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龍の子~Dragon's child~  作者: 野市
13/22

二年後

二年後───



 道場にて、数人の武道家を相手にしている七海の姿があった。

 小柄だった少年も、いつしか百八十を越えた背丈にまで成長し、まだまだ伸びそうな兆しである。

 一度に飛び掛かってきた大柄な武道家達の一人には、腹に蹴りを入れ、続いて襲って来たもう一人の頸部に手刀を食らわせる。残る一人は、間を置いて構えているので、七海も体勢を直した。

 そして飛び掛かってくる相手の連打攻撃を全てかわし、相手の横腹の急所を狙った、廻蹴を食わせる。

 屈強な武道家達は、まるで人形の如くなされるがまま、七海の手によって倒された。

「───」

 七海ははっと息を飲んだ。

 三人を倒してほっとしたのも束の間、新手の気配に体がとっさに反応する。相手の手刀を腕で上へ押し切るように受け止める。

「し、師範……」

 意外な相手に、七海は目を見張った。

 李力越はニッと笑い、続けざま脇腹を狙った蹴りを入れる。直ぐさまもう一方の腕でもって、振り払う。そして隙が生じた脇腹に蹴り入れるが、足を後方に引くと同時、腹部を引く、引き身によって、それは見事に交わされる。

 体勢を建て直した力越は、連打攻撃を開始する。先程のものなどより段違いに早い。

 しかし、七海はそれを全て見事な体捌きによって避ける。

 周囲にいる弟子たちは、二人の姿を息を詰めて見守る。

 途中、師範の手を捕らえた七海は一本背負いの容量でその巨体を投げ飛ばす。しかし力越は見かけによらず、軽やかな動作で体を回転させ、無事着地する。

 今度は七海が突進し、拳の連打に蹴りを交えた攻撃を開始した。

 いずれも受け流し、体捌きになどによって攻撃を回避する。

 一方の力越の腕が上方にて、拳を受け止め、もう一方の拳は七海の腕によって下方にて受け止められていた。

 その状態でしばし押し合いが続くが、埒が明かないと互いは悟り、同時に後方へ飛びのいた。

 二人は体勢を整え、お互いにらみ合う。

 道場が沈黙に包まれる。

 両者とも下段の構えをとった体勢であった。

 それまで険しい顔をこちらに向けていた師範であるが、不意にその表情を和らげる。

「……?」

 力越は構えを解いて言った。

「ここまでにしよう。七海、見事だな。私が教えることはもはやない」

「師範……」

「ふふふ、エンマにもお前の実力を見せてやりたいくらいだ。留学がなければ、とっくに対戦させているところなんだがなぁ」

 詰まらなそうに、師範は呟く。

 エンマ=ブラッドロードは、現在、ロサンゼルスの方へ留学中である。

「俺は、馮才蔵とまた戦ってみたいな……」

「ああ、彼か。この前、互角に戦っていたな」

「しかし、結局は俺の負けだった……だけどあいつ、ここの所、ここに顔出さないからな」

「……」

 複雑な顔を浮かべる七海に、力越の顔も翳る。

 馮才蔵はここの所、やたらに外出が多い。屋敷内で見かけることは、三日一度、あるかないかだ。

 どうも何かの情報を集めているらしく、彼は心得たガードマン達を連れて、上海の街をあちらこちらと歩き回っているみたいなのだ。

「彼には、彼の事情があるからね」と言ってたのは、有馬文世だったか。

 彼はどうも才蔵自身から聞いているのか、理由知りみたいであった。

 力越はその場に座り、ふっと息をつく。七海もそれに習い、床に腰を下ろした。

「いつしかお前に言ったことがあったな。戦いは逃げ場所じゃない、と」

「ああ、初めてここに来た時に」

「お前は、自分の憂さを晴らすため、その感情を相手にぶつけていた所があったよ。そうすることで、現実から逃げてきた。違うか?」

「……」

 確かに自分は、両親に振り向いてもらえなかった憂鬱さを、戦いにぶつけていたような気がする。実際に戦う時は何もかも忘れられた。

「そういう戦い方は、相手に付け込まれるのだ。一方的で、相手の出方を深くまで読まないからな」

「そういえば、よく才蔵にフェイントかけられて、足払いされてたな」

 七海は後ろ頭を掻きながら、苦笑する。

「そういうことだ。しかし、今のお前は、相手の動きを……相手の思考をちゃんと読んでいる。現実を正面から受け止める心身の強さが身についたということだ」

「……確かに、吹っ切れた所はあるよな。親のこととか」

 本当に、自分にとってあの二人は、縁遠いものになってしまったような気がする。

 今や、あの両親の子供だった頃が、夢だったのではないかと思うときがあるくらいだ。

「だけど、お前はまだ完全に強いわけじゃない」

「え───」

「こういった世界だからな。すべての人間を信用しろとは言わない。しかし、友人だと思える人間を信用することは大事なことだよ」

「……」

「お前はまだ、完全に人に心を許すことができずにいる。いや、出来るのにやろうとしない……七海、才蔵がお前にとって友人と呼べる存在なら、信じてやれ」



───信じてやれ……。



 最後の言葉は、いつまでも七海の頭のなかに居座った。

 余計なお世話だ。

 というのが本音であるが、言い返せなかった。

(別に……力越に言われたから、ここに来たわけじゃないぞ)

 自分に言い聞かせながら、七海は馮才蔵の部屋をノックする。

 どうせ、外に出かけているか何かで居やしないのだ。

 さしたる期待はしていなかった……が、意外にもすぐに返事が返ってきた。

「どうぞ」

「……」

 七海は少しどきどきしながら、ドアを開ける。考えてみると、自分から才蔵の部屋を訪れるのは初めてだった。

 向こうも、意外に思ったのだろう。

 デスクのパソコンと、今までにらめっこしていた才蔵は、青のサングラスを掛けなおし、まじまじと七海を見ていた。

「珍しいね、七海がここに来るなんて。どういう風の吹き回し?」

「ん……別に。ただ、今日も道場に顔を出さなかったし、気になってな」

「何、心配してくれたの?」

「………………ま、そんなトコ」

 少し口をとがらせながら、七海は答えた。

 照れを隠しているのが、誰の目から見ても明らかで、才蔵は可笑しそうに笑う。

「嬉しいな、次期総帥にそんな心配してもらえるなんて」

「おい、俺は別に……」

「総帥を補佐する役所に就くっていうんでしょ。でも、周りの大人は君が総帥の第一候補だって言っているよ」

「周りが勝手に言っているだけだ。俺はそんなのにならないからな」

 少し力説気味に言う七海に対し、才蔵は軽く肩をすくめた。

「俺はどっちでもいいの。お前が総帥になったら、俺のこと、側近にとりたててくれればいいし」

「才蔵……」

「俺はあんまり、総帥の立場には興味ないから。お前と同じ考えで、とにかく生き残りたいというのが、本音だからね。それに……」

 才蔵は一度、パソコンの画面を見てキーを打つ。何かの建物の見取り図みたいだ。エンターキーを押すと、さらなる詳細な見取り図が画面に現れた。

「そいつは……?」

「うん、俺の心配してくれたお礼に教えてあげる。これはね、『赤蛇』と呼ばれる組織のアジトなの」

「『赤蛇』って……、最近ウチの息が掛かった組織が、いくつかそいつらにやられているな……総帥も奴らのアジトを探しているって聞いていたけど」

 何故、その組織の見取り図を、馮才蔵が持っているのか?

 不思議そうにこちらを見つめる七海に、才蔵はクスッと笑う。

「俺は、もう何年も前から『赤蛇』のことについて、嗅ぎ回っていたからね。人間コツコツやっていれば、こういったものも手に入るのよ」

「どうして、そんなことを?」

「親父の仇、だから」

 才蔵の眼差しその時、険しいものに変化する。彼の目はパソコンの画面に向けられていた。

「仇……」

「前に話したでしょ?柄の悪い連中に押し入られて、両親がそいつらに殺されたこと。俺はね、総帥になること自体には然したる興味はないの。だけど、親の仇をうつには、総帥の地位が有効だから……」

「……」

 確かに総帥になれば、老龍の兵力や財力を動かすことができるから、一組織と対抗するには有利になるだろう。

「しかし、お前が総帥にならなくても、今の総帥に相談すればいいじゃないか。あいつは、お前のことを気に入っている。それに『赤蛇』は、潰しておきたいとも考えているみたいだし、きっと力になるはずだ」

 七海の言葉に、才蔵は首を横に振る。

「大文様の力は借りることはできない。あの人には借りがあるし……それに、俺自身が仇を打ちたいんだ」

「才蔵……」

「だから、俺自身が総帥になるか、それとも側近なるか……どちらにしても、兵士を動かす権力はあるからね……だけど、本当の所は『老龍』の力も借りたくはないんだけど……」

 才蔵の眼差しからは、何者も変えられぬ覚悟が宿っているのが分かる。

 本気なのだ。

 恐らく、彼がここまで生きてこれたのも、両親を殺した連中への復讐が原動力になっていたのだろう。

 それが、才蔵の生き甲斐となってしまったのだ。

「七海……」

 才蔵は七海の腕を掴み、その顔を覗き込む。

「才蔵?」

 いつも飄々とした彼にはない、真剣な眼差しがそこにはある。

 七海は戸惑いが隠せない。

 才蔵はさらにこちらへ顔を近づけ、どこか苦しげに訴える。

「もしお前が総帥になっても、俺はお前の敵にはならない。だから側近として取り立ててほしいんだ……俺は、どうしてもあいつらを倒すまで、生き残らなきゃいけない」

 ブルーのレンズ越し、彼の眼差しは、どこから見ても偽りようがない切なるものであった。

 七海はすぐに首を縦には振れずにいた。

 そんな約束、簡単に出来るわけがない。

 第一に大切なのは、己の保身だ。

 自分が危うく成りえる危険分子は、切り捨てなければならない。それがここ老龍の生き残る道だと思っている。

 才蔵がその、危険分子にならないとは限らないのだ。

 第一、『赤蛇』の見取り図を隠蔽していること自体、総帥に対する反逆行為と言ってもいいくらいなのに。

───信じてやれ……。

 不意に思い出す、力越の声。

 同時に真剣な眼差しの才蔵と目が合った。

 どこか縋るような眼差し。

 彼がこんなにも、自分をさらけ出すのは、初めてなのではないだろうか。

 腕を掴む手に、更なる力が込められる。

 七海は目を伏せ、ゆっくりと頷く。

「……分かったよ」

 囁くような声で、それでもはっきりと彼は告げた。

 友人の、必死な思いに答える為に。

 才蔵ははっとして顔を上げる。そこには、自分に笑いかける七海の姿があった。

「お前は自分の望みを果たせばいい。例え、誰が総帥になろうと、俺はお前の敵にはならないから」

 才蔵の目がゆっくりと見開かれる。

 信じ難い言葉を聞いたような気がして……。

「七海……本当に?」

 不安げな声。

 今までは利害が一致して、初めて信頼関係を分かつ二人だったから。

 少し照れているのか、鼻先を指で掻きながら、七海は笑った。

「お前のこと気に入っているしな。いいんだ、俺がお前のせいでヤバくなったとしても……お前なら、仕方ないかって思えるような気がする」

 七海は苦笑する。彼は絶対、自分を裏切りはしないとは言い切れないのに……それでも、不思議と『それでもいいか』と思えてしまうのだ。

 何だか賢くないことをしているのは分かっているけど、才蔵が喜ぶのであれば、多少の馬鹿をしても構わないと思った。

「謝謝、七海」

「……っ!」

 不意に抱きしめられ、七海は目をまん丸にした。

 友人同士の、こういったスキンシップは初めてだったのもあったが、それ以前、馮才蔵はそんなことをする人間じゃなかったような気がして。

 才蔵はもう一度、掠れるような声で七海に言った。

 今にも泣きそうな、掠れる声で……。

「謝謝、七海」



 才蔵の部屋を出ると、ドアの前に控えるようにして立っている提力栄の姿があった。

 向こうもなんだか気まずそうなかんじで。

「……たまたま用事があって……そしたら、何か話していたのが聞こえたから」

 ともごもごした口調で言った。

「……そっか」

 今の会話、聞かれていたのだろうか。

 何だか恋人との会話を聞かれたような、気恥ずかしさを覚えたものの、一応何事もなかったかのように平静を装う。

「急ぎの用じゃなかったら、もう少し後にした方がいい。才蔵、この後昼寝するって言ってたから」

「うん……そうするよ。ところで、七海」

「何だ?」

「僕は、正直。現時点で総帥に近い場所にいるのは七海だと思っているんだ」

「───」

 馮才蔵を総帥にと、支持する取り巻きの一人である提力栄。

 いや……才蔵のグループは取り巻きというよりは、友人同士のようなつながりを感じる。

 そんな立場の彼から、今の言葉は意外であった。

「多分、才蔵自身もそう思っている。僕はね、才蔵が総帥にならなくてもいい。生きててくれれば、それでいいと思っているんだ」

「力栄?」

 訝る七海に力栄は悲しそうに目を伏せた。

「何をしようとしているのか分からないけど、あの人、凄く生き急いでいるところがあるんだ。僕らにも内緒で危ない所に行ったり、誰と付き合ってるのかお酒飲んで帰って来たり。見つかったらそれこそ大文様に何をされるか分からないのに。でも才蔵自身、総帥の座にそこまで固執しているわけでもない。何というか、ある目的の為だけに生きている感があって───その目的が何かは分からないけど、それを果たしたら、もしかして才蔵は」

「そんなことは、俺がさせない」

 力栄の言葉が終わる前に七海が言った。

「七海……」

 目を瞠る力栄に、七海は安心させるようにその肩を叩いた。

「あいつには許嫁だっているし。それにお前等を置いて行くようなことはしないだろ。そんなに心配するな」

「でも……」

「大丈夫だから」

 もう一度、力栄の肩を叩いて七海は言った。

 本当は、自分自身、内に生じる嫌な予感というものを打ち消したかったのであるが。

 力栄の泣きそうな顔を見ていたら、そんな弱音は見せられなかった。

 大丈夫だから。

 その言葉は、自分自身にも向けられたそれだった。

 



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