表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱血姫  作者: ガチ無知
37/70

高射砲台

まずは島の人間に話を聞いてみよう。と言うことになり、朱と健太は船を降りて港を歩いた。まだ幼い少年が釣り糸をたれていた。汚れた半ズボンに黄ばんだランニングシャツ、頬のコケた顔も、身体も煤で汚れている。朱が声をかけると、少年が朱を見上げた。朱はギョッとして、半歩後ずさってしまった。少年の双眸には光がなく、ゾッとするほど感情が伺えなかった。釣り糸の先には死体が浮かんでいた。少年はそんな事を気にしてないのだろう。気にしていたら生きてこられなかったのだ。少年の昏い瞳は、地獄の様な経験をしたことを物語っていた。朱はダメ元で英語で話しかけてみる。すると意外なことに少年は英語で応えた。港にいるアメリカ兵も、彼にとっては飯の種だったのだろう。必死で憶えたに違いない。


「わしらは日本から来た。この島が政府によって蹂躙されたと聞いている。非常に悲しいことだ。反抗勢力の人間を知らないか?私達は話が聞きたい。」


朱達が遭遇したこの惨状は後に済州島四・三事件と呼ばれるものであった。国土分割の反対者や、社会主義者たちが蜂起した、それに対して李承晩の命令による武力が衝突し、ひき起こした虐殺事件である。アカの手先や内通者、スパイなどとレッテルを貼られれば、事実確認などせずに即処刑されたような状況であった。だから、朱の質問はかなりキナ臭い質問だったのだ。普通なら、悲鳴を上げて逃げ出す状況だ。しかし少年は、毛の先ほども感情を含まない虚ろな目で朱に応えた。


「保導連盟のボスなら知ってるよ。教えたら何くれる?」


少年はすでに、死や痛みに対する恐怖など持っていなかった。口に入るもののために躊躇なく命をかける。そんな生き方だからこそ、今まで地獄の済州島を生き抜いてこられたのかもしれない。朱が健太に訪ねると、朝食べた握り飯の残りがあるという。健太は食べ物を取りに鬼神丸に戻っていった。朱は少年の横に座り込むと尋ねた。


「そこに死体が浮いているが、お前は気にならないのか?」

「何言ってんだ姉ちゃん。そんなこと言ってたら何も食えなくなるぞ。畑の野菜だってクソ小便ぶっかけて育ててんだ。この島じゃ一番豊富な食い物は死体だったろうな。んでも、俺は今まで一度も死体を食ったことはない。どれだけ腹をすかしててもだ。それが俺の自慢だ。」

「そ、そうか。」


少年の強烈な言葉に朱もたじろぐしかなかった。程なくして戻った健太は、握り飯と焼いた魚の干物を持っていた。ひったくるようにして食べ物を受けとった少年は狂ったようにそれらを食べ始める。貪り食う少年に朱は声をかけた。


「どうだ。これで教えてくれるか?」


少年は、あからさまにうるせえなと言う瞳で朱を見上げた。食事のせいか、少年の瞳に初めて感情が灯った。リスのように両の頬までパンパンに米粒が含まれている。健太に手渡されたアルマイトの水筒の水で大量の握り飯をなんとか飲み込んだ少年は応えた。


「姉ちゃん。おまいらが占領して、俺たちに日本語を強制したんだろうが。俺は日本語喋れるぞ。」


日本語で応えたことが承諾の証だと、少年はふてぶてしく言い放った。



少年と朱たちは並んで歩きながら保導連盟のボスの元を目指す。少年は先を指差しながら口を開いた。


「ほら、あの岬の突端に日本軍が作った高射砲台があるだろ?ボスはあそこに立てこもってるぞ。すごい機関銃を持っていて、近づくやつは子供でも射殺だ。おまいらも近づいたら殺されるぞ。一つ可能性があるとすれば、ボスは自分をあだ名で呼んでる。韓国人はあだ名を使うやつはほとんどいない。ご先祖様に頂いた名だからだ。なのにボスは自分をあだ名で名乗る。まぁ立てこもってからのことだから、知ってるやつは本当に少ない。マドゥさんと呼んでみるといい。もしかしたら会えるかもしれない。じゃな。」


言うと少年は全くの未練も残さずにすたすたと来た道を戻っていった。ぽかんとした顔でお互いを見合う健太と朱。二人して頷くと、岬の突端に向かって歩き始める。近づくにつれて、高射砲台の全貌が姿を表してくる。岬の突端に円錐状の盛り土がしてある。底面の直径は三十メートルほどであろうか。かなり大規模な盛り土である。そして円錐の頂点に円筒状の建造物がある。むき出しのコンクリートが建造物の頑丈さを物語っている。盛り土と建造物を合わせると五十メートル近い高さがあると思われる。済州島の南側。要は外海から侵略者がくる。そういう判断に基づいて、敵機の襲来に備えた要所中の要所として作られた高射砲台であった。赤土の盛り土部分は、急斜面と相まって滑りやすく、高台から四方が見渡せるので侵入者の発見も容易い。砲台と監視台を兼ね備えて、敵侵略者から奪われずに戦い続けられることも想定されて作られていた。円錐の下側は約三メートルの幅で小石が敷き詰められている。盛り土の表面とは時間の経過が明らかに違う。最近敷かれた石であった。少年の警告は、朱と健太の歩を鈍らせるには至らなかった。二人は躊躇なく盛り土部分に踏み込んだ。敷かれた石がチャリっと音を立てる。侵入者の来訪を知るために敷かれた石であった。建造物内部から物音がする。金属の重量物を床から持ち上げたような音。結構な巨体が移動し、建造物内側に据えられた螺旋状の階段を登る足音。屋上に出て銃眼から密かにこちらを伺う気配。二人には、まるで見ているようであった。そして躊躇なく銃弾が発射された。飛び散る朱の左腕、と、同時に左に飛んで朱の腕を掴むと、朱に投げ渡す健太。健太の着地と同時に、右に走る朱と左に走る健太。それぞれが逆方向に円錐を螺旋状に登っていく。銃撃者からチェンチャンと吐き捨てる声が聞こえてきた。朱は走りながらちぎれた左腕を肩に近づける。腕と肩から互いにピンク色の触手が生えだしてお互いをチョンチョンと突き合ったかと思った瞬間にもう繋がっている。銃撃者はその様子を見ていたのか、ヒュッと息を吸い込む音が聞こえた。数秒後には二人は建造物までたどり着く。健太は建造物入り口の鉄扉を蹴り破り侵入し、朱は外壁に強靭な指を打ち込みながら、スルスルと登っていく。二人が屋上に到着したのはほぼ同時だった。屋上には銃撃者と見られる巨体の男が口を開いたまま呆然としていた。


「興奮するな。我々は敵ではない。話を聞きに来ただけだ。」


朱が英語でいうと、巨漢の男が英語で叫ぶ。


「な、なんなんだあんたら。人間ちゃうやろ?話しって、なんや?なにがなんだかワケがわからんわ!」


巨漢が放つ英語は捲くり舌で癖のある英語であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ