ブローニングM2重機関銃
「そうだな。人間ではないな。だがわしら二人は元人間だ。とは言っても、人の心は持ち合わせているようだ。ぬしが、マドゥか?わしらは日本から来た。水と食料の補給のため、この島に立ち寄ったら、この惨状だ。どうにも頭が来てな。昨晩李承晩に会って少し脅してきた。その後仲間内で話し合ったのだが、放って進むべきか、助けるべきかで、意見が割れてな。じゃぁ、敵対側の話も聞いてみようじゃないか。と言うことになって、、港で釣りをしていた少年に尋ねてみたら、おぬしを紹介されたというわけだ。」
「えぇ?李承晩に会ったって?あの糞野郎首根っこ引きちぎってやりてぇ!」
唸るように言った主はあながち不可能とも言えない体躯をしていた。二メートルを超える巨体。胸板は米俵のような厚みを持ち、二の腕は周囲七十センチはありそうだ。まさに筋肉の塊のような男であった。男はオイルで黒光りする大きな銃器を携えていた。銃器は変わった形をしている。銃身と機関部の付け根に削り出した木製のステーが取り付けられている。丁度洋弓の様な形をしていて、矢をつがえる部分が輪状になっていて銃身の根本に嵌っている。左右対称の弓の左右がハンドルのようで滑り止めに布が巻かれていて、操作のためのレバーが左右に取り付けられている。レバーは自転車のブレーキレバーを流用しているようだ。機関部の後部には本来操作するべきハンドルが左右に張り出している。銃座に据え付けた状態でそのハンドルを両手でそれぞれ握り操作するのが本来のようだ。銃器を上から見ると細長い台形を逆さにしたように鉄のステーが元あるハンドルと弓の左右中間あたりに取り付けられている。そして本来のハンドル部分には木製の、これも丁寧に削り出したと見える台がボールジョイントで取り付けられていた。朱が銃器をつぶさに観察していると、男が気づいて話しだした。
「これはワイにたった一つ残った相棒や。ブローニングM2重機関銃。第一次大戦末期から現役を張ってるツワモノなんや。本来はこうやって持って使う銃やないんやけどな。自転車屋のおっちゃんに無理言ってこのステーを作ってもらったんや。この木ぃの部分はな、わてが丹念に丹念に愛情込めて削り出して磨き上げたもんや。みてみぃ?この腹に当てる台座。わいの腹筋にジャストフィットやで。そしてこの弓のような部分が絶妙にしなって反動を吸収してくれるんや。本体だけで四十キロ近くあるもんやし、人間が持てる盾ぐらいなら撃ち抜くパワーがあるさかい、反動も並やない。わてじゃないと操作できんわ。で、この相棒がおったからここに立てこもって数ヶ月持ちこたえてきたんや。わいが経営していた娼館の常連に米軍の兵器管理の将兵がおってな。店一番の可愛子ちゃんを毎晩毎晩最優先であてがって、大枚はたいて融通してもらったんやで。って、あぁ、こんなのんびり話してる場合ちゃうわ。周り警戒せんとたちまち蜂の巣や。」
「いや、大丈夫だ。ここは高台で開けてるからわしにはよく判る。半径三キロ四方にここに向かってきてるやつはおらん。」
「へ?そうなんか?嬢ちゃんなんでもありやなぁ。じゃぁ、わても久しぶりにちょっくらのんびりさせてもらいますわ。」
元々豪胆な性格の男なのだろう。言うやいなやゴロリと寝そべりラッキーストライクに火を付けるとふかしだした。男は肺の奥まで使ってラッキーストライクを味わうと、海風に流れる雲に向かって紫煙を吐き出した。のんびりと間延びした声で、
「でー。聞きたいことってなんやのー?」
と、呟くように言った。朱は少しだけ頭の中で整理した後、
「さっき言ったように、この島のあんまりな惨状に腹が立ったので昨晩李承晩に会って脅してきた。その時に、李承晩は何万もの人の命が奪われたことに対して、全く罪の意識を持ってなかった。それで当然わしも怒りを覚えた。そして色々聞いたのだが、やはりこの虐殺行為は自分の権力維持のためやってることとしか思えなかった。しかしあまりの自然な態度にな、これが自然の営みなのかなと思ってしまった。ぬしもさっき見たようにわしらは、どこの国の元首でさえも会いに行って命を奪って来ることも簡単にできる。ある意味神の領域だ。その力をただ自分の自己満足のために振るうのは正しいことなのか?という迷いが生まれたのだ。それでわしの気持ちを仲間に伝えた。すると仲間から、罪もない人が殺されようとしてるのに放っておくのかという文句が出た。当然のことだ。そして迷った末に、被害にあって戦っている人間たちの話も聞いてみよう。と言うことになって、主に会いに来てみたのだ。」
「かーーーーー!なぁに寝言いってんのや?そんな生ぬるいこと言ってたら、へそが笑いますわ。あ、これは、日本だとへそで茶を沸かすでしたか。なにしろあんたら恵まれた立場の人間やさかい、そんな寝言を言う余裕がありまんのや。そうやろ?いや、ほんとくっだらないわ。ええか?人間は死ぬか生きるかで何万年も戦ってきてんのやで?確かにわては李承晩に請われて済州島保導連盟の組織を率いてたし、ここに駐留しておる米軍の情報も集めてたで。しかし、各地にある保導連盟にアカのスパイが紛れ込んでる。という疑いが疑心暗鬼を呼んで自己崩壊の末がこの有様や。そんでどうすんの?保導連盟で真面目に働いてたんに李承晩が人の道に外れて裏切ったんやでって道で叫ぶんか?それでわしやみんな死んでしもうたわいの部下が生き返りまんの?そんなヌルいことやっとったら、あっという間に土の下で手下ども久しぶりやったなぁ!でんがな。なんや、嬢ちゃんのいう営み?そんなん何万年も前から人間が繰り返してきたことやがな。あほらし。ええか?人ちゅーもんは生きるために、同じ空の下で知らぬ誰かがおっちんでも何も思わん。それが普通や。李承晩とわての差なんて毛ほどもないわ。あるのは立場上有利か不利かちゅうだけのもんや。やから、李承晩が目の前にいたら、そりゃ終いや。このブローニングが火を吹いて李承晩バラバラや。しかし、わざわざ仇討ちに行くかちゅーたらそんな余裕なんぞあるわけ無いわ。くっだらない。生きるか死ぬか。命は一個やねんで?生きのこりやすい方に張るのが当たり前やん。生きてるんやから。やから、わては上手い事この島を出る手段を見つけたらさっさとおさらばしようと思うてますわ。こんなイカれた国に未練はないさかいな。なにしろ、嬢ちゃんらの言うことは、高みの見物だからこそ言えるお大尽の言葉や。ほんま心の底からあほらしいわ。」
「と、言うことらしいぞ。どうするよ健太。」
さすがに健太も考え込んでしまった。この大男、今までの話をつなぎ合わせてみると、この島のヤクザの元締めでもしていたんだろう。なんだかんだ言ってこの島の規模からしたら、相当数の子分も従えて手広くやっていたに違いない。非合法に人を殺したのも二桁では済まない数であろう。自分がこれから進もうとする道とは全く違うが、自分より遥かに様々な経験を積んできた男の本音を無視するほど理性的な性格では健太はなかった。生きるためには人殺しも辞さないし、相手が殺しに来るのも理解できる。とまで言いきった男が生きてきた世界は正しいか正しくないかはさておき、相当数の人間が生きている存在する世界なのは間違いないようだ。自分にはどうにも理解しきれる自信がないが、少なくとも李承晩と二人並べて話を聞いたら、この男の話のほうがスッと自分は素直に聞けると健太は思った。頭で結論をだすより先に声が出た。
「ならおっさん。わしらと一緒に来たら良いわ。今ここで独りでおるよりも、わしらとおったほうが、かなり死にづらい環境になると思うで?」
「なにぃ?!ええのんか?いや流石にわても、もう終いやー思っててん。最初のうちは明るいうちはもうフルタイムで攻めて来ててな。もう何百人撃ち殺したかわからんわ。暗くなったら周りの死体を海に放り捨ててな。で、相手も算盤はじいたんやろうな。わい独りに何百人死なして流石に割に合わんと。今は三日に一回ぐらい、少人数で忍び込もうとするぐらいやった。それでもこれが何年も続いたらさすがのわいも隙が出るやん?やばいなー思うててん。嬢ちゃんたち来てくれて助かったわ。誰だかしらんけど。」
話の急展開に、思わず開いた口が塞がらない朱であった




