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朱血姫  作者: ガチ無知
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趺喬との暮らし

朱が趺喬と出会ってから三月が経っていた。朱はとても良く働いた。持ち前の剛力で水汲みや畑作業はもちろんのこと、煮炊きや細々とした仕事も趺喬が教えると、すぐに飲み込み独楽鼠のように働いた。趺喬は朱から、眠る必要や食べる必要がないことは予め聞いていたが、朱は働きすぎだと感じ心配していた。日が暮れて趺喬が床につくと、朱も嬉しそうに横に敷いた布団に入り込んだ。それでも日が昇るよりずっと前に朱は起き出して働き続けた。趺喬は朱の起き抜けを押さえて、働きすぎであることを窘めようとしたが、朱の身のこなしのせいか趺喬が気づいて目がさめることは一度もなく、叱りそびれていた。趺喬はなんとなくだが察していた。飲み食いができなくなり、家族も失い五十年もの長い間、一人ぼっちで生きてきた朱にとって自分との出会いが嬉しいものだったのだ。出会ってから朱は自分のことを慕ってくれている。おそらく、父親に抱くような感情で慕ってくれているように感じる。朱は俺が褒めたり、喜ぶと本当に嬉しそうに、そして照れくさそうに微笑むのだ。だから、朱は懸命に働くのだ。俺に褒められたくて、喜ばれたくて。しばらく朱のことを注意深く観察してみたが、疲れたりする素振りは見つけられなかった。朱の言う通り、眠らずとも疲れないというのは本当なのだろう。朱がなるべく長く平穏に暮らせるように、現時点では他人との接触を禁じている。朱にとって今の楽しみは、ここで働き俺に褒められることだけなのだ。明日は少し変わったこともしてやろう。時期も良いし、茸や山菜採りに朱を連れて山に入ろう。自分は初の戦場で幼馴染が眼の前で殺された時に全てを捨てたつもりで生きてきた。しかし、今は少しでも長く朱の笑顔を守りたいと思っている。そう思いながら眠りに落ちる趺喬であった。


目覚めた趺喬は、縁側から降りると辺りを見渡してみた。しかし見当たらないので、朱と小さく呼んで見る。叫ぶ必要がないのは判っている。朱の五感は驚くほど鋭い。裏の鶏小屋の世話でもしていたのだろう、屋根を飛び越えて朱が降り立った。


「これ!おぬしがそんな天狗のように振る舞っておるのが、人の目に触れたら大変やろうが」

「おしょさん、大丈夫や。うちは目も鼻も耳も利くよってな。うちらから五町ぐらいのところに人はおらへんわ。」

「そ、そんなことも朱は判るのか。すごいのぉ。」


趺喬が驚くと、褒められたと思い朱が笑った。朱は大分幼い子供の仕草を見せるようになってきた。朱はいつしか趺喬をおしょさんと呼ぶようになっていた。その声音に父を呼ぶような甘えた親しみが混じっていて、最初は趺喬もこそばゆかったが、やっと慣れてきた。


「朱。今日は一緒に茸や山菜を取りに山へ入るぞ。」

「ほんまか!うちな、山のどこに何が生えてるか、どこに何が埋まってるか、どこに行けば猪や鹿がいるか全部わかるで!」

「ほうそうか。すごいおのぉ。ぎょうさん取れたら干して町に売りに行けるな。朱、頼りにしてるさかいな。」

「ええで。まかしとき。ぎょうさん取るで。」


朱は趺喬を見上げるとニカっと笑う。笑い方も趺喬を真似ているのだ。半径五百メートルに人は居ないという朱の言葉に安心して、趺喬は朱の手を取り山道へ向かった。朱とこうして手をつなぎ歩くのは、出会って以来のことであった。趺喬に大人しく手を引かれついて歩く朱はとても嬉しそうだ。趺喬が朱に視線を落とすと、気配で判るのだろうか。必ずこちらを見上げて笑っている。寺で寝起きを共にしてからは、なにやら距離が開いてしまった。大きく発言力の強かった寺の跡取りであった趺喬は、その時代にしては珍しく子守役をあてがわれて大事に育てられた。趺喬は賢い子供であった。大勢の弟子手前もあり、息子の前でもどこかよそよそしかった父母。腫れ物に触るように接する弟子たち。そう言った複雑な人間同士の距離感を感じながら育った趺喬は、穏やかで優しい子守役に守られながら心身ともに真っ直ぐに育った。そのせいもあったのだろう、眼の前での幼馴染の死は、趺喬にとって人生観が一気に崩れるほどの衝撃だった。全てを投げ捨てた趺喬にとって、朱との出会いは幸せなものだったのだろう。戦を放棄して廃寺に住み着いて以来、趺喬は心が満たされるような気分を初めて味わっていた。朱にとって趺喬は父の代わりのような存在になっていが、趺喬にとっての朱も娘のような存在になっていた。趺喬は、朱の未来がどうしたら少しでも明るくなるのか。温かくなるのか。そのことを頻繁に考えるようになっていた。朱の存在は、趺喬に親の幸せを擬似的に感じさせていた。朱の手を引きながら森に分け入っていた趺喬は、ふと足を止めるとしゃがみこんだ。ちょうど目線が同じ高さになった朱の目を優しく覗き込みながら、足元に生えていた椎茸を朱に差し出す。


「朱。これが椎茸だ。ちょっと湿った場所に立っている、椎ノ木や栗の木によく生える。どうだ探せられるか?」

「おしょさん。この匂いのする茸を取ればええんやろ?木の名前とか要らんわ。すぐ見つけられるさかい。ちょっと待っとってや」

「なんだ匂いで探せれるのか。すごいのお。でもあれやで。熊や狼もいるさかい、気をつけるんやで。」

「あんなぁ。朱は死なんのやで。熊や狼なんていちいち驚かんわ。」

「そうだったのぉ。それでもわしは朱が心配なんじゃ。理屈じゃないんや。まぁでも、肉も皮も売れるから猪がおったら捕れたらええなぁ。」

「わかったで、この山にある椎茸と猪全部取って来たるわ。」

「朱。そいつはあかん。よおく考えてみい?朱が口にできるのは人の血のみよなぁ?すべての人の血を吸い殺してしまったら朱はずっと飢えと渇きに襲われ続けるんやで。人でも猪でも、椎茸でもや。生きているから増えていくんや。減らし過ぎたら、もうその山では取れなくなる。そうならないためにも必要な分だけ取ればえんやで。椎茸はこの籠に一杯あったら充分や。猪は無理にとらんでええで。特に子連れの母猪は捕ったらあかん。」

「わかったわおしょさん。じゃぁ行って来るで。」


朱は趺喬から受けとった籠を小脇に抱えると脚だけを使って、二本の木を交互に蹴りながら高みにまで上り椎茸の匂いの強い場所へ向かって枝を蹴って跳んでいった。


「こりゃ、とんでもない味方を見つけてしもうた。」


趺喬は口をぽかんと開けたまま暫く放心してしまった。


朱はものの半刻ほどで、椎茸を籠いっぱいにして趺喬のもとに音もなく降り立った。趺喬はもう一度放心してから、我に返り朱に言う。


「のう、朱よ。ぬしはそれだけ身軽で音もなく跳び歩けるなら、気づかれずに人の背に取り付くことは出来るか?」

「そんなの簡単や」

「そりゃ良いなぁ。わしが寺で組討術の訓練をしていてな。人の気を奪う術を教わった。着物の襟をな背後からこう持って左右に引っ張るんや。そうするとな、首の横のところが左右とも絞まるやろ?すると血が頭にいかんくなって、人は気を失うんや。できるか?」

「出来ると思うわ」


朱が言うと、趺喬はニカっと笑って、


「万が一わしの血が飲めん時はそうやって人から血を分けてもらいぃ。おそらくそいつは狐に化かされたとしか思わんへんし。山狩りされることものうなるわ。」


朱にとっての平穏な生活への手段が一つ増えたことに喜びを感じる趺喬であった。

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