学校づくり
燃え盛るヤシの炎に照らされた村の人々の表情は、皆笑顔だ。菊千代とフランクは黙り込んだまま炎を見ている。やがて、フランクが口を開いた。
「どちらも海に浮かんだ小さい島なのに、済州島とこの島は落差が激しすぎるよねぇ。」
ぼそっと発したフランクの呟きに、食いつく菊千代。
「そう!そうなんですよ!違いすぎます。天国と地獄ですよ。なんでこの世に、こんな島がある一方で、あんな事が起こるんでしょうか。私は朱さんがあそこで言った、戦争も営みの一種だという話は、未だに飲み込めないでいます。それでも、朱さんのように何百年もこの世の中を見てきたら、そう思えるようになるのでしょうか。」
「難しい問題だよね。私もずっと考えてきたんだけどね、戦争というものは、先手を打って、早く取りに行かないと、他の国に取られちゃう。とか、先に攻めないと、攻められちゃうかもしれない。と言った怯えから始まる事が多いんだと思うんだ。それでね、世界中の人々が、もっと考える力を持ったり、過去の過ちを知るようになったら、そういう怯えが起こることもなくなるし、過ちも起こさなくなると思うんだよね。だからね、できるところから始めようと思ってね。この島に学校を作ったらどうかな?」
「フランクさん!それ良いですよ!いい考えですよ!作りましょうよ!私も手伝います!小さい子供になら私も教えられることがあるかもしれないです!あぁ!楽しくなってきた!ちょっと村長さんにお伺いを立ててみましょうよ!」
いつも行動が控えめな菊千代が、異常に積極的だ。勢いよく立ち上がると、カルディンの元へ行き話し始める。
「カルディンさん、私とフランクで話してて思いついたんですけどね。もし村長さんの許可が取れるなら、ここに学校作ってみたいと思ったんです。カルディンさん、村長さんに聞いてみてもらえませんか?」
「えぇ!学校ですか!フィリピン政府も、最北端のこの小さな島をあまり大事にしてくれてなくて、やっと英語教師が一人だけ来てくれただけだったんですよ!英会話の教室も十キロも歩いてジョセフ教会まで行かないとならないから、人手の足りない家の子は、教室へも行けない状態だったんですよ。もしほんとに実現したら、大喜びの子どもたちが何人もでますよ!判りました!村長に話をしてきます!」
菊千代の情熱が伝播したのか、カルディンも立ち上がって村長の元へ駆けていく。村長としばらく話し込み帰ってきたカルディンの顔はなぜか少し曇り気味であった。カルディンは菊千代の耳元で、明日の午後に集会をするから来て欲しい。と言った後、
「さぁ、皆さん、今日は集会場に寝床を用意しましたので、そちらでお休みください。私が案内します。」
と言って、宴はお開きになった。朱達一行は石造りの建物に案内された。広間に通されると、お休みなさいと言いカルディンは出ていく。お休みなさいと言っても、部屋の真ん中に布とクッションが無造作に積み上げられただけだ。一同は軽く動揺を覚えた。朱が積み上げられた物を検分した。クッションが人数分、大きめの綿布が一人頭二枚という数が用意されているようだ。一枚を床に敷いて、フランクを呼ぶ。
「フランク、この布に横になってみろ。」
「あ、はい。ははぁ。これあれですよ。床が冷たくて快適です。おそらくこっちでは、この方法が普通なんですよ。床は硬いですけど、多分慣れるんじゃないですかね?」
そう言いながらフランクは両手を上げた姿勢で床を転がっている。聞いた朱が、割当分の布とクッションを各自に投げ配った。フランクを真似て菊千代も横になる。しばらくゴロゴロと寝返りを打つなどして吟味した後、
「おほー。コレは良いかもしれないですよ。床がヒヤッとしていて、なんだか凄く落ち着きます。」
と、嬉しそうな声を上げた。菊千代の歓声を追うようにして朱が続けた。
「それで、学校を作るというのはどういうことかの?」
「さっきですね、フランクさんと話をしてたんですよ。済州島もこの島も、海に浮かんだ小さな島なのに、なんでこんなにも違うんだろって。そしたら、人が闘いを始めるのは怯えからだっていうんですよ。取られちゃう、攻められちゃう、なら先手を打ってこっちから。これが戦争のきっかけになるって。」
「あぁ、健太も似たようなことを言っておったわ。この身体になって、完全に誰からも傷つけられないという余裕が持てたと。その余裕を持って思い出を掘り起こしてみると、学校の乱暴者の金次にしても余裕が持てないから示威行為で乱暴を働いていた様に思えると。今のような超感覚があるわけじゃなかったから、表面上の情景を思い浮かべてみるだけだけど、推測するとそんな気がすると。」
「それで、フランクさんが、世界中の人々が、もっと考える力を持って、過去の過ちを知ったら、過ちも起こさなくなると思うって。そのためにまずは学校を作ってみたいって言い出したんですよ!私はそれがとても良い考えだと思って協力したいとフランクさんに言いました!どうですか、朱さん!いい考えだと思いませんか?!」
「菊千代よ。なんだか今日のぬしは、とんでもなく暑苦しいの。まぁでも良いのではないか?この村の子供達はなかなか学ぶ機会もないのだろ?」
「そ、お、な、ん。で、す、よっ!この島にフィリピン政府が、最近初めて派遣した教育者が英語教師だそうで、それも十キロも歩いて教会まで行かないと学べないらしいんですよ!だから、人手の足りない家は、その教会まで子供を行かせられないそうなんです!よくないですよね!よくないですよ!自分は不老の身体を手に入れて、なにか男としてしないといけないなんて思ったせいで、世界平和とか言っちゃいましたけど、どうしたら良いのか全くわかんないし、考えても実感も沸かないし、でも皆さんをこの旅に巻き込んじゃったしで、正直困ってました!でも目の前の子供が、嬉しそうに笑ったら凄い平和じゃないですか!だから、学校づくりは小さい一歩でも平和に向かうんだと私は思ったんです。」
「お。おぉ。そ、そうじゃな。そうだ。そうだ。菊千代は正しいぞ。そ、そうじゃ、明日学校づくりについて村で話し合いがあるのだろ?あ、明日に備えて寝ておいたほうが良いぞ?ほら、寝ろ。な?寝たほうが良いぞ?」
「おぉ!そうですね。大事ですよね!よし!寝ましょう。眠れるかなぁ?なんか眠れなさそう。うふ。うふふ。」
綿布に横たわり、クッションを枕に天井を向いた菊千代の表情は、明日遠足を控えて興奮で眠れない小学生男児のそれであった。




