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朱血姫  作者: ガチ無知
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四人の生活

四人の新生活は概ね順調に始まった。見かけ上は、十二歳の健太と十代後半で若衆髷の菊千代であったが、ともに精神的成長度は同じぐらいなので話が合うようだ。菊千代の世界を見たいという夢の話に、健太は興味深く聞き入っていた。健太のような小さい漁村で育った十代前半の少年には夢を思い描くという発想がないのだろう。せいぜい腹いっぱいごちそうを食べてみたいとか、カッコいいオートバイや車を手に入れて自由に走り回りたい。そんな程度だ。朱と行動をともにするようになって、当分の間朱と一緒だと考えていたのもあって、なおさら先のことを考えることがなかった健太にとって、世界を見てみたい。という言葉自体を初めて聞いた時、言葉の意味を理解するのに数秒掛かってしまうほどであった。そこに追い打ちをかけるように、考え方や習慣、人種の血がもっと混ざりあうことがあれば、世界の争いは減っていくのかもしれない。自分はそれに一役買いたいので操船の経験を活かして世界を回り様々な国の人々と交流が持ちたい。と、言われたものだから、健太は少しだけ菊千代に劣等感を覚えてしまった。それでも、よほど菊千代の考えが鮮烈だったのであろう、健太は劣等感を好奇心でねじ伏せると、菊千代の考えについて沢山の質問をし、また、多くを語り合った。そんな二人を見て朱がつぶやく。


「四人で日本を出てしまうのもありかもしれんのう。フランクは目立つ故にあまり外出もできぬしの。心が腐ってしまうであろう?健太も聞きかじった知識だけではなく、様々な体験から学ぶことも多いと思うしの。フランクはどう思うか?」

「そうですね。ラジオからの情報だけですが、今年のはじめに朝鮮戦争が始まりました。アメリカや欧米諸国の資本主義国が、ロシア、中国の共産主義を恐れて始まった争いを、北朝鮮と大韓民国を利用して始めたいわば代理戦争のようです。私達ユダヤ人は、ナチスから逃れた先のこととしてアジア諸国のことを少し調べていました。終戦を迎えたのと、あれからだいぶ年月も経ったので、だいぶ様変わりしているかもしれませんが、密出国してどこかの国へと言うのであれば、台湾を経てフィリピンを目指すのが良いと思います。もし私達が誰かに見咎められたら、私は北朝鮮に囚えられていて逃げてきたアメリカ系ユダヤ人だ。と言えば、信じてもらえると思います。菊千代さんはマメに剃髪をして修行僧として、各国の寺院を船で訪ね歩いている。朱さんと健太さんは、菊千代さんに雇われたガイド兼通訳として、一緒に日本を発ったという役柄ではどうでしょうか?朱さんと健太さんの絶対記憶があれば、台湾語や英語の辞書に目を通すだけで筆談は可能だと思います。その三人の船と、北朝鮮から逃れ漂流していた私が偶然出会い、ともに旅をしている。という筋書きで信じてもらえますかねぇ?」

「いや、わしは方法論ではなくて、ぬしらにとってその旅が好ましいかどうかが聞きたかったのだがの。すっかりその気のようじゃの。」


朱は言うと少し笑い、健太にも尋ねる。健太は少しはにかみながら、わしも外を見てみたいと頷いた。そして思い出したように、朱に尋ねる。


「血契三家はどないしますの?」

「そうじゃのう。菊千代のことも合わせて、暫く日本を留守にする。と正直に話して見るかのう。わしの存在にあやつらは依存して居ったからの。素直に納得するかわからんの。ちょうど時期もよいし、今晩あたり行って話してみよう。」

「相応の規模の船も必要だしの。何年か掛けて準備を進めんといかんの。おぉ、そうじゃ。旅券の事じゃがの。マッカーサーに頼めば都合してくれるのではないかの?どうじゃろ?」

「 おぉ!もしそれが可能なら、私達の市民権と言うか国籍や旅券問題も解決できるかもしれません。」

「そうか。なかなかいい考えかもしれんの。ちょっと行ってくる。」

「え。どこへ行きますか?まさかマッカーサーのところへ?」

「いやいや、流石にそこまで性急ではないぞ。台湾語と、フィリピン語と英語の辞書をとりあえず買うてくる。」


朱の言葉に、慌てて浮かした腰を下ろしたフランクであった。辞書を手に入れた朱が戻ると、朱と健太に菊千代の三人は早速、語学習得に取り掛かる。朱と健太が先に一ページずつめくりながら辞書をすべて読む。菊千代には朱と健太ほどの絶対記憶力はなかったので、朱と健太が目を通し用済みになった辞書を熟読する。三人には英語の音は全く判らないので、フランクが質問を英語で書いて、英語で答えを書かせる。その都度フランクは、基礎的な文法や細かい特殊ルールを教えていく。三人共一週間もすると基本的な会話は可能なほど筆談は上達した。フランクは説明にあたり、質問文と彼らが作った文章を読んでいたのだが、朱と健太はネイティブな発音で会話まで出来るようになった。朱はそこで、一旦区切りをつけて血契三家を訪ねるため、小屋を出た。


血契三家の本家の玄関に立った朱は人を呼ぶ。出てきた家長の妻にそれぞれの家長を呼びに行かせて、部屋を用意させる。それぞれの家の長と朱が通された部屋で相対した。朱は口を開く。


「実はの、百年ちょっと前に瀬戸の海で瀕死の若者に出会った。ぬしらも聞いておろうが、掘り返した健太にわしは血を混ぜて生き返らせたじゃろ?あれと一緒の理屈でその若者も胸から下はフカに食われておったがなんとか助けられた。ところがあまりの怪我だったので、回復が完全ではなかった。で、まぁその若者とは生き別れになったのだが、ある伝手で帝国陸軍の残党が不死身兵士を作る計画のために、秘密実験に其奴を使っておったのだ。わしが救ってやった為に永劫そのような実験に苦しむのも気分が悪かったのでの。わしは其奴を救いに行ったのだ。すると研究者が沢山の犠牲の上で実験を行っていたから、今更やめるわけに行かないと血涙を流して訴えおった。わしもなんだか気の毒になっての。昭和天皇に会いに行って一筆書かせた。」


ぽかんとする家長三人。


「へ、陛下に命令をされたと?」

「そうじゃ。いくら国のためだからと、人の命を弄んで良いことはない。しかもわしが関わった人間がそうされておったら、わしが止めさせたくなるのも当たり前のこと。少しそのことを説教してやった。そうしたらの、実験のことは天皇には知らされてなかったことであった。それで、書いてもらったメモを研究者に見せたらの、陛下の勅命であれば実験の中断もやむを得ない。これで実験を止められる。と少し救われた様な顔をしておった。ところが欲が出たのかの。今度は陛下の命の保障が確認できないと死んでも死にきれんという。乗りかかった船で仕方なく、今度はマッカーサーに会いに行った。」


あまりの展開にのけぞって放心する家長三人。


「ま。マッカーサー元帥に?」

「そうじゃ。ずいぶん沢山の歩哨をつけておったが、わしにはなんでもない。寝室でふたりで会うた。わしは英語がわからんかったでの、通訳を呼ばせて話をした。わしは国同士の争いに首を突っ込む気は毛頭ない。だが、天皇の命を保証しないと、わしの柵がどうにも上手く断ち切れん。だから、戦犯裁判に置いて天皇の命を保証しろと一筆書けと言った。」

「元帥に一筆書けと?」

「そうじゃ。聞けぬのなら、ぬしの国の元首を今から殺しに行ってもいいぞ。わしには造作も無いことだ。と脅してやった。マッカーサーは確かにあなたなら、それが可能でしょう。しかし、既に戦犯裁判は終わっていて、しかも天皇の罪は追求しない。ということで決着がついております。ということじゃった。それでも、わしの柵は終戦前から地下に潜り愚かな工作活動を行っている。わしが話して聞かせたところで、耳を貸すとは思えない。とりあえず天皇の命を保証すると一筆書け。と言ってやった。」

「は。はぇー」

「で、まぁ苦労の甲斐あっての。その研究者にも協力してもらって、その人間を完全な形で回復させることが出来た。それで身柄を貰い受けてきて一緒に暮らしているのだがの、急に外国を旅していろいろ見て回りたい。と言い出しおった。わしも其奴のことが哀れに思えての。わしのせいで、死ぬことも出来ず何十年も切り刻まれて行きてきおったのだしの。わしは其奴の希望を叶えてやることにした。健太にも世界を見せてやりたいしの。じゃから、当分の間三家には顔を出せんが問題ないかの?」


肝を抜かれた三人はのけぞったまま、頷くよりほかはなかった。

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