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朱血姫  作者: ガチ無知
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若狭の浜

朱は割合のんびりとしたペースで帰路をすすみ、二日掛けて東京から帰ってきた。これから長期間日本を離れるかもしれないから、少し未練を覚えていたのかもしれない。浜に降りると既に御神船は浜辺に引き出されており、健太が船尾について作業していた。朱が思っていたより船は大きく、全長は二十メートルを超えている。船首と船尾が高く、中央が低い反った船体だ。櫛切りにして剥いた玉ねぎ皮のような形をしている。船底から船体の縁までは高いところで五メートルぐらいあるだろうか。帆柱は一本で四角い帆が掛かっている。帆柱の後ろに本来は小屋状のものを乗せるのが一般的だが、祭事用として割り切ったのか、襖や戸のようなものはついておらず、東屋のように吹き抜けている。この時代の帆船に一番詳しい菊千代が船の傍らに立って、横にいるフランクと船体を見上げながら何やら説明をしているようだ。朱は一足飛びで船尾の健太の横に飛び移った。


「朱おかえりー、どやった?話し合いは上手くついたん?」

「おお。上々であったよ。これをみてみろ。」


少し自慢げに皮表紙の公文書を見せる。健太は一瞥して視線を作業に戻す。頭の中で再生した映像を読みながら、感嘆の声を上げた。


「おぉ。これやったら連合国側の国は全て自由に行き来できるなぁ。菊千代も喜ぶと思うわー。フランクも一安心やな~。」

「それで健太は何をやっているのだ?」

「んふふ~。これなぁ。三嶽で言うとった大型の櫂や。芯目が通っとる育った樫を見つけたんや。人の力じゃ動かせへんけど、わしと朱の力なら楽に使えるやろ?」

「ほほぉ。しかし良い木が見つかったの。」

「そやろ~。」


健太は割りと凝り性のようで、直径十センチほどの円柱は朱と健太の手の大きさに合わせて手元の方だけ細く握りやすく工夫されて、表面はきれいに磨きあげられていた。柄の先端には畳ほどの大きさで水に強い栗の板が取り付けられていた。力自慢の男でも掻けないであろう。太い縄が輪の形に船尾に括り付けられている。この輪に通して櫂を繰るのだ。東屋の屋根には台が据え付けられ、大きなたらいが二つ置かれている。雨水を貯めるためだ。東屋の床には一メートル四方ほどの穴があり、はしごが取り付けられている。はしごを降りると二十畳ほどの空間があった。空間の中央に大きなござが敷いてあり、枕と掛け布団が畳んで置いてある。。フランクと菊千代の寝起きのためだ。空間の隅にコンクリートブロックで組まれたかまどがあり、大きな水瓶が一つ転がらないように縄で括り付けられていた。菊千代とフランクは飲み食いが必要である。朱が船内を見ていると、フランクが顔をのぞかせて、他に何が必要かと聞いてきた。


「そうじゃのう。魚はわしと健太でいくらでも取れるゆえ、米と調味料と煮炊き用の炭が大量にあればいいのではないかの?おぉ、そうだ。帆柱に細い竹を継ぎ足しておくと良いかもしれんの。わしや健太がてっぺんまで登れば遠くまで見通せる。」

「わかりました~。そうすると、竹を取り付けたら準備完了です。」


健太が竹を取りに山に入っている間に、ござに車座になって三人で話をする。


「で、菊千代よ、ぬしは具体的にどういう方法で、日本と世界を混ぜていくのだ?」

「うーむ。すみません、私にも判りません。あれからずっと考えているんですけど。全く見当もつかないので、違う方法を考え出した有様です。私は百年、皆さんと知識がずれています。考え方も古いと思います。まずは見て吸収することから始めたいと思います。」

「まぁそうであろうな。わしも、人間の愚かな所業には、長年腹を立ててきたがどうすれば良いかなぞ考えたこともなかったしの。菊千代は百年無駄な時を過ごしてきたのだ。休みが得られたと思って楽しむが良いだろう。フランクはなにか希望とかないのかの?」

「私は、私の人生は既に終わっていたんです。しかし朱さん、あなたとの出会いが私を救ってくれました。私が犯した罪は償えるものではありませんが、残りの人生を世界の人々のために使っていけたら良いと思っています。その目的のためには、朱さんたちと行動を共にしたほうが良いと私は思っています。菊千代さんの望みが、世界から争いをなくしたい。のであれば、私もそれをお手伝いしたいと思います。」

「そうか。歴史を知れば知るほど、人間は失敗を重ねてきた。もう少し学んでもいいと思うのだが、一部の人間の欲がそれをさせないでいるような気がする。何しろわしはずーっと一人でおったから、こんな大勢で旅をするだなんて、楽しみでたまらんのだ。色々知っていきながら、仲間で話し合い進んでいければいいと思う。」


朱はニカっと笑いながら趺喬を思い出していた。朱が満面の笑みを浮かべたのは何百年ぶりのことであろう。そして、健太が二十メートルはあろうかという青竹を担いで戻った。鉈で枝葉を落とし十メートルほどに切断する。根本の一メートル位のところをコの字に切り抜き帆柱の先を挟み込むような形に加工した。そろそろ日も傾いてきている。朱がスルスルと帆柱を登って先端にたどり着いた。健太はこともなげに槍のようにして、大きな竹を朱に向けて投げる。朱もこともなげにそれを受け取ると帆柱にはめ込み、太い麻縄と針金で固定した。朱の力で締め込んだのでガッチリと取り付けることが出来た。朱はそのまま竹の先端まで躊躇なく登る。平泳ぎのような形で、両足裏で竹を左右から挟み込み、腕を胸で組むような形で手のひらと胴体で前後から挟み込む形で身体を竹に固定する。帆柱は二十メートル近い高さに延長されていて、そこに三十キロはある体重の朱が取り付いているのだ。海上ならまだしも、少しでも竹がかしいだら、砂浜に簡単な台で置かれている船は倒れてしまうだろう。ところが、竹は見事に直立し微動だにしない。驚愕的なバランス感覚と体幹の為せる技である。ちょうどそこへ、長が様子を見に浜へ降りてきた。竹の上に取り付いている朱の姿を見て、慌てて坂をまろびつつ駆け下りる。何時になく上機嫌の朱は、水平線に沈む夕日に照らされながら、言う。


「おぉ。流石に良い眺めじゃ~」

「海神様ぁ~!」


狼狽えた長の声を聞き、朱はスルスルと竹を降り安定している辺りで帆柱を蹴ると、長のもとに降り立つ。


「海神様ぁ!近所の眼がありますもんでぇ!」

「おぉ。すまんすまん。わしも久しぶりに浮かれてしまった。ほら、これを見ろ。マッカーサー直筆の文書だ。わしら四人がアメリカの同盟国なら、どこでも出入りできて滞在できて行動できるよう、アメリカが各国に示した身分証だ。」


自慢げに掲げた文書を長は覗き込んだが、


「わては英語はからっきしなもんで判りませんが、海神様またマッカーサー元帥にお会いになられたんで?」

「そうじゃ。わしは平安後期の人間、菊千代は江戸後期、フランクは逃亡陸軍関係者。渡航証なぞ作れぬであろう?今日本は占領されているからの。占領軍の最高司令官なら、大抵の無茶が通る。東京までひとっ走りして書いてもらった。」

「ふ。ふぇへー。う、海上様のなさることには、私も毎度驚かされまくりですわ。」

「それでの、明日の朝早く発つことにした。」

「あぁ、そうでっか。そうでしたら、明日の朝わしら男衆を浜に集めますわ。船を海まで運びますさかい。」

「いやいや、それには及ばん。わしと健太でこのくらいの船なら持ち上がるわ。」

「ふぇ。へぇ。そうでっか?いや、ほんま驚きますわ。それでは、海神様。旅の道中お気をつけて行ってらっしゃいまし。」


そう言って深々と頭を下げる長の肩に手を置くと、色々と世話になったな。と感慨深く朱が言った。

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