三人の暮らし
三人が生活を始めて間もなく、日本は敗戦し第二次世界大戦は終結した。日本はひどく混乱して食べるものもままならず、都市部は戦災孤児が溢れた。しかし政府にも大人たちにも手を差し伸べる余力もありはしなかった。そんな時期だったので、たまに山から降りてきて肉や魚の加工品を売りに来る兄妹がいることは、噂になりこそすれ問題にされることはなかった。
R-75は焼いた炭を荷車で運ぶために切り拓いた小道の途中に置いたままにしてあった。小屋の手前で雑木が茂ってしまい立ち往生したからだ。人目につくとまずいということで、朱と健太が横にして持ち上げて木々の間を小屋まで運んだ。燃料も手に入らず、唯一運転できるフランクも外国人なので、人目につくし以降乗られることはなく放置された。フランクは名残惜しそうに、たまに工具や油などが手に入ると出来る範囲で手入れをした。もちろん健太も手伝い、発動機の仕組みなどをフランクから学んだ。
三人の生活は思ったよりもうまくいっていた。フランクの父親は倹約家であった。フランクが幼い頃から自家菜園を行っていて、技術を仕込まれていた。朱や健太が取ってきた猪や鹿を、炭焼き窯を改造した燻煙室で、ハムやベーコンに加工し町に売りに出た。日持ちがよく味も良かったので加工肉はよく売れた。鹿の腸を用いたソーセージも作ってみたが、香辛料がないから味が作れないと、意外なほど頑なにフランクが言いはり以降作られることはなかった。鮎や鱒の燻製もよく売れた。冷蔵技術が浸透してなかった時代なので、日持ちがして旨いものは人気があった。彼らは売って金に変えたり、農家では穀物や野菜などと交換した。小屋の前の土地を耕し、じゃがいもや香草を栽培した。鶏も飼った。生活が二年を越えた辺りで、フランクの口に入るものは完全に自給自足が可能なほどの、生産性を実現していた。
フランクは朱と健太に、小中学校程度の学習を勧めた。フランクは褒め上手で教え上手だったので、勉強嫌いの健太もよく学んだ。朱も健太も知識や映像、音感などあらゆる情報に関して絶対記憶を持っていたので、その場で理解できない場合も、後の学習で得た知識から全てが一瞬で氷解するように理解が進み習得することも、ままあった。フランクはその現象を見て驚きもしたが、羨ましがりもした。
三人の生活が五年も経ったころには、特に役割分担の話し合いなぞなかったが、朱と健太は一昨年の何月の何日にこんな陽気だった、そしてフランクがいい頃合いだと言うので、種芋を三人で埋めた。だから、種芋埋めるなら頃合いじゃないの?終止がそんな状態だったので、分担は自然ときっちり決まっていった。フランクには、その日の朝に今日は何をする日と秘書のように朱か健太に指示をされることが日常になっていた。微細な天候状況の把握を超感覚が可能にし、千数百年の膨大なデータが絶対記憶として記録される。そのデータを元に行う朱の天気予測は、驚異的な確度で的中する。彼らの農作業は超高効率を実現していて、かなり余暇の時間を取ることが出来た。中学卒業程度の一般教養は二人共早々に習得してしまい、現在はねだられてフランクの持つかなり高度な生物学や遺伝学などを二人に伝えるようになっていた。三人のお気に入りである縁側で寝転がりながらフランクが思いついたことを訥々と話す。話している途中で話題が飛躍することもしょっちゅうである。それに対して、朱や健太が閃いたり疑問に思ったことを口にしたりした。そしてまたそこから話が脱線する。傍から見ていると非常に非効率な学習方法の様に感じる。実際フランクは最初筆記用具などを用意して、式の作り方や計算方法を教えてみたが、最初の一度だけ書いてみせるだけで充分な事に気がつき今のスタイルに落ち着いた。今では、フランクが自ら行っていた研究での疑問点を投げかけてみると、ハッとするような推測や質問を返されることも珍しくなく、フランク自身の研究に対する解釈も、深まっているような状況であった。フランクにとって朱と健太は師と教え子というよりは、共同研究仲間という感覚に近くなっていた。また会話の内容は日増しに深まっており、フランクが実際考えていたことや行っていた研究に触れることも珍しくなくなっていた。そのせいか、口にするのを控えていた、強化兵士の極秘実験のこともポツポツとであるが話題に上るようになっていた。
「君たちほど強力ではないが、地球上でも不死性に近い回復力を持つ個体がいました。一体だけだが、研究施設に検体として確保していた。変な髪型をしている少年でした。陸軍の研究者の話では、江戸時代の若衆髷という髪型だそうで。」
そう言ったフランクに、ガバっと身を起こした朱が少年の名を問い詰めた。
「え!えーと。なんでしたか。日本の花の名前ですね。えーっと」
「菊か?」
「はい!そうですそうです。菊です。菊なんとか。えー・・・・」
「菊千代か?」
「はいはいはい、そうですそうです。え?なんで朱さんが知ってるんですか?」
「死にかけておった菊千代を救ったのはわしじゃからよ。」
今度はフランクが身を起こす番であった。
「ま、まさかそんな!信じがたいです。菊千代には朱さん達のような回復力はありませんでしたし、超感覚も、人血を摂る習慣もありませんでした。それどころか、自分がどこの誰だかという記憶もほとんどなくて、知性も乏しかったです。」
短時間で、菊千代が朱の仲間であるとは考えにくい根拠をズラッと並べたところは、やはりフランクは研究者であるということか。暫くの間、沈黙が流れた後、朱が口を開いた。
「海神参りでな三月に一度は怪我をして来るやんちゃな坊主がおったのだ。少しひょうきんな坊主でな。健太によく似とった。そのやんちゃ坊が、屋根から落ちて腕の骨を折ってな。折れた骨が肉を突き破って外に出てきておった。出血も酷くてな。わしの元へ来たときには、すでに青い顔をしておった。痛かったのだろうな。土のついた顔が、涙の流れたところだけ洗い流されて居るぐらい大泣きした跡があった。血を吸うてやってな痛みが引いた途端、ケロッとしてな。ほれ、子供というものは熱を出したり怪我をしたりすると、母親に甘えるであろう?その坊もな、母ちゃんみかん食いたい。とか母親に抱かれて帰る時に、いきなり言いだしおってな。馬鹿だねこの子は!まだ暑い盛りじゃないか。みかんなんてまだ出回らないよ!とか頭を小突かれておったわ。それでわしも気まぐれを起こしてな。次の満月までに四国にみかんを取りに行こうと思ったのだ。それで、四国へ渡るのに赤穂の沖を泳いでおったらの。徳川の終わり頃だったかの。経緯はわからぬが、首から下がほとんど失われた若い男が漂っておっての。まだ心臓もかろうじて動いて居ったからの、助けられるか?とそいつを抱えて近くの小島に上がったんじゃ。おそらくサメかシャチに食われたんだろうの。短時間で食い散らかされたから、まだ死にきれてない。そんな感じじゃった。島に上がってすぐにわしは手首を噛み切り滴る血を傷口に落としてやった。わしの血を人に混ぜたのはその時が初めてだ。心臓も肺も殆ど残ってない状態での。血が混ざった後、すぐに傷口は塞がったが、首から下は鎖骨の周りがかろうじて残っている。そんな歪な状態のまま暫く変化はなくての。身体が全て再生するまでに、半年以上の長い時間がかかった。なぜだかわしのように人血も欲しがらなくての。動けないそやつの為に仕方なく海神参りの合間を縫って、人の住まぬその小島に半年もの間、魚や果物を取ってきては、そいつの口に運んでやった。口がきけるようになってからも、色々聞いたが名前ぐらいしか覚えておらんで、なぜ死ぬ怪我をして海を漂っておったのかもわからずじまいじゃった。菊千代は身体が再生されてからもほとんど動けなくての。何しろわしがかかりっきりで長い間ついてやったのじゃ。それが仇になったんじゃの。毎月毎月海を泳いで渡る幼女が居る。物の怪に違いないという噂が立ったんじゃろうの。武士の1団が大規模な海狩りを行っての。仕方なしに、菊千代を置いてわしは沓島へ戻ったのじゃ。確信があったわけではないがの。血は必要ない、何も覚えてない、超人的な能力も発揮してない。となれば、海狩りの連中に保護されるのではと思ったんじゃ」
「非常に!非常に興味深い話です。私があなた達に推論を話すのは、二度目になりますね。少しまとめるので待っててください。一時間ほど。」
情報が増えて、複数の事象が絡み合ってくると、推測には様々な角度から整合性を求められる。フランクは胡座をかいた姿で俯きながらブツブツと長い時間考え始めた。




