第五節
飛竜騒ぎからしばらく時間が経ち、再び荷車に揺られること数時間。林道を抜けて、草原地帯に出た。
「©¥¶❝∃∅······」
「↔⇅∃∋∌∝⊆⊇。@#$%」
二人が何やら話しているが生憎、英語も日本語も通じないため、話に割って入ることもできなければ話に耳を傾けることすらできない。
(暇だ······)
生前、車に乗って移動する際は基本スマートフォンを見続けていたので暇をつぶせたが、今現在持っていないし、また手持ちに何もないのと目的地がどこか聞いていないため、距離を測れないのもあって非常に手持ち無沙汰である。
(というかこの先マジでどうしよう)
一文無し、言語不通。竜への対処。やる事は山積みだ。
(言葉が通じねぇってやっぱデカイな···)
この世界の情勢、意思疎通。これらすべてが聞けない交わせないのは思っていた以上に厄介だった。
(ボディランゲージは危険すぎるしどうしたもんか···)
ウンウン唸りながら考え事をしていると二人共々から不審な目で見られる。
視線に気がついた宗近はハッとなると、唸るのをやめて脚に肘を置くとそっぽを向いて景色を眺める。
宗近の眼の前に広がるは、見渡す限りの草原と舗装はされていないが整備された道、そして柵の囲まれた敷地内には荷車を引いている草食恐竜(?)と同じ種類と思われる生物が放牧されていた。
どうやらこの種の生物は牛や馬といったと家畜と同じ扱いなのかもしれない。
(牛乳は取れなさそうだけどな···)
いや竜乳と言うべきか、どっちでも良いが。
(ん?待てよ、柵だと)
柵で囲って動物を放牧させている、ということは所謂酪農だ。つまり―――
(集落かなんかが近いのか?)
でなければ牧場などないはずである。わざわざ逃げ出さないよう柵まで囲って動物を放置させている物好きが居れば話は別だが。
(にしても·····)
ぱっと見だが、この世界はいわゆるファンタジー世界。異世界のような体裁をしていると言うのが宗近の見解だった。
理由としては、飛竜と眼の前の荷車を引いている恐竜の存在だ。地球上では存在していない空想上の生き物が存在している。つまり別次元の世界である可能性が高い。
宗近が夢を見ていないならの話ではあるが······。
「死後の世界がファンタジーな異世界とか、異世界転生物語かよ」
まさか死後の世界で今後の身の振り方に気を使うとは思っていなかった。
「生前と比べてどうなんだろうかなぁ······」
時間に課題にとケツに火をつけられ追われる日々、金はあれど時間はなく精神的に追い詰められた日々。
ハッと、自分が沈みかけていた事に宗近は気が付き、頭を振って嫌な記憶を隅へと追いやる。
(前世は前世、もう忘れちまえ)
心を鎮めるため、深呼吸を一つ。
「空気うめぇな」
清廉な空気。森林が近いというのもあるだろうが、化石燃料を使わない生活を送っているのか本当に空気がうまく感じられた。
目を瞑り、何度か深呼吸を繰り返し、頭の中を空っぽにして心が波風立たぬ平穏を保つよう務める。
最後に両頬を手で叩いて気合を入れる。
「よし!······何がよしなんだろう」
深呼吸までは良かったが、気合を入れる必要があったのだろうか、まあ周囲を警戒すべきなのだろうが―――
なお再び御者共々から変な目で見られたが、この際宗近は無視することにした。