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朱血姫  作者: ガチ無知
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カンターフランケル

「あけー!いつになったらわしの訓練始まるんや!もう退屈でかなんわぁ。」


朱は小屋の縁側で陽に当たっていた。これから健太が万が一、一人になっても幸せに過ごしていけるように何をどう教えていくべきか。それを考えているうちに、五百年以上前に一緒に暮らした趺喬との記憶を読み返していた朱であった。当時、朱への指導を行っていた、趺喬がどういう場面で、何をどう話したか。一言一句正確に思い出せるので、趺喬が何を思い何を望んで朱にそれを言ったかが、今の朱には手に取るように解った。趺喬の朱への愛情や思いやりが、しみじみと感じられて朱の心が暖かいもので満たされていく。その喜びに耽っていた最中に、健太の叫びで現実に引き戻されたのだ。やれやれと身を起こすと、訓練の説明をするために健太のもとに向かった。


「よいか?くれぐれも気をつけるのじゃぞ。人に健太の存在を気取られたらいかんぞ。それが今日の目標じゃからな。この方角に二十町程行ったところに大きな川がある。音が聞こえるよの?その少し手前で森が途切れて道にぶつかる。健太は森から出ずに木の上を移動して道沿いを左に進め。そして五人の人間とすれ違ったら帰ってこい。人が猿か鳥だと勘違いすれば良い。そのためには眼で見ようとせずに、五感を研ぎ澄まして、人がどこに視線を向けているのか?どこに注意を向けているのか。それを感じながら、その裏をかくように行動するんじゃ。よいな?見つかってはならぬぞ。」


わかったわかったとうなずく健太の首から上は朱の方に向いてはいるが、首から下は朱が指し示す森の方角へ向いている。無理もない。心はまだ十三歳の少年なのだ。我が身に備わった超人的能力を単独で試す機会に興奮してしまうのも無理はない。朱がため息をついて、良し、行け。と言う前にジャッという音とともに健太は跳躍していた。十メートルほどを一気に跳ぶと、狙った木の幹を左足で蹴った。右斜め前方に向けて加速する健太は、次に狙った木の幹を右足で蹴る。交互に木の幹を蹴りながら、健太はあっという間に茂みの中に消えていく。あとは断続的にゼッ、ゼッという軽い音が少しずつ遠ざかっていった。まだガキよのぉというため息顔で健太を見送った朱は、縁側に寝そべると改めて、趺喬との記憶を反芻し始めた。


木々を縫うように健太は高速で移動していた。朱が枝のたわみを利用することで、あまり力を使わずに効率よく移動していたのとは違い、健太は脚力に頼った移動速度重視の方法を採っていた。急速にコツを会得していき軽いテッテッという音を立てるのみで跳躍している。子供が石を投げて水面を何度も跳躍する様に、軽やかに左右の幹を軽く蹴って進んでいる。空気抵抗を減らす工夫なのか、地面に対して三十度ぐらいの前傾姿勢を保ったまま上半身はほとんど動かさずにいる。高速で淡々と木を蹴る様は、無駄のない精密機械のようだ。しかしよく見ると、水を得た魚のように健太は生き生きとした表情を浮かべていた。ただの人間だったら空想もしなかったような機動を、超人的な身体能力が可能にしてくれている。そしてその経験は全て緻密に記憶されていき、そこから生まれた新たな発想を身体は正確に実行して、新たな機動を生んでいく。達人が山奥に何十年も籠もり仙人のような修行の末、会得する体術があっという間に実行されて高速に大量に経験として蓄積されていく。まさに怪物であった。ほんの数十秒で二キロの距離を移動し息も乱さずに一本の枝に着地した。健太は、数百メートル四方の、位置を把握できている人間たちの気配を伺う。このまま森の中を街道沿いに進み、課題である五人の人間を観察した後帰還すればいい。と、健太の耳に聞き慣れないトロロロロロという音が届いた。昭和の時代に機械に胸躍らない少年なぞ居ない。健太は胸を高鳴らせて待ち構えていると、見えてきたのはBMW-R75であった。ドイツの軍用側車付きオートバイである。木炭動力のバスでさえも見かけたら大喜びで走って追いかけるのが当時の少年の常である。日本では殆ど見かけないサイドカーに健太はすっかり魅了されてしまった。やがてR-75は健太の足元に停車した。操縦していた革製ヘルメットを被った男はゴーグルを外して左右を見渡す。健太は無意識に十メートルほどの高みからサイドカーの横に降り立ってしまった。偶然その跳躍の一部始終を男は視界に収めてしまう。健太はそれさえも気にもとめずに、キラキラした瞳をその男に向けると男に尋ねた。


「かっこええなぁ!これはなんていう乗り物なん?」

「ビーエンビーエアロフンオンジィツィシです。」

「え?え?なんやって?よぉわからんわぁ!きゃはははは。でもほんまかっこええなぁ!」

「あなたは、いまとても高いところから飛んだ!怪我はありませんか ?だいじょぶか?」


その言葉を聞いて健太は我に返り、しまったという顔をした。眼をくるくると動かしながらしばし考えて、


「あ、あたりまえやん!京都の子ぉはこれくらい朝飯前やわ!」

「それはどうでしょう。それより大事な話ですね。私は道を失いました。水がなくてとても困っている。君は飲水を汲める場所をしりませんか?」

「あー、家の近くに湧き水が流れてるけどぉ・・・」


言ってからまたしまったという顔をする健太。


「そこは近いですか?乗ってください。道案内をお願いします。」

「えぇっ!のってええの?ほんまにか?嘘じゃないか?ほんまか。夢のようや~。どないしょ。」


サイドカーの男は聡明なようだ。常人離れした健太に内心仰天していたが、さしあたっての目的のためと驚愕的な偶然に目眩さえ覚えたが、顔に出さずに話を進めた。そして、健太にR-75が餌になると判断し、すかさずBMWを餌に健太を取り込もうとした。紅潮した頬を両手で挟んでクルクルと高速で回る健太。風が砂を巻き上げて竜巻になり、健太が見えなくなる。発している音も人間が出せる音ではない。ヒュイィィィィィという、研究が始まってまだ間もないタービンなどが発するような、機械音だ。もう、何があっても驚くまい。こんな出会いは二度とない。慎重に話を進めないとと、逸る気持ちをギリギリと拳を握る力に変えて耐え、平静を装った風で健太の回転が止まるのを待った。超高速で開店しながら健太は朱にギッチリと睨まれながら、くれぐれも人前で超人的な振る舞いをしてはならぬときつく言われていたのを思い出した。喜びのあまり閉じていた瞳を開くと、自分は機械的な音を立てて超高速で回転していた。やってしもうたぁ!と思いながら瞬時に停止する。そのため、摩擦により草鞋から焦げ臭い煙がたった。停止した健太はサイドカーの男をちらりと一瞥した後、頭を抱えてしゃがみこんだ。先程からの一連の少年の仕草を見て、超人的な身体能力を持っているものの、精神的には見かけどおりの少年であるとサイドカーの男は判断した。また、誰か彼の目上の者から、その超人的な身体能力を持っていることはくれぐれも隠すように厳命されていることも感じ取れた。サイドカーの男はのんびりした口調を努めて


「今日はいい天気ですねぇ。」


と空を見上げてとぼけてみた。ゴーグル越しに一瞥すると、その発言に少年はホッとした表情を見せた。一晩未舗装路を走ってきて土埃で汚れていたのが功を奏したのだろうか。男は少年に畳み掛ける。


「どうでしょうか?近くなのでしたら、これに乗って湧き水の場所まで連れて行ってください。」


男は言う。健太はやはりさっき言われたことは聞き間違いではなく、自分はこれからこのかっこいい乗り物に乗れるのだ。と知り陶然とした表情を浮かべる。男はサイドカーに載せていたザックを肩に背負うと、どうぞと健太を促した。熱めの浴槽に強がって入るのを気取られぬかの如く、澄ました表情で座席に収まった健太は頬を赤らめて目を閉じたままだ。埒が明かないと悟った男は、


「私はカンターフランケルといいます。どぞよろしく。」


と、健太に握手を求めた。

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