候補生たち
「今回、新しく入ってきた日本人の子供だ。名前は七海。精々可愛がってやるがいい」
転入生の紹介……という奴に、今の状況はひどく似ていた。
だだっぴろい部屋に、五十人の候補生がそれぞれ机や椅子に腰掛け、こちらを見ている。
和大文は七海を紹介するだけすると、教卓の椅子に悠然と腰掛けた。
小学校の教室……というよりは大学の講義室に似た部屋を、七海はぐるりと見回した。部屋の中は二百以上は収容できる席があるかもしれない。その有り余った席数の中、なるほど、派閥同士で固まって座っている光景が見られる。
一番前を陣取っているのは、欧米人の集団といったとこか。大柄な白人の少年を真ん中に、強面の
面子がにやにやと笑って、こちらを見ていた。
その斜め後ろは、ブルーレンズのサングラスをした風変わりの少年を中心に東洋系の少年たちのグループが集まっている。サングラスをした少年は興味津々そうにこちらを見ている。
その真横に離れた位置に、落ちついた感じのグループが見られる。人種は東洋系と欧米系両方いるが、何だか詩集でも読んでいそうな、文化系の匂いをさせる集団。彼らは同じような穏やかな笑顔を浮かべこちらを見ていた。
もう一つは、教室の真ん中を陣取っている女の集団だ。題名をつけるとすると、女王とその侍女といったところか。足を組んで、顎をそらせて、こちらを見下す態度の少女が目についた。
その他には、集団に属していない人間もいるみたいだ。五、六人で固まっている人間も入れば、孤
高を保つ人間もいる。
大きなグループは全部で四つになるのか。大抵はグループの頂点に立つ人間が総帥候補者だと言
っていたが、それ以外の人間も候補にあるということか。
「こんなガキ入れて、どうするんですか。大文様」
前を陣取るグループのリーダー格が不満そうな声を出す。
「私に文句でもあるのか?ギル」
「文句はないっすけど……」
ギルと呼ばれた少年は口を尖らせた。
「こんなチビに何が出来るんだか、三日で音を上げるのがオチっすよ」
「くくく……お前は何かと新人にケチをつけるな。こいつは、李焔の奴が妙に 買っていてね。まぁ、奴がそこまで言うのなら、と思って、ここに入れることに決めたんだ」
大文の言葉に、教室じゅうがざわめいた。
先程までにこやかだった集団も、少なからず驚きの目をこちらに向ける。中には敵意の混じった視線も感じられたのは、気のせいか。
「何だって李焔が……」
「確かに後継者教育には関与しているけど、後継者選びには全く口を出さなかったはずだよ?」
「何を今更……じゃあ、あの日本人は李焔のコネで入ったってことじゃねーか」
どうも自分は、今までの総帥候補者達とは、違うルートでここにやって来たらしい。
集団の目が、先程よりも驚きと、そして険しいものに変化していることに気がついた。
特に前にいる集団たちは、かなり殺気だっているのが分かる。
「くくく……初日から随分と敵が増えたようだな。お前がここで生き残れるか、私はとくと見物させてもらうよ」
「……」
昔、カブトムシをなどの昆虫を戦わせる遊びを、友人とやっていたことがある。
あれは楽しかったものだが、今の和大文はまるで昆虫同士を戦わせるかのように、ここの生徒たちの様子を楽しそうに眺めているみたいだ。
生徒達からは、異国の言葉で言い合う声が聞こえる。
『どうみたって、普通のガキじゃねーか』
『あんなのが、どうして……』
『李焔の奴がとち狂ったとしか思えねーな』
『同じ日本人でも文世さんとは偉違いだよな。あの人は誰もが認めるリーダーの風格がある。それに控え、あいつはチビで貧弱そうだし。へへへ、中国語も分かってないみたいだぜ』
『だけど、同じ日本人として文世さんの足引っ張らなきゃいいけど』
『邪魔になったら殺せばいいだろ。そこの黄浦江に沈めときゃいいんだよ』
和大文はちらりと七海の方へ目をやった。少年は実に落ちついた様子で、周囲を見回している。
言葉の内容は理解できぬとしても、自分が陰口を叩かれていることくらいは、雰囲気などで理解できているだろうに。
それなのに───
「これだけの殺気を受けて、顔色一つ変えない子供も珍しいな」
「まぁ、一応覚悟はしてたし」
「この前の奴はずっと私の背中に隠れていた。名前は……忘れたな。もはやここにはいない人間だ」
ここにはいない……即ちそれが死を意味していることは、容易に想像がつく。使い物にならなくなった子供を、ここにいる連中が、素直に家に帰してくれるとは思えない。何しろ、ここに暮らすということは、チャイナマフィア老龍の内情を知るということだ。内情を知った者を外界に出すことは、情報を漏らすも同然の危険行為である。
必要がない、もしくは使い物にならないと断定された子供に、未来はないのだ。
とんでもない所に来た、という自覚はある。
正直言って足が竦むんじゃないかというくらい、怖いとも思う。
しかし、何故か絶望感というものは感じなかった。
どこかで、高揚感というのも感じているのも事実で。
いつも日常という舞台に不満があった。
権力者の息子として庇護されてきた生活。
それは、父や祖父、先人が築いたレールを歩むことでもあり、自分が路を切り開くことは許されない。
どこかで刺激が欲しかった。
勉強よりも、道場に通い詰めるのに夢中になったのもそこにある。
一瞬も油断ならない勝負の瞬間が、子供心ながらに溜まらなくスリリングだったのだ。
あれ以上の緊張感が、今の世界にはある。
(ちょっとわくわくしてきたかも)
無意識に笑みを浮かべている少年に、大文はくすりと笑う。
「どうやら、お前はここに来るべきして、来た人間のようだ」
「ん?」
「七海、私もお前が気に入った、精々かんばるんだな」
大文は席から立ち上がると、七海の肩を叩いてから教室を後にした。
その時、先程にもまして鋭い視線がこちらに突き刺さったのを、七海は感じ取る。
はっとして教室を見回すが、すぐに爪を隠したのか、それらしき人物は見当たらなかった。
「……」
どうやら早くも、自分の命を脅かす存在が出てきたらしい。
老龍の生き残りゲームは既に開始されていたのであった。




