと吊り上げながら、尋ねる。


「あぁ?どういう意味だ?」

「買取価格は五千ドルだ。」


それを聞いた馬頭は、もう片方の唇も吊り上げると腰を折り、カウンター越しに店主の眼前に顔を突き出した。


「はっははぁ。きょぉーーーだーい。随分トボけたことを言ってくれるじゃねえか。なぁ。俺ぁよ。ある組織を束ねていた馬頭と言うもんだ。縄張りの警察署長がドジを踏みやがってよ。それまで散々吸わせてきた賄賂も全て無駄になった。それで、組織ごと船に乗って逃げてきたわけだ。どこの島とは言えねえがよ。そこでまぁ仲間たちとのんびり暮らそうと思ったわけよ。この娘ともその島で出会ってよ。まぁ居場所を分けてくれた島の連中にも恩返しがしたいわな。そんで、仲間たちと真珠を取って売りに来たってわけだ。俺ぁあんたを気に入ったんだよ。だから危険も犯して、余計なことも言ってるってわけだ。これから年に一回ぐらい、定期的に仲間と集めた真珠を売りに来るのはここって決めたから、あんたにそういう事も打ち明けてるってわけだ。俺の言ってることの意味判るよなぁ?きょうだい。なぁ?」


馬頭は笑顔を崩さず店主の首根っこに丸太のような腕を回すと引き寄せる。万力のような力で一ミリも動けなくなった店主は、やっとの思いで口を開く。


「今日は一万三千ドル。次回からは一万五千だ。」


馬頭は大きくうなずくと、店主の小さい肩に両手を置いた。店主は両肩に岩が乗ったような錯覚を覚える。


「やーっぱり俺の目に狂いはなかった。あんたぁ、正直な男だ。気に入ったよ。これからも仲良くやろうや!」


馬頭は強引に店主の右手を握ると握手をする。馬頭の野球グローブの様な手にすっぽりと包まれ店主の手は見えなくなる。


「朱、健太。」


馬頭がつぶやくように呼ぶ。喧騒に包まれた店の外に居た二人は、難なく馬頭の呼び声を聞き、店に入ってきた。


「次回からは、この子達が使いでくるかもしれねぇ。もしくは俺の組織の人間が来るかもしれねぇ。いずれにせよ、馬頭の使いだと名乗らせるからよ。」


そこまで言った馬頭は、店主の後頭部を左手て掴むと自分の目線の高さまで店主を持ち上げる。店主の首関節は限界まで伸びる。店主が堪えきれずうめき声を上げるまで、馬頭は静かに店主の目覗き込み続ける。そしてゆっくりと一言、間違えるなよ。と言った。店主から一万三千ドルの米ドル紙幣を受け取ると、中から三百ドルの紙幣を店主に渡す。


「これは挨拶代わりよ。俺のクラウディア程は無理かもしれねえが、その金で可愛子ちゃんでも抱いてくれや。」


馬頭から金を受け取ると、店主は下卑た笑みを浮かべ馬頭たちを見送った。

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