海戦
舵を握る菊千代は、船尾に居るので前方はかなり離れた先からしか見えない。海は外海に出るとうねりが大きくなる。時には五メートル十メートルといううねりが起きることも珍しくない。その高さの坂を登りそして下っているようなもので、思ったより視界は遮られてしまう。やがて菊千代にも追尾する三隻の船が視認できるまで近づいてきた。竿の上で健太が叫ぶ。
「菊千代ぉっ!二時だぁ!」
菊千代は直進方向から右へ六十度進路を変えて直進状態にした。航海を初めてすぐに、船の方向を時計に見立て、健太の指示で進路変更の操船を行う打ち合わせを、健太と菊千代とフランクは行っていたのだ。帆柱の上で健太は何度も叫ぶ。
「また二時!・・・よし!・・・三時!・・・いいぞ!・・・四時!・・・一時!・・・最大船速!」
菊千代の指示でフランクが帆の操作をする。鬼神丸は追ってくる三隻に対し右に円を描くようにして旋回、ちょうど三隻の鼻先を掠めるように、最大船速で横切る格好になった。追尾する漁船はうねりの合間、合間に鬼神丸を視界に捉えていたが、大きいうねりに隠れたタイミングで鬼神丸を見失った。しかし、漁船を率いるバズーカを携えたリーダーは、不審に思わずもちろん慌てもしなかった。漁船とは言えエンジンで航行しているこちらにしたら、かなり古いタイプの帆船なぞ速度差が明らかである。遮蔽物のない外洋で一時的に見失っても、こちらの追尾を振り切ることは不可能だと考えていたからだ。いくつかのうねりの後、いきなり鬼神丸が右手に現れた。うねりを下るように速度を上げて自分たちの船の鼻先をかすめていく。リーダーは狼狽えた。少なくとも鬼神丸の行動は、逃亡という消極的行動ではなく、攻撃に準ずる前向きな行動であると感じたからだ。しかし狼狽えている場合ではなかった、気がつくと目の前に少年が立っていた。健太である。健太は軽くリーダーの顎先を撫でた。リーダーは糸の切れた操り人形の様にその場でクニャリと崩れ落ちた。健太が軽くリーダーの顎先を指先で払ったのだ。見た目は煩わしいハエを追うほどの所作だったが、リーダーの頭は大きく触れ失神に至ったのである。健太はリーダーの持っていたバズーカを空中で受け取ると、船の舳先を蹴り鬼神丸に戻っていく。その間わずか三秒。他の乗員もポカンとしていると、鬼神丸の船上からニヤリと不敵な笑みを湛えた馬頭が顔を覗かせる。屈強な両腕はブローニングM2に取り付けられた洋弓状のハンドルを握っている。馬頭ご自慢の削り出した台座は、くっきりと六つに割れた馬頭の腹筋に当てられている。事ここに至っても、漁船の乗員は一人として小銃を構えた男は居なかった。馬頭はそれを見ると韓国語で、ボンクラ野郎がと吐き捨てるように言うと、ダカダカダカダカダカとブローニングを五発発射した。ブローニングの強烈な反動は、弓状のハンドルと馬頭の頑強な腹筋が全て吸収していて、銃身は全くブレていなかった。その時不意に漁船に乗った一人の男が、
「あの少年が俺を木に縛りつけたやつだ。多分!」
と、間抜けな叫び声を上げた。ブローニングが撃ち出した五発の12.7mmX99mm NATO弾は、吸い込まれるようにリーダーの乗る漁船の船首に命中した。口径はいわゆる五十口径である。拳銃でも四十五口径と言えばマグナムと呼ばれ威力の大きな銃弾として有名である。しかし、口径だけではない。拳銃の銃弾は子供の小指ほどの長さしかないが、ブローニングの銃弾は大人の人差し指よりも太く長い。使われている炸薬も桁違いである。機関銃というより機関砲の威力を持っている。命中箇所が良ければ軍用ヘリでさえ落とす事があるのだ。木造の漁船など、ブローニングの前では折り紙細工に等しい。漁船の船首は瞬時に吹き飛び、勢いよく海水が流れ込こんで、あっという間に浸水していく。水に浸かっても意識を取り戻さないリーダーを必死で引っ張って、浮き輪にくぐらせようとしているのは叫び声を挙げた間抜け男だ。どうやら善人な男のようだ。漁船に乗った男たちは皆小銃を放り出し、沈もうとしている漁船の乗員を助けようとしている。小銃やバズーカを携え襲ってきた数十人の男達と三隻の漁船が持つ戦力は、あっという間にゼロになった。朱は船上から、漁船の乗員をいつ救助するかタイミングを計っていると、うねりの向こうから銀灰色の巨体が姿を表した。あのピーター艦長が乗るバラクーダ号だった。バラクーダ号は漁船の近くに停船すると迅速に内火艇を下ろして救助作業を始めた。かなりの練度があるようだ。拡声器からピーターの声が聞こえる。
「銃声が聞こえたのでやってきてみたら、朱さんじゃないですか?一体どうしました?もう一度船内検索させていただきましょう。」
やがてピーター艦長が鬼神丸に降りてきた。相変わらずラッキーストライクを口に咥えたままだ。左手であごひげをさすりながら、抜け目なさそうな視線で周囲をくまなく見て回る。朱の前に立つと艦長は口を開いた。
「一体何があったんです?元帥の身元保証があるとは言え、作戦海域内で銃撃戦は流石に見逃せませんぜ?」
「いやなに、そこの漁船はこの男を追ってきたのだ。わしらはこの島の騒ぎが許せなかったが、話し合って介入することを諦めた。ただな、この男は李承晩に裏切られて殺されそうになっていた。経緯も気の毒であったし、こいつが島にいる限り無駄に命を落とす人間が跡を絶たん。島から出てしまえば無駄な争いもなくなるだろ。だから、わしらでこの男を外に連れ出すことにした。ところがそこの漁船が追ってきてしまってな。この帆船じゃ逃げ切れんので、仕方なく戦力を奪って逃げれるようにしたということだ。」
「あぁ!そう言われて見れば、あなた済州島保導連盟リーダーの、リ・ジュオンjさんですね?そのマデュースが何よりの証だ。」
艦長はそう言うと踵を返して、鬼神丸の左舷に移動し漁船の状態を観察する。朱の言うことはどうやら本当らしく、先頭の船の舳先を破壊して救助の必要を生じさせ、追ってこられないようにしたようだ。敵を傷つけず逃れるには最善の策であると言える。艦長は救助作業をする兵員に声をかけた。
「誰か負傷者は居るかぁ!」
「いいえ!問題はありません!艦長!」
その声を聞いた艦長は、またこちらに歩いてくると、
「この島の、このクソ事件と、保導連盟へのクソ裏切りについては、私もクソ怒りがあったんですよ。連合軍も介入すべきと何度か進言したんですが、上の人間は人の命よりもこの半島が赤になるかどうかの方が大事と来ている。自分は軍人なんで、何も出来ずに居たんですが、リ・ジュオンさんがこの島から居なくなれば、ソギィポ港に漂い流れてくる死体は出なくなるということですな。ここは漁船と日本国籍船の軽い衝突事故。ということで処理しておくので、この船は当分この半島には近づかないようお願いします。庇いきれきませんから。」
と、朱と馬頭に話すとバラクーダ号に戻っていった。沈まず残った二隻の漁船はバラクーダ号船員が操船し、漁船の乗員は全てバラクーダ号でチェジュ島まで移動し取り調べをするようだ。一行が去っていった海上で漂うに任せていた鬼神丸だったが、五人で東屋に座り込み、今後の相談を始めた。
ペンネーム変えました。自分面倒で自家バリカンで丸坊主をもう二十年ぐらい続けてるんですが、ホモぉな方々に確固たる地位を築いている、いわゆるガチムチヒゲ坊主なんです。で、まぁ、今回のストーリー大幅変更から歴史のことや戦史の事や、当時の兵器に至るまでなんにも判らず検索しまくって書いてます。ガチで無知だなぁ俺。ということで、ガチ無知です。これからもよろしくお願いします。




