子供たちの声援
興奮冷めやらぬカルディンと朱達の元へ、火が熾きたことを知らせに菊千代がやってきた。
「せっかく取った白蝶貝だ。ぬしらで美味しく食べてやれ。」
熾きた火に石を組み上げて竈にすると、平たい石を上手に被せて焼台を作った。石の隙間から炎が立ち上っている。隙間に白蝶貝を配置すると、すぐに蓋が開く。貝のエキスが滲み出てきて、クツクツと煮上がったところへ醤油を垂らす。こぼれた醤油が灼けた石にこぼれて香ばしい香りを立てる。朱と健太は平然と開いた側の貝を外し焼き上がった貝を三人の元へ置いてやる。三人は醤油で味がついた貝のエキスを啜り舌鼓を打つ。焼きたての貝の身の、プリプリした歯ざわりを堪能し、嬉しいため息をつく。白蝶貝は次々と焼かれ、次々と三人の腹の中に収まっていく。貝が半分ほどになった時に朱が口を開いた。
「学校を始める資金はなんとか真珠で作れそうだ。それで、資金は幾らぐらい必要だ?」
「そうですね。カルディンさん、子供たちは今何人ぐらい居るんですか?」
「えーと、下のクラスが十二人。真ん中が八人、上も八人ですね。」
「年嵩の子供が少ないのはやはり死んで減るのか?」
「そうですね。四、五年に一人は死んでしまいます。一番多いのは出産の時と赤ん坊のうちに病気で死にます。」
「えーと、下のクラスで使うおもちゃ。中、上クラスで使う教材と、文房具に紙やノート。それと本ですね。全世代で読めるように様々なものを大量に。あとは、黒板とチョークとか、生徒用の机もあったら良いですね。それと、菊千代さんとも話したのですが、子供たちに給食を出したいですね。土地を少し借りてさつまいもを育てようと思います。畑作業は子供たちとみんなでやりましょう。そのための道具も欲しいです。それで、蒸したり揚げたりして食べさせてやりましょう。パッと思いつくのはそれくらいでしょうか。」
「そうか。では、学校の備品を作るための大工道具もあったほうが良いだろう。あと、怪我や病気のための薬や治療用具も少し揃えよう。わしらは集会所で暮しても良いのか?」
「はいもちろん。村長達がそのうち学校を建てると言ってました。そしたら、皆さんで暮らせる様に作りますから、そっちに移ってください。」
「では、まぁ少し多めに資金を作ろう。ネックレス分の真珠を取って売ろう。余った金は取っておいても良いしの。明日健太と二時間も潜れば、用意できるだろ。天候と相談しながら、明後日以降出発しようぞ。」
真珠採りに出た一行は、集会所に戻ってきた。集会所には馬頭が居た。馬頭には相変わらずクラウディアがまとわりついている。馬頭は目をつぶり腕を組んで、床に胡座をかいて座っている。朱が馬頭を見て声をかける。
「馬頭、お前全身から湯気が出てるぞ?」
「はい。男が女に興味を持つのは十四、五歳からでしょうか。自分の人生で欠けていた部分を、なんとか取り戻せたような気がします。」
馬頭が噛みしめるように、しみじみと、しみじみと、答えた。朱たちはそれを見て思わず笑ってしまう。馬頭はそれを見て顎先に皺を寄せたが、咎めだてはせずに口を開いた。
「それで、真珠採りはどうなりました?」
「あぁ。問題ないな。一時間潜って価値のあるものが二十六粒取れた。明日二時間ほど潜って摂ったものを持ってマニラに行くつもりだ。」
「おぉ!そんなに採れたんですか!それじゃ、学校の資金なんざ解決したようなもんですな!じゃぁそろそろ俺の出番ですな!宝石商との取引は俺に任せてください。」
「なんじゃ、おまえはクラウディアと出会ったばかりだろ。クラウディアは離れたがらんだろうし、馬頭は島に残れ。」
「朱さん。昔から博打と女と宝石はヤクザの専門です。交渉事は俺に任せてください。」
やっと出番が来た。と言ったところだろうか。自慢気に、馬頭はニヤリと笑った。
翌日、午前のうちに浜に子供たちが集まった。沢山の貝が取れるわけだし、学校づくりに苦労した様を見せるのも教育だとフランクが言い張ったのだ。朱と健太とカルディンは日の出とともに浜に向かい、既に真珠採りを始めている。ノラに連れられた子供たちは浜についた途端、蜘蛛の子を散らすように走り出すと波打ち際でピョンピョンと飛び跳ねながら、真珠採りを応援し始めた。年嵩の子供たちは英語教育のため片道十キロを歩き、島唯一の教会まで通っていた。しかし、貧乏で子供の手も必要としている家庭や、片親の家庭、面倒を見ないとならない年寄りのいる家庭の子供は、たとえ往復二十キロを歩く体力があっても学校通いは諦めるしかなかったのだ。村長の娘であるノラも家庭は比較的裕福ではあったが、母親を急の病で失っていた。村長の家は子沢山で弟妹の面倒を見るため、ノラも通学を諦めざるを得なかったのだ。ノラは幼い弟や妹の面倒を見ることは決して嫌ではなかったが、学校に通えるということがとても嬉しかった。他の子供達も同様であった。弟や妹の面倒を見なくてはならない子供たちが、そこから開放されて本を読んだり勉強したりできるという。彼らからしてみたら、夢のような話であった。子供たちは沖に浮かぶカルディンの小舟に向かって、飽きもせず何十分もピョンピョンと跳びはねながら声援を送るのだった。
やがて朱と健太の顔が波間に浮かぶ。それを見つけた子供が叫ぶ。最高潮の興奮を迎えた子供たちは全力で声を張り上げる。朱たちを載せた小舟が波打ち際に着いた時には、子供たちの力も尽き何人かは四つん這いになっていたほどだった。朱達は焚き火の場所まで歩くのに、十数人の子供にまとわりつかれた。焚き火の場所で腰を落ち着け、次々と貝を開けていく。貝には必ず真珠が入っていて、その度に子供たちは熱狂した。浜辺でバク転をする子供も出た。子供たちは皆、心の底から笑顔を浮かべ喜んだ。




