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朱血姫  作者: ガチ無知
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李承晩

暗い室内の中央には大きなベッドがあり男が寝ている。傍らに人影がある。小さな影だ。影が一歩近づいたせいで、窓から入る月の光に照らされた。影の主の瞳が紅く光っている。瞳は静かな怒りを湛えていた。影の左手が動くと寝ている男の喉仏を押さえた。いきなり万力のような力で喉を掴まれて、男は驚き目を覚ました。首が微動だにしないので、男は必死に動かした眼球の端で影の主を見る。眼を紅く光らせたおかっぱ頭の幼い少女であった。朱である。


「おまえが李承晩か?殺してやろうと思い、私はここに来た。」


男の眼球が一層見開かれた。少女の言葉に嘘はないと感じた。それほど絶対的な力が喉に伝わっている。男は失禁した。少女はアンモニア臭を感じ、更に口を開いた。


「騒がぬか?」


ただ一言だけの問いかけには絶対的な拘束力があった。男の顔も眼球も充血を始めていた。男は血走った眼で必死に意思を伝えようとした。喉の戒めが解かれて男は咳き込む。暫く肩で息をしていたが、時間とともに少しずつ落ち着いてきた。男はしわがれた声で、少女の話した英語で聞き返した。


「あなたは誰ですか?どうして私を殺そうと思いましたか?」

「お前には心当たりが沢山あるだろう?お前は自分の権力を守るために、祖国の民をどれだけ殺した?あ?」


自分を睨んだ小さな瞳に、逆らえない力と自信を感じ取った男は正直に話すことを決めた。それだけが自分が助かる道であると男は感じていた。


「今の韓国はアメリカが作った、資本主義を守るための傀儡政権です。私がアカの奴らを根絶やしにしないと、韓国はアメリカの後ろ盾を失います。私のしていることは、韓国を、国を守るための行為です。」

「う、そ、を、つ、く、な。」


吐き捨てるようにそう言った朱は衝動的に男髪の毛を掴む。男の頭の中にザズッという音が響き頭頂に痛みが走る。相当量の毛髪が抜けた音だ。男は必死で、ヒィ!という叫びを飲み込んだ。


「済州島の島民の殆どがアカだというのか?それはどうやって調べた?人の命を奪うに足る確証をどうやって手に入れた?殺戮命令を出したのはお前よな?やはりお前は殺すべき人間だな。」

「ま、待ってください。私を殺しても今の体制は変わりません。首の挿げ替えをしてアメリカは現政権を維持します。行うことは一緒です。」

「争いを起こして人々を殺すのは、いつもお前ら男だ。よいか。考えてみろ。女や子供や、普通に家族と暮らしている男たちもだ。自分の国が社会主義国になろうが、資本主義だろうが関係ないのだ。作物を作るものは天気のことがよっぽど心配だし、魚をとるものは魚の群れに自分の船がぶつかることを切に願っている。お前らはそういう民草が必死に暮らして生きている上に胡座をかいて人殺しを楽しんでいるだけだ。私は元々は日本人だ。しかし、今は人ではないものになった。だから、日本のことなどどうでもよい。私は人間が好きだ。愚かで弱い存在だが、必死で毎日を生きて死んでいく。一部の幸運な人々は自分の人生を振り返り、悔いはなかったと満足げに死んでいくのだ。私はそのことがすごく羨ましい。自分にはそんな満ち足りた死は来ない。だからお前ら政治家が人の命を蔑ろにするのが何しろ我慢ができぬ。どれだけの贅沢を持っているのか、お前は判っているのか?私はどこの国の元首も殺すことが出来る。この国に来るための身分証明はマッカーサーに書かせた。私が今日ここを去った後、十日後気まぐれにお前を殺しに来たとして、お前がどんな厳重な警備を敷いていても私はお前を殺せる。私はお前が犯してしまった罪に興味はない。お前の言う通り、お前を殺しても首の挿げ替えが起こったら、また私は新しい指導者を脅しに行くだけ面倒だ。お前は全精力を注いで、今の馬鹿な殺戮をやめろ。そして、この戦争も極力犠牲者を出さないように決着をつけろ。あまりもたもたしていたら、お前の寿命が縮むだけだ。もし必要と感じたら、私は金日成もトルーマンもスターリンも毛沢東も殺しに行く。いいか。お前ら人間は満ち足りた死を目指すことだけに精力を注げ。それ以外は許さん。」


首を締められた名残りで、咳き込んだ男が顔をあげると少女はもうそこにはいなかった。男の額には一筋、髪が抜けた箇所から流れ落ちた血の滴りが見て取れたが、本当の死に直面して吹き出た冷や汗の方が遥かに大量であった。


港に繋がれた鬼神丸船室の柱に背中を預けて、朝飯を食べる菊千代とフランクを眺める朱はどこか不服そうであった。健太がそんな朱の態度に気が付き、声をかけた。


「なぁん?どうしたんや?昨日上手く会えたんやろ?なんで不満そうにしてるん?」

「うーむ。昨日李承晩に会っただろ?話してみたら、フランクが言っていたとおり李承晩を殺しても別の人間に挿げ替えられるからキリがないんじゃな。それと、李承晩には罪悪感どころか、迷いもなかった。自分がやらなくても誰かやるだろう。というのと、同胞の存続のために、多少の犠牲はやむをえない。という大義が成り立ってしまうのかの。わしらは罪もない人々が傷つけられるのが許せなくてこんな事を始めたが、本当に正しい行いかどうか迷いが出てきての。なんというのか、戦争などがな、知れば知るほど自然に始まること。というもののように感じてきてな。乱暴な言い方をすれば、営みの一種なのかなと思うての。わしらは神ではないからの、そこまで干渉して良いのかと迷いがでてきたのだ。フランクはどう思う?」


やはりこういうときは、世間の知識が豊富なフランクに質問が集まる。フランクは充分に考えてから口を開いた。


「そうですね。社会を作る生物は人間だけではありません。類人猿や哺乳類にとどまらず、蜂やアリなど昆虫にも多く存在します。チンパンジーは別の群れを襲い、同胞を殺して捕食します。蟻に至っては、別の群れを襲い捕食し幼虫を奪って育てて奴隷として使役します。そういう事を考えると、今起こっている済州島の事件や戦争も十分ありえる営み的行為と言えるかもしれません。ただ、人間は学ぶ生物です。過ちを後世で活かさないと、人間として恥ずべきことではないかと思います。そう考えると、今の争いも営みだと決めつけ放置するのは違うかなと思います。ただ、朱さんの言う通り、一方的な価値観で断罪するのは、ある意味神の視点です。それも大きな過ちに向かってしまう危険がありますよね。非常に難しい問題です。」


フランクにしては珍しく結論を避け黙り込んでしまった。その沈黙を破ったのは珍しく菊千代であった。


「やっぱり、まずは知ることから始めたら良いと思います。私達も人間の心を持っているのですから、こんな状況に遭遇すれば見過ごすことは苦痛です。そういうときは、最低限の脅しを原因となっている権力者に行うことにとどめて、旅を続ける。というのでどうでしょうか?様々な国の様々な人々の暮らしぶりや考え方を知っていく上で、我々の気持ちも固まっていくのではないかと思うのですが。」


菊千代の言葉の後、四人は沈黙の中に沈んでいった

吸血少女の話が書きたい。そう思いプロローグの情景を思い浮かべたのが二十年も前です(笑) そのまま放ったらかしにしていたものを肉付けして書き始めたのがこの作品です。当初はフィルムノワール的に、夜の眷属の黒い世界観を書きたいと思っていただけなのに、時代背景がアレでした。そこから考えると様々な事件や人物がいて避けて通れずもうすっかりおかしなことになっています。読んでくださっている方は少ないですが楽しんでいただけているのだろうか。とても孤独で不安な作業を続けています(^_^;

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