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第四章 マリス

その日は酷くうなされていた。


かすかに何か感じて、意識を現実に引き戻された。

「…ぁ……」

目を開けると、背中に違和感があった。どうやら、俯せに寝ていたようだ。

けど、普段寝る時は翼は体内に閉まってあるのに、その時は漆黒の翼があらわになっていた。

無意識の内に『特殊な言葉』を発動したのか。

少ししか寝ていないのに、全身が汗ばんでいる。

「嫌な夢を見たな…」

前髪をかき分けて、俺はゆっくりと身体を起こしてベッドの端に座った。

まだ、呼吸が乱れてる。

「マリス…起きたか?」

後ろから聞こえた声に、俺の背筋が伸びた。慌てて振り返ると、扉の横には腕を組んで溜息を吐く人がいた。

長い白銀の髪、黄金色の切れ長の瞳、そして、左目には古い傷痕…。

俺の上司でもあるラグマ様が壁にもたれかかっていた。

ラグマ様の姿を見た俺は、直ぐに立ち上がり頭を下げた。

まさか上司がいるのに寝ていたなんて、恥ずかしい思いだった。

「ラグマ様がいるのに、俺…寝てしまって…本当にすみません!」

「気にするな。酷くうなされていたようだが…?」

ラグマ様は俺に近づいてくる。

ベッドを挟んで、直ぐ目の前に立っている。

部屋には小さなテーブルとベッドしか無い、簡素な部屋だった。

俺は、外れていた襟元を戻してラグマ様を見つめた。

怒っている様子では無かったが、俺はラグマ様に見られるだけで視線を反らしてしまう時があった。

「いえ、あの時の事を夢に見て…」

ラグマ様は俺のベッドに隣まで来て立ち止まった。

「もう、随分と経ったんだな」

「…はい」


俺の過去が遡る。



幻精郷は快晴で、穏やかな風が吹いている。

急な丘にいた俺は、風を感じながら瞑想していた。

静かに呼吸を繰り返して、風をすくうように両手を差し出した。

「聖なる風の輝きよ…我が手に集いて力となれ…」

呪文を唱えると、俺の周りに風が弧を描いて集まってきた。

よし、発動出来る。

俺は両手を前に出した。

「ホーリーウインド!」

俺の言葉も虚しく、集まった風は消え去ってしまう。

そのまま沈黙が続いた。

「この、馬鹿者が!!」

突然、俺の後ろから激痛が走った。

「痛っ!何するんだよ!?」

俺は後ろを振り向いて、後頭部を押さえながら視線を落とした。

目の前には、背中も曲がり、よぼよぼな婆ちゃんが立っていた。

右手には樫の杖を握っている。

俺達の集落を束ねる長老だった。婆ちゃんは、いつも怒っているように見える。

「いつまで経っても出来ないから、喝を入れたんじゃよ!…いいかい、ルマ?あたしらは、五百年前に起きた『翼狩』から逃れたんだよ?いつ襲われるか分からないんだ!…だからお前にこの術を教えているんだ」

またその話だ。

俺は婆ちゃんの話を半ば流しつつ、その場に座り込んだ。

「はいはい、それくらい分かってるよ!……ん、婆ちゃん?どうした?」

何かを察知しように、婆ちゃんの顔は強張っていた。

けど、俺の視線に気づくと、笑顔を作った。

「いいや…何でも無いよ!さぁ、お前はこの術を使いこなせるまで、ここに残るんじゃな」

「人使いが荒いんだから…」

気がづくと、婆ちゃんは樫の杖を振り回しながら、丘を降りていた。

俺は再び立ち上がり、瞑想を始めた。

「風の精霊シルフよ、我が手に集え…」

呪文を唱えると、俺の右手に小さな風の塊が生まれた。

「ウインドッ!」

風の塊は直ぐに消えてしまった。

この魔法は使いこなせる。問題は次だ。

目を閉じて、さっきより深く瞑想をする。

俺の真下には奇妙な魔法陣が浮かび上がり、大きな風が螺旋を描いて集まってきた。

背中に生えている真っ白な翼が揺れている。

「聖なる風の輝きよ…我が手に集いて力となれ。…ホーリーウインドッ!!」

俺を包み込んでいた大きな風は、拡散してしまった。

また発動に失敗したか。

やけになった俺は、その場に横たわった。

仰向けになって両手を枕代わりにする。このまま寝ようかな。

空は晴れていて、雲は静かに流れている。

俺だってもっともっと強くなりたい。強くなって、強い奴と戦いたい。

「婆ちゃんはあんな事言ったけど、俺には出来ないんじゃないかな…?」

うっすらと目を開けたその時、空の彼方から何かがこっちに向かって飛んできた。

妖鳥(ガーゴイル)!?」

俺は急いで起き上がって、丘を下りようと走った。しかし、後ろを見ながら走っていると、三体の妖鳥は飛行速度を上げて俺との距離を縮めていく。

「何!?」

妖鳥は俺の翼を掴み、思わず走る速度を落としてしまった。

妖鳥は俺の翼と両肩を鷲掴みにすると、そのまま持ち上げてしまった。

「離せ!!」

掴まれた場所に苦痛を感じて抵抗するが、妖鳥達はどこかへ向かっていた。


しばらくすると、俺達の集落がよく利用する広場に着いた。

広場の中心に降りた妖鳥達は、一際目立つ男の前に立ち、その場で俺を離した。

妖鳥達は深く頭を下げた。

「ラグマ様、残っている有翼人を捕まえました」

「ご苦労」

妖鳥達は再び俺の両腕と翼を掴んで、俺の自由を奪った。

「何だ…これ…?」

俺は今の現状が理解できなかった。

集落に住む仲間が鎖で縛られていて、苦痛な目をして嘆いていたのだった。

そして、俺の前に立つ、この男。見た目は二十歳中頃で、長い白銀の髪と黄金色の瞳、その瞳に睨まれただけで、俺の首が絞められていく感覚に陥った。

ラグマと呼ばれた男は、唖然としている俺を見下して笑った。

「中々良い目をしているな。…先ずはこいつから始めろ!!」

始めろ?一体、何をするんだ?

ラグマは妖鳥達に命令をすると、突然俺の身体は地面に叩きつけられた。

俺が起き上がる間も無く、妖鳥は腰に下げていた剣を俺の両腿、両肩、左手の甲に突き刺した。

「が………っ!!」

鈍い痛みが全身を駆け巡り、叫ぼうとした。

しかし、俺が叫ぶ間も無く、ラグマの周りに居た妖鳥は俺の背中に生えている白い翼を力強く剥いだ。

「ぐあああぁぁぁーーーーーっっ!!!!」

一瞬にして、全身を引き裂かれたような痛みが襲い、力の限り叫んだ。

全身が火照り、汗が吹き出す。背中からどんどん血が流れるのが分かる。

ローブや地面が赤く滲んでいく。

全身の痛みは増すばかりなのに、意識は薄れていく。

視線だけで仲間を見ると、目を閉じて嘆く者、涙を流して天に祈りを捧げる者、気を失う者までいた。

両腿、両肩、左手の甲に更に鋭い痛みが走る。恐らく剣を抜いたのだろう。

力が入らず、身体が動かす事が出来ない。

それでも必死に頭を動かして、ラグマを見た。

ラグマは捕われている仲間を睨みつけて、妖鳥達に合図を送った。

「次はこいつらだ」


モット、強クナリタイ。

強クナッテ、強イ奴ト戦イタイ。


意識が薄れていく間にも、あの瞳が気になって仕方無かった。

黄金色に光る瞳、冷酷な性格は何を見据えるのか。

まるで、悪魔のような姿が目に焼き付いて離れない。

魔力と集中力を振り絞り、気づかれないように小さく呪文を唱え始めた。

ラグマと妖鳥達が仲間に近づこうとした瞬間、呪文が完成した。

「ブレスウインドーッ!」

俺の頭上に生まれた無数の風の刃は、宙を舞うと目に見えない速さで妖鳥とラグマを狙った。

視界が鈍いせいか、標的が定まらなかった。

しかし、避けようとしたラグマの左目に当たり、ラグマの左目から血が噴き出した。

俺は、痛みに耐えて立ち上がった。声を出すのも息をするのも辛いが、仲間を助けないと皆が死んでしまう。

「ラグマ様!!」

「貴様!ラグマ様に何という事を!!」

突然の出来事に、顔を真っ赤にして怒りだした妖鳥達は、腰に下げていたもう一本のロングソードを抜いて、俺に切りかかってきた。

力が出ない…。

殺される。

「待て!」

ラグマの一言が妖鳥達の動きを止めた。

ラグマは治療魔法も唱えずに、傷ついた瞳で俺を睨みつけた。

まただ。

ラグマの黄金色の瞳が俺を写してる。反らすのは簡単だったが、なぜか俺は目を背ける事が出来なかった。

その瞳に魅了されたように、瞬きをする事も忘れていた。

この男は、どれだけ強いのか…。

俺の疑問は好奇心に似ている。

暫く俺を見ると、哀れむような目で嘲笑した。

「…貴様、名を名乗れ」

殺される。

しかし、俺はまだ噛みついたように答えた。

「…ルマ…だ…」

この後、俺はどうなってしまうのだろう。

「気に入った。ルマ、私の元へ来い…有無は言わせない」


私ノ元ヘ来イ。


何を言ってるんだ?

俺は理解できなかった。

妖鳥達も仲間も、ラグマの言葉に絶句していた。

その時、なぜかこの男になら殺されても良いと思った。

しかし、命の危険より好奇心が勝った。

俺は、はっきりと強く答えを出した。

「…はい」

あいつは分かっていたのか。

ラグマ以外の全員が驚いて、声をあげた。

「そうか…しかし、その姿ではな…」

ラグマは、俺の全身を上から下まで舐めるように見た。

俺は血と土で汚れたローブを纏い、肩で荒い呼吸を繰り返している。

背中からの出血は、まだ止まらない。

ラグマは苦笑したように口角を上げると、懐から黒く光る宝玉を取り出した。

それを俺の前に差し出すと、何かを呟いた。

「…漆黒の輝きよ、愚かなる天使に闇の祝福を…」

ラグマが呟くと、黒い宝玉が光りだして纏わりつくように俺を包み込んだ。

黒い光が俺の視界を遮った。

その瞬間、再び全身が引き裂かれたような痛みが全身を襲った。背中の痛みは増して、何かが生えていく感覚がする。声が出ないほどの痛みだ。

闇の中でラグマの声が響いてくる。

「お前は今から…マリスと名乗れ」

その一声で闇が引いていく。

何か感覚が違う。俺は自分の背中にあるそれを触った。

漆黒の翼…?

俺は自分自身に驚いていた。

そこに純白の翼は無く、悪魔のような漆黒の翼が生えていた。神経も通っている、本物だ。

血と土で汚れたローブを纏ったまま、俺は彼を睨みつけた。

身体の傷口は塞がっていないのに、身体は軽く感じた。

俺はその瞳に写っていたくて、その場で跪いた。

目の前には、俺に新しい名前をくれた人が微笑している。

「貴方についていきます…」

全て策略だとしても、俺の好奇心は変わらない。

しかし、周りの反応は違った。

それまで黙っていた婆ちゃんが、目を見開いて叫んだ。

「悪魔じゃ…悪魔がルマを操っているんじゃ!!」

「そうよ!そうよ!」

「ルマー!!」

婆ちゃんに続いて皆が口々に叫んだ。

そりゃそうだ。

今まで一緒にいたのに、操られたように見えるのだろう。

けど、俺の気持ちは変わらない。

もっと強くなる。

皆の悲痛な声が、許しを乞うようにも聞こえた。死が見えた時、人はこうも哀れに見えるのか。そんな気持ちが生まれてしまった。

早くこの場から去りたい。それか、皆は逃げてほしい。

俺が仲間を見ると、妖鳥達が一斉に魔法を放った。

炎は一瞬にして広がり、仲間を燃やしていく。

「…あ」

俺の声を耳に入れずに、妖鳥達は笑っている。

跡形も無くなり、灰の山を見て彼は俺に言った。

「マリス…行くぞ」

「…はい」

俺は後を追うように、灰の山に背を向けて歩いていく。


俺はいつでも死と隣り合わせにいる。そう痛感した。


一筋の涙が零れた。



記憶は今に戻り、ラグマ様は小さく溜息を吐いた。

「そうか…月日の流れは早いな」

過去を思い出していたラグマ様を見ながら、俺は不安に襲われ思わず問いかけてしまった。

「もし、あの時…俺が攻撃を続けていたら…」

続きを言うのが怖い。

けど、込み上げる感情が抑えられない。

俺の存在理由を知りたい。

「貴方は…俺を殺していたんですか!?」

ラグマ様の顔を見るのが辛くて、俺は俯いて答えを待った。身体が震えている。

しばらくすると、ラグマ様は無言で俺の頭を軽く叩いた。

普段のラグマ様からは考えられない行動に、俺は思わず顔を上げてラグマ様を見つめた。

ラグマ様が優しく笑っているように見える。

しかし、直ぐにいつもの凛とした表情で俺を見た。

ラグマ様の黄金色の瞳に俺が写っている。

「ロティル様の命令だ。レイナ=ドルティーネ達が城に現れた…それなりの持てなしをしてやれ、という事だ」

ラグマ様のその表情だけで、俺の存在理由はあると勘違いしていても良いのか。

少しだけ不意を突かれたが、俺は力強く答えた。

「分かりました」

俺が答えるのより早く、ラグマ様は立ち上がり部屋から出ていこうとしていた。

俺は深呼吸を繰り返して、部屋から出て行った。



苦しみと悲しみは、まだ、俺の過去にまとわりついている。


背中には漆黒の翼がある…。

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