第四節
荷車に揺られることどのくらいの時間が経ったのか、分からないがそこそこの時間揺られたことで分かったことが宗近にはある。
(荷車ってくっそ酔うんな···)
舗装されていないというのも大きいのかもしれないが、とにかく揺れる揺れる。
三半規管が狂うかと思うほど揺れるため半分グロッキー状態に成っていた。
「オエップ·····吐きそう」
宗近が口に手を当てて顔を真っ青にしていると、甲冑の人が無言で腰の袋から骨で出来た瓶を取り出して宗近に渡してきた。
(ガラスの代わりに骨を使ってるのか······変なの)
ご丁寧に金属でできた蝶番で固定された蓋まである。
パカッと蓋開けて恐る恐る匂いを嗅ぐ。それも危険物(アンモニア等)を嗅ぐときの動作でだ。
(なんだろう、湿布の匂いか?)
あの独特の刺激臭が鼻を突く。
特に湿布の匂いが嫌いなわけではないが、食物や飲料として嗅いだことないため、若干だがこの瓶の中身を飲むのに抵抗がある。
「フゥン!フンッ!」
飲むのを躊躇っていると、渡してきた件の人物が瓶を持つふりをして手首を何度も傾け、口に持っていくよう促していた。
(ええい、ままよ)
宗近は覚悟を決めて瓶を傾け中身を一気飲みしようとして―――噎せた。
「オエッフッ!?ゲホッゲホッ!」
湿布の臭いから予想してたが、強烈な刺激が口の中に広がり鼻へ刺激臭が抜けていくまでは良かった。
苦い。とてつもなく苦い。何というか、言い表せないエグみも合わさり非常に後味が悪い。
そんな物を呷ったのだから当然噎せる、噎せまくった。
「@&❖✹◥◊¿!」
渡してきた張本人が慌てて心配するような素振りを見せたので、宗近は手を振って大丈夫とアピールする。
だが、流石にこれ以上この謎の薬なのか飲み物なのか分からない謎の液体を飲む気にはなれないので、持ち主に返すことにした。
「✹∀⊗···@#="="。@^♧◇」
声のトーンと様子だけの判断なので確証は持てないが、謝っているのと心配されているらしい。
飲みかけの瓶を甲冑の人が受け取ると、今度は別の瓶を取り出して宗近に渡してきた。
(また、ヤバイのじゃないだろうな······)
再び恐る恐る匂いを嗅いでみる。今度は無臭だった。
前回の轍を踏まないように今回は少しだけ口に含んでみることにする。
結論から言うと無味無臭だった。ただの清水である。
(水かよ······)
警戒して損したが、後味の悪さを消すには丁度もってこいだったので、そのまま呷って口の中を胃へと洗い流す。
「ふぅ······」
水を飲んで人心地着くと、車酔い収まっていることに気がついた。
(結局あの薬かなのか分からない液体は何だったんだ······)
良薬口に苦しと言えど、あそこまで酷い薬を飲んだことは宗近は無かった。
とはいえ、嘔吐寸前だったところを救ってくれたのだから甲冑の人には感謝しきれない。
(流石に座ってる状態で吐き散らかすのもあれだしな)
礼を言いたいところだが、生憎英語も日本語も通じないため言葉で返事できない。
身振り手振りで返そうかとも宗近は思ったが、言語が違うという事はもしかすると文化や習慣なども死ぬ前の世界とは違ってくる可能性がある。
下手に刺激するようなことは避けたいので、とりあえずは飲み干して空になった瓶を、甲冑の人に手渡し、雰囲気だけでも伝わればと思い、言葉は通じないが一応礼を言っておく事にした。
「水と薬?なのかあれ······?ありがとう」
「∃⊗≪?△♢❖✡✼❍◊」
宗近が礼を言うと、気にするなとばかりに手を振って周囲を警戒し続ける甲冑の人。どうやら伝わったらしい。
(警備の邪魔してもあれだな)
頭の後ろにて手を組むと宗近は座席にもたれ掛かり、空を見上げる。
憎いくらい澄みきった青い空に浮かぶ白い雲々、そしてその下を優雅に飛ぶ赤い飛竜―――
「って!竜!?」
思わず叫んでしまった。それほどに衝撃的だった。
ワイバーン型と呼ばれる前足が羽になっている竜が空を飛んで居たのだ。お伽話やゲームの中の存在でしか見たことない生物が目の前に(かなり遠いが)いる事に宗近は驚いた。
「死後の世界って何でもありだな······ハハハ」
力なく笑う宗近。
「@#§π‰?······✡△◊❍!‰◊❍≪⊗!&*、※¶¤π‡≦∃」
甲冑の人が騒いでいた宗近の視線の先を見て、驚愕の声らしきものを出す。
直ぐ様彼(彼女?)は双眼鏡のような物を取り出し、上空を飛ぶ赤い飛竜を観察し始める。
隣りに座っている御者も緊張しているのか手綱を握る手に力が入っており、荷車を引いているトサカ竜も怯えてか警戒してからか、ウォウウォウと鳴いて、後ろ脚だけで立とうとしていた。
「ダウダウダウ」
慌てて御者は、立ち上がろうとしていた荷車引きを御しようと手綱を取る。
(こっちでもどうどう言うのか······ってそうじゃなくて!)
御者と護衛人二人共々警戒をしているということは、襲ってくる可能性があるという事だ。
でなければこんなに慌てたり、荷車引きの恐竜が暴れたりする事は無いはずだと宗近は判断する。
かと言って彼が何か出来るかというと、丸腰の運動不足現代っ子。襲われたたりでもすればひとたまりもない事はわかっていた。
「どうする?」
宗近は冷や汗を浮かべながら自問する。
(荷車降りて何処か行くか?いや土地勘がない。下手に迷うと取り返しがつかなくなるぞ)
「⊗¤‰。¢‰⇈∷⊅∩」
「✡§π!?℉¥€№£π±」
御者の肩を叩いて双眼鏡を渡し、見るよう促す護衛人。手綱と引き換えに双眼鏡を受け取った御者は覗いたあとほっと安堵の息洩らし、宗近にも手渡してきた。
「えっ!?俺?」
まさか手渡されるとは思っていなかったので、驚きながらも宗近は双眼鏡(持ち手部分はこれまた骨で出来ている)を受け取ると覗いて、拡大された飛竜を見る。
遠くからは紅いとしか分からなかったが翼の裏側は鼠色で焦茶色の渦巻きのような模様が入っている。控えめに言ってカッコいい。
紅い甲殻に覆われた体は筋骨隆々で、自然界、食物連鎖の頂点に立っているのではと思うほど力強く感じる。
実際両足で獲物らしき草食動物を鷲掴んで、優雅に空を飛んでいる。
(ま、俺より長い間この世界に居る人達だ。警戒しないでいいのなら俺も警戒する必要ないかもな)
もしかしなくても、あの飛竜は狩りの帰りで、こちらからちょっかいを掛けない限り(掛ける気も手段もないが)襲ってくる気はないのだろう。
でなければ御者も護衛人も、慌てたりしているはずだと宗近はそう判断する。
実際両者ともども竜を見つける前の雰囲気に戻っていた。