村の会議
朱は島をくまなく見て回った。島にはサンタ・ルチアの様な集落が三つあり、他にも所々に家屋があって人が住んでいた。そして無数のココナツ畑と、バナナ畑やパイナップル畑。漁に出る男たちや、畑作業をする者もちらほらいたが、ほとんどの人間が日陰でくつろいでいた。午後になり朱も村に戻る。先程、カルディンも様子を見に来たらしい。昨日泊めてもらった建物が村の集会場ということだった。昼過ぎから、村の人間達が少しずつ集まりだした。しかし一向に話し合いは始まらない。誰一人文句も言わず、談笑にこうじていた。最初の人間が集会所に来てから数時間が優に経ち日も陰りだした頃、村長が立ち上がり話し合いの始まりを宣言する。宣言により、和やかに談笑していた村人たちの表情が固くなったのが、健太や菊千代にも判った。村長が話し始める。村長の言葉をカルディンが朱達一行に英語にして聞かせる。
「朱さん、そして皆さん、この度、ホセの息子を救ってくださったことについては本当に村人全員が感謝しております。救ってくださった際に、朱さんが使った奇跡の力。カルディンは朱さんを神の使いであると言っております。そして私達もそれを信じております。ですから、あなた方がサンタ・ルチアに仇なす目的で現れたのではないことも確信しています。それを踏まえた上で聞いていただきたい。まず私達の生活についてお話します。この島は何もない島です。しかし、豊かな島です。椰子は五年で育ち、実をつけます。椰子の実を割れば器に。ヤシの幹を傷つけて出てきた樹液を貯めれば次の日には酒になります。苦労しないでバナナもパイナップルも収穫できます。海に潜れば貝や魚が獲れ、漁もできます。あまり働かなくとも我々は行きていけます。お金もほんの数十年前まで、私達には必要ないものでした。村の人間が助け合うことで十分に暮らしていくことが出来ました。しかし、一方で人は簡単に死にました。今回のホセの事故のように簡単に。この島で盲腸になったら死にます。私達は簡単に生きることが出来、また簡単に死んでゆきます。そうやって我々は何百年もこの島で生きてきました。そして数十年前に、私達はお金というものを受け入れました。その時に年寄りだった人間は、ほとんどがそのことについて反対していました。しかし若かった私達は、年寄りたちを説得し、お金というものを稼ぐことを覚えました。そうしてある程度の快適さと、運が良ければ盲腸でも助かることもある生活を手に入れました。私達は外敵に襲われることもほとんどなく、長いこと平和に暮らしてきました。そして昨日、あなた方から学校を作りたいという話を聞きました。それは何のための学校ですか?人は知識を得ると欲が増えます。欲が増えれば争いも起きます。私達はあなた方に感謝をする立場なのですが、今言った理由で私達の島の生活が変わってしまうことを恐れています。」
長い話を語り終えて村長は大きく息をついた。村長を先頭にして村の男達が十人ほど、朱達に相対して床に座り込んでいる。村長はあくまで礼儀正しく振る舞っているが、潮に灼かれた黒い肌に、深く刻まれた無数の皺、その皺の奥に小さく開く瞳には強い意志が伺えた。朱は後ろを振り向き、フランクと菊千代に目配せをする。二人は立ち上がると、朱の横に移動して座り込み村長と相対した。先にフランクが口を開く。
「この島から北東に十日程の距離に、韓国の済州島という島があります。現在韓国のある朝鮮半島は、アメリカを筆頭にする連合国軍が支持している韓国軍と、ロシアと中国の後ろ盾を得た北朝鮮軍が戦争をしています。要は一つの国が、他の国の都合により、二つに分けられ戦争をしているのです。私達が水や食料の補給のために、済州島という島に寄りました。私達は島の有様を見て愕然としました。同じ国の仲間たちが二つに別れて殺し合いしているんです。しかも、その片側で仲間割れが起きて島の人々の殆どが殺され沢山の建物も焼かれていました。朱さんも我々も、ただただ怒りを覚えました。私達に取って済州島の悲劇は、船で旅に出なかったら知り得なかった出来事です。しかしそれでも、顔も知らない済州島の人々が沢山殺されたのだという事が、悲しくて苦しくて辛いと感じました。朱さんには超人的な能力があります。怒りを覚えた朱さんは、韓国政府の大統領李承晩の寝込みを襲い脅しました。その時李承晩は言いました。もし今私を殺しても、別の私をアメリカが作る。状況は一切変わらない。朱さんはそれを聞いて、李承晩を殺しても仕方がないと思いました。私達は悩みました。そして李承晩から裏切られ命を狙われている、この馬頭さんから話を聞くため馬頭さんが立てこもっている砦を訪ねました。馬頭さんの話を聞き、馬頭さんを守るために私達は済州島を脱出しました。そしてあてもなく航海をしてこの島にたどり着いたのです。私達はこの島で数日過ごして、この島の時間、この島の人々の生き方、この島の人々の考え方が好きになってきました。済州島も、このイトバヤット島も、同じ海に浮かぶ小さな島なのに、なぜこうも違うのか。おこがましいのですが、私達はこの島の平和を守りたいと思いました。周りからの干渉がなければ、この島はずっと平和でこの時間を守れるかもしれません。しかしもし、他の勢力からの干渉があった場合、平和が侵される可能性があります。今まではナイフや銃が身を守る手段でした。しかし、これからは民衆の声が、意見が、身を守る手段になっていきます。その時に、島の人々に豊富な知識があれば島の平和は守られるかもしれません。過去の人々が犯した過ちなどの知識を得て、その過ちを繰り返さないようにする考える力を持てれば、島はもっと強くなります。そのために島の子どもたちに教育が必要だと思いました。」
フランクの長い話を聞いていた村長は、胡座の両膝に手を突き、小さく唸りながらかがみ込んだ。村長はしばらく考え込んだ後に、後ろを振り返り同行の男たちと、島の言葉で話し始めた。やがて考えがまとまったようで、朱とフランク交互に目線を交わすと口を開く。
「あなた方の気持ちは理解できます。そして、私達はあなた方を信じたいと思っています。一部の村民が信じては危ないと言っています。このことを正直に話すのは、信じたいと思っている人間の心の証だと思ってください。ただ一つ、村人全員が思っていることがあります。あなた方の言う、周りからの干渉というものは、フィリピン政府であったり、アメリカ軍であったり、あるいは他の国の政府や、他の島の人々ということだと思います。しかし、その干渉がやってくるかどうかは、わかりません。わからないことの為に、備えを始めて島が変わってしまったらどうするか。それを私達は恐れています。先程も言ったとおり、私達はは短命で、小さな事故で命を落とします。それはとても悲しいことですが、それを受け入れてでも、私達はこの平和を守っていきたいと思っています。私達は干渉がやってくる事よりも、村が変わることを恐れています。」
村長の話が終わった途端に、カルディンが立ち上がり叫んだ。
「変わらないことがそんなに偉いのか!もう沢山だよ!悲しみは少ないほうが良いだろ?俺はそう思って今までやってきたんだ!幼馴染のジョアが死んだときだって、俺もジョアの家族も何も出来なかった!みんな泣いてたけど、俺は悔しかった。悲しいよりも悔しかった!何も出来なかったんじゃない。何も出来ない状況に甘んじてたんだ!サンタ・ルチア全部が!俺はジョアが死ぬ寸前に、なにかできるように準備をしてこなかった俺を恨んだ!俺がせめて少しでもなにかできるように準備していたなら、悲しめたかもしれない。でも、あの日は、あの夜は、ただただ悔しいだけだった。悲しむことは出来なかった。それからだよ。俺が村一番の潜りを覚えたのも金を稼ぐため。金を稼いだのも、知識を得るため。そうやって、できることをコツコツと積み上げてきたけど、いざ俺がマニラに行こうか。と思ったら、この村は十年前に逆戻りだ。何もしない、何も出来ない村に戻る。俺はサンタ・ルチアの異端児か?俺が居なくなったら自然がいっぱいのサンタ・ルチアに戻ってめでたしめでたしか?俺はそうは思わない。俺はもちろん、今のままのサンタ・ルチアが好きだ。サンタ・ルチアが力をつけて、色々な選択肢の中で、今まで通りのサンタ・ルチアを守っていこう。なら良いよ。その状態にするのがなんでいけないんだ?そのために子どもたちが死ぬのはしょうがないことなのか?」
カルディンは膝を付き泣き出すのであった。




