健太
「ちょっと違うんやない?!」
沈黙を破りいきなり健太が声を荒げた。健太には珍しい言動だった。
「理屈やないやろうが。強いもんに弱いもんが傷つけられてるんやないの?それは助けに入るんがスジやないの?」
朱が健太と行動を共にして六年近い時間で、これだけ激しく感情を表したのは初めてであった。朱には珍しく口をぽかんと開けて驚きの表情のまま固まっている。
「なぁ!朱!神とか営みとか関係ないやろう?見過ごすことなんかできひんわ。気持ち悪いわ。男がすたるわ。悪ガキの金次がさっちゃんをいじめてたのと一緒やろうが。」
健太の声は最初こそ強かったが、段々と小さくなり最後はもごもごとつぶやくようだった。健太自身も自分の感情に戸惑っているように見て取れた。
「健太よ。少し落ち着かんか。わしも上手く言う自信がないのだがな。わしとお前は、その気になれば何でも出来る。それはここ最近、日本の元首とマッカーサーに気軽に会って物を頼んだ経験をしてしみじみ思った。見る人間からしたら、神のようなものだろうよ。死なぬ痛みも感じぬというわしらにとっては、大抵の罰も用を足さん。だからといって、考えもなしに何してもいいと健太は思うか?わしは思わん。なんというか、そう、気持ちが悪い。健太もそうじゃろうが?」
「まーそうやろうけどー。」
健太は膝を抱えて座っているが、少し口を尖らせ、皆に対して心なしか斜めを向いている。珍しくふてくされているのだ。朱は腕組みをして眉をしかめ、うーむ。とつぶやく。
「では健太よ。具体的にどうしたら気が済むのか言うてみぃ。」
「え、え、えーとぉ。あー。うー。えー。んー。・・・・・・・・・・・よ、よぉわからんわ。」
「そうだろう。さっきも言ったが、上手く言えん。わしもよくわからん。」
苦い顔で黙り込んでしまった二人にフランクが口を開いた。
「昨夜朱さんが、加害者側であろう李承晩と話をされてきました。そして李承晩は国の未来のための犠牲と言い、罪の意識はまったくないようだったと。そうですよね?」
「うむ。さすがのわしも、あれには久方ぶりに驚かされた。人間建前があるだけで、大勢の人間を罪の意識なく殺せるのだなぁと思った。恐ろしいのは人間だ。」
「そうですね。我々ユダヤ人を何百万と殺したヒトラー。粛清の名のもとに何千万という人を殺したスターリン。私は彼らのことを極力第三者的な距離感で長い時間考えてみたのですが、考えれば考えるほど悲しい結論に行き着きます。彼らも最初は強い志と、理想の社会像があったと思うのですが、粛清にしてもホロコーストにしても、途中からは権力維持や惰性で行っていたと思うのです。ヒトラーはドイツ帝国の崩壊を覚悟しても、ユダヤ人虐殺をやめようとはしませんでした。極端な言い方をすれば、凶行から人を守るため緊急的に警察官が凶悪犯を射殺するのは、正義感もありますでしょう。しかし、大抵の人間は人間を殺したくはない。その強いタブーを乗り越えて危険を犯してまで業務を遂行するのは、職業意識によるものが大きい。少なからず警察官という職業的立場を守るための行動でもあると言えます。背景も規模も違いますが、彼ら大虐殺を起こした政治家も、警察官も同じ営みの中で生きているのかもしれません。だから私は朱さんが李承晩の行為を営みと言ったことには強い共感を憶えました。そして、その行為に強い反感を抱いて争いを起こせば、それもまた営みであろうと。そう思うのです。まさに今、済州島は李承晩の営みと、それに巻き込まれた営む人々との悲劇と言えるのではないでしょうか。そして我々は済州島とは全く無関係の人間たちです。しかし、我々はこの情景を見て気持ち悪い、やめさせたいと思っている。この気持も、気持ちから発生する行動も営みなんだろうと思います。それでどうでしょうか?この済州島に生き残っている反李承晩勢力からも話を聞いてみては。今一番悩んでいる朱さんと健太さんなら、話を聞きに乗り込んでも危険はありませんよね?」
「うむ。そうじゃの。ここでうんうん言うておっても何も始まらん。よし、健太。この島の有様を見て回りながら、人に話を聞きに行ってみようではないか?」
「うーん。」
明確な答えが出ない現状に煮え切らない返事をする健太。そんな健太の様を見て、にやりと笑いフランクは続ける。
「健太さん、さっきの言葉の最後の方で、金次とさっちゃんという独り言が聞こえてしまいました。悪ガキの金次という人の行動は、実に自然な行動なんですよ。人間という動物の、営み的行動と言っても良い。」
「ひぇ?ひゅ、ひゅ、ひゅ、ふ、ふらんくさん!なにいうてんの!金次はとても酷いことしてたんやで!なんで自然やのん?おかしいやないの!」
もやもやした気持ちの確信を突かれたようで面食らってしまった健太は、裏返った声で叫んでしまう。健太の反応にクスリと笑いを噛み殺してフランクは言う。
「女子は男子より二年から三年ほど早く精神が成熟します。健太さんの年頃だと、知識は伴わなくとも精神的には二十歳の大人の女性と教室で一緒に勉強させられるようなものです。そして、その頃は丁度悪いことに、男子に性的な欲求が芽生え、その欲求の存在も解らず右往左往する時期なんです。いじめっ子の金次はおそらくさっちゃんに自覚していない恋心を抱いていたと思います。急に大人びて距離感を感じるようになった女子を、好きになってしまった男子。そしてその正体不明の気持せいでどうも、もやもやが収まらない。そんな不安定な状態に陥った男子は、割りと大半が女子をいじめる。という選択肢を選んでしまうんです。まず関わりたいという気持ちがある。だから話しかけたい。しかし気の利いたことは言えない。まだ精神的に未成熟な男子としては、相手は大人だと危険だとバカにされると警戒しているわけです。そして恋心がばれてしまうのもまずい。アドバンテージがすっかり奪われてしまいますから。そんなこんなで、萎縮するのも無理はありません。そして、いじめられた女子の反応を、結構可愛いらしいと多くの男子は感じるんです。気の利いた褒め言葉を囁いて、照れた女子の愛らしさを鑑賞する。そうできれば良いんですけど、まるっきり萎縮しちゃってますからね。その萎れた気持ちを奮い起こして代替行為としていじめてしまうんですよ。本来は、健太さんのように好きな女子が困っていたら助けたいと感じるほうが健全だとは思いますけどね。」
「え!なんやの!なにが好きな女子やの?適当なこといわんといてやー!」
顔を真赤にして狼狽する健太。横でおとなしく話を聞いていた菊千代も、健太の反応を見て、「わはー!」と歓声を挙げる。朱もフランクもニヤニヤ笑いが止まらない。フランクは続けた。
「健太さんがいきなりこうなってしまって、教室の皆と離れてしまったことが強く心残りだったんですよきっと。だから、健太さんも強く反応したんじゃないかと思います。凄惨な済州島も営みなら、甘酸っぱい健太さんの思い出も営み。まずは反抗勢力の言葉を聞いてみてはどうですか?思い出の決着がつくかもしれませんよ。」
健太は赤い顔を隠すように俯きながら、なんやのー。と不満そうに呟いた。
いやすみません!めちゃくちゃ日が空いてしまいました。いや、菊千代の役割変更でガラッとストーリーが変わってしまったこのお話。前話を書き上げた時点で、方向修正するなら今だ!というひらめきがあったんです。しかし、どういう方向性にしたものか、散々悩みまして。こんなことなら、趺喬と朱の日常エピソードをずっと書いてたほうが楽しかったんじゃ?と思ったりもいたしました(^_^;で、悩みに悩みまして、毎日毎日ソシャゲしたり、ドラマ見たり、映画見たり、漫画読んだり、ネットで女性口説いたり、アマゾンで耳かき用スコープをポチッとしたりしてました。そういう逃避の甲斐あって、大体の方向性も決まりました。少なくとも後三話ぐらいはスルッと出てくるはずです。お待たせしてすみませんでしたorz




