島の子どもたち
カルディンとノラは幼い子どもたちに貝やカニを公平に食べさせている。貧しい島では大人は子供の面倒を、しっかりとは見れないのかもしれない。子供が子供を育てる。それが普通なのだろう。そういう場面を幼い子供は見て育ち、それに習う。そういう自然さがこの食事にはあった。突然、ノラは思い出したように立ち上がり茂みに向かって駆けていく。そして一本の木に元にたどり着くと、しばらく上を眺めてから登り始めた。スルスルっと器用に登っていきバナナの房をもいで、スルスルっと器用に降りてくる。そしてひまわりの笑顔を咲かせると、バナナを掲げて走ってきた。幼い子どもたちにバナナを配るノラを見て、健太は声を上げた。
「あの、バナナの畑はノラの家のものなの?」
「いやぁ、あれはホセさんちの畑だよ。」
カルディンの答えに、健太はホセさんに怒られないの?と聞いてみた。カルディンは大声で笑い出すと、
「そりゃぁ、根こそぎ取っていったら流石にホセさんも怒るさぁ、でもね、バナナは自然になるものだろ?あんまりケチケチしたこと言うやつは、サンタ・ルチアには居ないぜ。みんな親切で気のいい奴らばかりだ。」
誇らしそうな笑顔をカルディンは向けた。
(んー。なんだ。こういうの何ていうんだろう。朱は少し自分の存在に引け目を感じている節がある。だけど、俺はそうでもない。前に菊千代とも話してみたけど、あいつも引け目みたいなものはないって言ってた。それよりもなにか成したいって言ってた。それが男というものだろうって。俺はそういうのもなかったけど、別にいいやって思ってきた。だから、悲しさを感じるとか、悔しさを感じるとか、暗い気持ちになるとかもなかったけど・・・でも確かにこの島に来て、俺は、俺の気持ちは、少し晴れてる感じがする。俺たちが俺たちのことを隠さず生きても生きていけそうな予感がある。そうか、悩みはなかったけど、やっぱりどこか注意をしながら生きてきてたんだ。いつでも。でもそんな注意さえなく生きてていい。ってこの島に言われてる気がする。だから、晴れたんだ。なんだかここ好きだなぁ。暫く滞在したいな。自分の人生を考える時の基準にもなりそうだ。今晩朱と話をしてみよう。)
と、健太が考えていると、パンと肩を叩かれた。カルディンだった。
「そういえば、君はさっきから何も食べてないな。お腹へってないのか?さっきあれだけ潜ったんだ。何か食べたほうが良いぞ。これはヤシガニっていうんだ。ココナツを食べてるから少し甘みがあって美味いんだぞ。食べてみろよ。」
屈託のない笑顔を向けられて、健太も正直に話すことにした。
「ありがとう。カルディン。俺と彼女は食べ物を必要としないんだよ。俺は今とても楽しんでるよ。みんなが食べて美味しそうにしてるだけで俺は嬉しいよ。だから、気にしないで。俺と彼女はお腹も空いてないし、とても楽しんでるよ。」
キョトンとした顔で健太の話を聞き、それを鵜呑みに信じてニコッと笑顔を返すカルディンだった。ノラは、朝手を引いて一緒に来た小さな子を抱えて小さい声で歌を口ずさんでいる。お腹が一杯になった子供が寝てしまったのだ。歌に合わせて、子供を抱えた上体を揺らしている。子供はとても気持ちよさそうな寝顔をしている。朱がそれを目を細めてみている。とてもいい時間だ。満足した四人の子どもたちが、大人しくしているわけがない。銘々が好き勝手にうろちょろし始める。そしていつの間にか、それが鬼ごっこになっている。時折、浜のあちこちから嬌声が聞こえてくる。鬼ごっこの範囲は結構広いようだ。やがてそのうちの一人が、カルディンの首根っこに飛びつくと、島の言葉で話を始めた。二、三のやり取りを済ますと、カルディンは立ち上がった。
「子どもたちが潜り方を教えろと言ってきた。ちょっと海に行ってくるよ。」
そう言ったカルディンは少し誇らしげだった。潜りについては、まだ子どもたちに尊敬されているのだ。健太はカルディンたちを笑顔で見送った。ノラは慈愛の眼差しを抱きかかえた女児に注いでいる。健太はその瞳を見て美しいと感じる。サァっと海から一筋の風が吹き、頬をなでていった。朱がその時間をじっくり満喫しているという感を込めて、大きく息を吐いた。
「なぁ。健太。良い島だな。」
朱が一言そう言った。健太は答える代わりに、拾ってきた流木を笑顔で焚き火にくべた。波の音と、時折跳ねるパチパチという焚き火の音、それに風の音。ノラの鼻歌。とてもゆったりした時間が流れ、三十分ほど経った頃だろうか。カルディンが叫びながら走ってきた。ぐったりとした子供を抱えている。ただ事ではないと、ノラも女児を抱えたまま立ち上がった。カルディンは錯乱していて、島の言葉で叫んでいるので健太も朱も事情が掴みきれない。やがてカルディンは健太の横にしゃがみ込むと、二、三回頭を振って、英語で話し始めた。
「トリガーフィッシュに噛まれた。多分、産卵期で気が立ってたんだ!岩の穴にふざけてクビを突っ込んだところをやられた。大きな血管の場所を噛まれた。凄い血が出ていて止まらない。死んでしまうと思う!」
トリガーフィッシュとはゴマモンガラの事である。珊瑚も噛み砕く強靭な顎を持ち、縄張り意識が強い魚だ。ダイビング中この魚に襲われて怪我をする事故は少なくない。カルディンに抱えられた男児は頸動脈を食いちぎられたようで、脈動に合わせて血が筋になって飛んでいる。しかし、血量が減ってきているのか、飛ぶ距離もどんどん短くなってきていた。唇も黒ずみ明らかに血が足りていない。健太は朱の方を見た。朱は覚悟を決めた表情で立ち上がる。朱はカルディンから男児を受け取ると、首筋に赤い舌をうずめた。男児は二、三度ビクビクっと跳ねると失禁をする。いきなり何をするのかと、カルディンもノラも驚きの表情で見守っていた。朱の唇が離れた後、深く抉れていた首の傷口がもごもごと動き出した。やがて傷口の縁から無数の触手が生えてきてあっという間に傷口を塞いだ。男児の顔色は少し血色が戻り、いつの間にか寝息を立てている。驚愕のまま目を見開き動くことも忘れているノラとカルディンに、朱は話しをする。
「もう大丈夫だ。一時間ほどで目が覚める。この子は目覚めた時に、大量の水と食事を欲しがると思う。なにか食事の準備をしてやってくれ。」
珍しく連続投稿できました! 筆が乗ってるというのでしょうか。実は昨日の時点で気づいたら二話分に迫る量を書いていたのでした。




