老龍の掟
数百年前になるのか……当時、老龍の主(昔は総帥という名称はなかった)には実子がいなかった。
そこで考えられたのが養子であったが、遊戯好きな当時の主は、世界中から優秀な人間を集め、彼らを競わせることを思いつく。
その中で、主の眼鏡に叶った人物こそが次期主となるという制度が、いつの間にか定着するようになった。歴代総帥の中で、実子に継がせる者もいたにはいたが、兄弟同士でいざこざが起きたり、部下に殺されるなど、決して長続きはしなかったのである。
候補者が選ばれる方法はいくつかある。七海のように老龍の息がかかった塾にてテストを行うか、はたまた希望者を募り、会場でテストが行われるか。あるいは古来から老龍に使える一族の推薦。
そして、総帥、副総帥の推薦。時と状況によっては、本人の意志に関係なく、ここに連れてこられてしまうらしい……。
しかし進学塾と名高いあの塾が、老龍の息が掛かっていたというのは驚きであった。
現在。総帥の最有力候補生は五人だと言われている。とは言っても、老龍邸に隣接した場所に建つ寮には、五十人ほどの候補生を教育しているらしい。
この五十人がまた、世界中の子供の中から選ばれたエリート集団なのである。
「その五十人の中にさらに選りすぐりの奴が五人いるってことだな」
七海の言葉に、老龍総帥である和大文は頷いた。
「そういうことだ。五十人中六人が、現在、私も目星をつけている」
「さっき5人って言わなかった?」
「六人目はお前だ」
大文の言葉に、七海は目を点にした。
「俺、まだ来たばっかりなんだけど?」
「ふん、私もお前に資質があるとは、まだ思っちゃいない。ただ、じいの奴が妙にお前を買っているからな」
二人は先程から、寮に向かう廊下を歩いている。李焔は用事があるからと言って、廊下の途中で別れていた。
「さっきから、何で李焔さんのことを、じいって呼んでいるわけ?総帥よりも若い感じがしたんだけど」
「やること成すことがじじくさいからだ。趣味はゲートボールに盆栽だし、何かと説教垂れるし、朝は早いし、夜も早いからマージャンの付き合いは悪いし、ヒマがあったら庭にシートを敷いて茶飲んでるし、俺に苦い漢方薬を飲ませるわで……」
「ふうん」
ぶつぶつ一人文句垂れる老龍総帥に、七海は子供みたいな人だと思った。
「とにかく、五十人の中で誰が総帥候補であるかは、お前自身の目で見極めるといい。あれだけ数がいると、子供とはいえ派閥ができているからな。お前があの集団にどう溶け込むか、これからじっくり観察させてもらうことにする」
「……」
七海はごくりと息を飲んだ。
今頃になってだが、自分は試される立場にあることを思い出したのである。
総帥の後継者候補に相応しいか否か。
「五十人もいて……もし、総帥が決まったら、あとの四十九人はどうするんだ?」
「さっきも言ったように、子供とはいえ集団は派閥に別れている。大抵は派閥のリーダーが総帥になるからな。私の場合は、派閥以外の人間は皆排除したよ」
「───」
一瞬。
大文の切れ長の目がこの上なく、鋭く冷やかなものに感じた。
今まで単純な、子供みたいな大人という印象しかなかった、老龍総帥の中に、すさまじくも冷徹な一面が露になったのを見たような気がして七海はしうばらく声が出なかった。
「排除って……」
極力、動揺する心境を面に出さぬよう、落ちついた声で尋ねてみる。
「もちろん。死んでもらう、ということだ。大抵は、私が手を下さなくても、他の派閥同士で殺し合っていたからな。残った派閥連中を、始末しただけの話だ」
とんでもないことを、大文はさらりと言ってのけた。
「じゃあ、同じ派閥の人間はどうなるの?」
「それは、各自に相応しいポストを与えるよ。最も……私の場合、味方は李焔だけだったが」
大文は少し寂しそうに笑った。
確かにこの男に着きたいと思う人間は少ないかもしれない。一見、子供めいた単純な性格……と人は彼のことを見るだろうから。
その実、冷徹かつ怜悧な一面があることを見抜いたのは、李焔だけだったのかもしれない。
七海ひそかに、大きなため息を着きたい気分であった。
自分はいきなり戦場へ、飛び込んできてしまったのである。
生きるか死ぬかの瀬戸際の世界。
そこで自分は生き抜かなければならないのだ。
世界中に勢力を広め、一国の軍隊にも匹敵すると噂される組織の前では、自分の父親の権力も無力に等しいであろう。
助けを求めることも、もはや許されない。
「くくく……タフなガキだな。私の話を聞いただけで、失禁した子供もいたくらいなのに」
「俺もちびりたい気分だよ、はっきり言って」
正直に答える七海に、大文は愉快そうに声を上げて笑った。
「気分だけにしてくれよ。メイドの仕事を増やすことになるからな」




