第二章 カリル
ここは幻精郷。
竜族や有翼人、魔族や獣族など、沢山の種族がこの場所に生息している。主に森や山に囲まれて、幾つかの村や集落で成り立っている。
僕達が暮らす村は、他の種族との争いは少なく、時より嵐や大雨が降ること以外は平和だった。
その村にある丘で、僕は書物で目を覆い、眠りにつこうとしていた。
陽射しが暖かくて心地良い。このまま昼寝も良いかもしれない。
誰か僕に近づいている。
眠くて意識がはっきりしない。
「……さん、いさん…?…カリル兄さん!!」
その声に驚いて、思わず身体がビクっと動いてしまった。ゆっくりと意識を現実に戻して、書物を手に取って声の主を見ようとする。
太陽の光が眩しい。
僕の目の前には、純白の翼を生やした少女が立っていた。
僕と同じ、薄い紫の髪。女の子だというのに、髪は短く耳の辺りで綺麗に揺れている。生成の簡素なローブは有翼人にはよく見る日常着だ。
彼女なルキア。僕の妹であり、たった一人の家族だ。
僕は、まだ寝呆けながら声をかけた。
「あ、ルキア…おはよう…」
「おはよう、じゃないでしょう!こんな所で昼寝?」
今日のルキアはどこか機嫌が良くないようだ。
僕は咄嗟に言い訳をした。たまに妹に頭が上がらない時がある。
「違うよ。地下の倉庫から、古い書物を見つけて読んでいたんだ」
僕の性格を完全に把握しているのか、ルキアは疑いの眼差しだけで何も言ってこなかった。
「…そういえば、兄さんって、いつも翼を隠しているよね?どうして?」
また、その質問だ。
人間や他の種族と遭遇した場合、翼を隠しておくべきだと昔から教えられていたが、ここは幻精郷。人間と遭遇する事はほとんど無い。
しかし、僕は普段から翼を隠している。翼があれば空を飛ぶのは便利だが、飛翔魔法くらい習得している。
僕は笑ってルキアに答えた。
「ああ…この方が動きやすいし、魔法の練習をする時に便利なんだ」
「ふぅーん…。じゃあ、その本に書いてある魔法を見せてよ!」
ルキアは僕の持っている書物を取り上げて、自分の後ろに隠してしまった。
諦めたように溜息を吐いた。ルキアと言い争いをしていたら、あっという間に時間は過ぎてしまう。
僕は立ち上がって、左手を突き出すように前に出した。
言葉を発動させる。
「……空と海を渡りし聖なる鳥…導き出す光を今ここに…」
実際に書物に書かれている呪文とは違ったけど、直ぐに浮かんだ言葉を発動させた。
左手から大きな光の球が現れると、直ぐに消えてしまった。
「わぁ!凄い!今の何?」
僕の魔法に、ルキアは嬉しそうに笑ってくれた。ルキアはまだ簡単な魔法しか使えなかった筈だ。
「これは光の魔法として初期みたいな感じかな?これに力を加える事によって、攻撃魔法にもなるんだ」
有翼人は主に治癒や補助魔法を得意とするが、僕は、人間が精霊の力を借りて発動させる魔法にも興味があった。
「兄さん、他には無いの?」
僕は幼い頃から、ルキアの笑顔が好きだった。出来ない事もあるけど、ルキアの笑顔を見るなら色々な事をしたいと思った。
「じゃあ…今度は魔法陣を出すよ」
僕は少し考えた後、地面に手を突いた。小さく何かを唱えると、草原に青い魔法陣が浮かび上がった。
「これ、水の魔法陣じゃないっ!?」
それくらい私にも出来るよ、と付け足して、僕の方を見た。
「いいからいいから。……空に宿る小さな女神、飛び立つ羽はそよぐ海…ヴィミト!」
言葉を発動させて魔法が完成した。
青い魔法陣が強く光ると、魔法陣から沢山の水飛沫が飛び散った。
それを見て、ルキアは更に喜んだ。僕だって出来たんだから、ルキアにも直ぐ出来るはずなのに。
「綺麗…!」
「これも力を加える事によって、別の魔法になるんだよ」
暫く水飛沫を見ていたルキアが、何かを思い出した様に僕の方を見た。
「忘れてた!長老がね、何か不吉な予感がするから広場に集まれ…って言ってたよ」
ルキアは忘れっぽいところがあるけど、その言葉には驚いた。流石に注意をしなきゃいけない。
「どうしてそういう事は早く言わないんだ!?…あ、長老も怒ってるかもしれないよ?僕は書物を置いてくるから、ルキアは先に行ってて!」
妹を叱るのは慣れていない。つい、強い言い方をしたような気がしたけど、ルキアは僕に書物を渡してくれた。
「うん、分かった」
ルキアは翼を広げて、広場の方へと羽ばたいて行く。
その姿を見送ってから、僕は家に向かって走った。
数分で家に着いて、地下には降りずに、扉を開けて直ぐ目につくテーブルの上に書物を置いた。
それから、広場に向かって走っていると、何か違和感を覚えた。
「やけに…静かだ」
それに、草や木の匂いに混じって異臭がする。
それが何の臭いか分からないまま、僕は林を抜けて広場に向かった。
僕達の暮らす村にも、集会や祭が行われる広場がある。
広場に近づくと、ルキアや仲間以外の奇妙な話し声が聞こえ、咄嗟に気配を消して近くの大木に姿を隠した。
誰にも気づかれないように、広場の中央を覗くと、まるで見せしめのように鎖で自由を奪われた仲間や、背中から血を流し横たわる仲間の姿が視界に入った。
…そして。
次に目に飛び込んだものを見て、僕は言葉を無くした。
やっと絞り出した言葉が、小さく漏れる。
「…ルキア…?」
何か魔力を帯びた十字架に、ルキアは張りつけられていた。
身動きがとれないのか、恐怖に目を閉じている。
僕は気づかずに、大木から半身を乗り出していた。
「ん…誰ですか?」
隠した筈の気配に気づいたのか、広場の中心に立っている長髪の男が僕の方を向いた。
気づかれた!
咄嗟に大木から姿を隠したが、気配で察知した。
相手は僕の存在に気づいている。僕は諦めて、姿を見せた。
ブロンドの長い髪に淡い緑色の瞳。両肩にショルダープレートと黒いマントをつけた男がにこやかに立っている。
この男が僕の存在に気づいたのだろう。
「おや?まだ残っていたとは。まぁ、これで最後でしょう…」
男は僕の方を見て話しかけた。
何かがおかしい。
僕がそれに気づくまでに、答えは出ていた。
「タイン!そいつを捕まえなさい」
「はい、畏まりました」
!!
いつの間に、僕の後ろに立っていたか分からなかった。
男はこいつに向かって話しかけていたんだ。
思考が追いつくよりも早く、僕の背後に立っていた人獣は僕の両腕を掴むと、僕の動きを封じた。
声を出す程では無いが、なんて力なんだ…。鋭く尖った爪が、僕の腕に食い込んで、そこから血が流れている。
タインと呼ばれた人獣は、僕の両腕を掴んだまま男の前まで連れて行った。
僕の目の前で、男が笑顔で会釈した。
「初めまして、私はリークといいます」
腹が立つ。
「…どういうつもりだ!?」
友好的な態度が気に入らない。僕は怒りをあらわにして睨みつけた。
何かに気づいたか、十字架に張りつけにされているルキアが目を開く。
僕の姿を見て驚いてる。
僕の視線を追って、リークと呼ばれた男がルキアを見つめた。
「先程起きた、竜族、獣族、妖翼人の戦いで妖翼人はほぼ全滅。…有翼人は計り知れない力を持っている、残っている全ての有翼人を殺せ…という上からの命令です。…まさか、今まで我々が戦っていた事に気づいていなかった訳ではありませんよね?」
この状況で、何故にこやかにしていられる?
その偽善者のような顔が気に入らない。
僕は、振り解こうと身体を動かしたが、タインが更に力を加えて僕の抵抗は無意味に終わった。
タインの爪が深く食い込んで、激しい痛みが増す。
「…お前も竜族かっ!?」
痛みと、ルキアや仲間の姿を見て冷静でいられなくなってきた。
僕はリークを見上げる体勢で、睨みつけた。怒りが抑え切れない。
リークは表情を変えずに答えた。
「いいえ、違います」
リークが僕の聞き取りにくい音で何かを唱えると、リークの背中には透き通る蝶のような羽が現れた。耳の先端は尖っている。エルフ族だ。
僕は呆然として問いかける。
「何故…僕らに近いエルフが、竜族の味方をするんだ?」
僕の表情を見て、リークの笑みが変わった。
そこで、やっと気づいた。
僕を完全に見下している。
リークは少し考えるふりをして、僕の想像外の答えを発した。
「そうですね…竜族の力を知りたかったから、と言っておきましょう」
リークの話よりも、僕は目だけでルキアを見つめた。僕等の会話を聞いていたのかどうかは解らない。ただ、ルキアの身体が小刻みに震えている。
「に…兄さん!」
リークの後ろ、十字架に張りつけにされているルキアが震えながら僕の名前を叫んだ。
怒りで我を忘れるところだった。
一刻も早く皆を助けないと。
「…ルキア!!」
僕の顔を覗き込んだリークの表情が変わった。
笑顔は変わらない。
「お二人は兄妹でしたか。それなら、彼女は最後にしてさしあげましょうか…」
その時、リークの回りに小さな風が巻き起こり、風の中から、ショルダープレートと胸板だけを覆う鎧を身につけた人獣が姿を現した。
数は二十程。召喚したのか?
リークが人獣を睨むと、リークの周りに立つ人獣は僕とルキア以外の仲間を一人ずつ掴み、横倒しにし始めた。
その様子を確認したリークの声が明らかに変わる。
リークの声が僕の意識を壊した。
「殺せ」
リークの命令を合図に、人獣達は仲間の両翼を鷲掴みにして、勢いよく剥ぎ取った。
いっせいに仲間の叫び声が重なり、背中から血を流し息絶える者もいれば、死と苦しみに悶える者もいた。
僕の中で、何かが切れたような気がした。ルキアは手足を鎖で繋がれていて自由を奪われているのに、今にも駆け出しそうに暴れながら泣き叫んでいる。
目の前に居るリークの言葉が聞こえない。
「これで残っているのは、貴方達二人。どちらから片付けましょうか…」
複数の事を考えられなくて僕は下を向いて何かを呟いた。
僕の両手には、光の球が生まれ大きくなっている。
呪文が完成した。
「…導き出す光、永遠に…。ストレイ!!」
奴らが気づいた時には、僕の両手から光の球が輝き出して辺りを包んだ。魔法の光を見てしまったリークとタイン、人獣達は思わず目を閉じて顔を背けた。
魔法の効果を知っている僕は、発動と同時に目を閉じていたから、急に目がくらむ事は無かった。
僕は両腕に力を込めて、タインの腕を振り解いた。動きが自由になると、ルキアの元へ向かって走り出した。
しかし、光に慣れた人獣達が後ろから襲いかかり、地面に押さえつけられてしまう。
ルキアとの距離は後少しなのに、まだ届かない。
人獣達がのしかかって身動きはとれないが、何とか動かして地面に両手を突いた。
「空に宿る猛き女神!飛び立つ羽は、そよぐ水…ヴィミト!!」
僕の真下に描かれた魔法陣が強く輝くと、幾つもの飛沫が一瞬にして氷柱に変わる。
太い氷柱が人獣達の身体を貫く。そして、真下に魔法陣を描いた僕自身もかすり傷を負った。
攻撃を見誤ったが、ルキアを助ける為に冷静な判断をしていられない。
人獣達が動きを見ないで僕はルキアの元へ走り出した。
「兄さん!」
ルキアが微かに希望を含んだ目で僕の名前を呼んでいる。
「ルキア!!」
後少し。後少しでルキアを助ける事が出来る。
けど、その時だった。
「な………っ!?」
全身に鈍い痛みが走った。僕のみぞおちにリークの拳が入る。
リークが瞬間移動をしていたんだ。
気づいた時には、痛みで身体に力が入らず膝をついて倒れ込んでしまう。
リークが僕を見下している。
「人質が勝手に動いてもらっては困ります」
リークは足で僕を蹴ると、うつぶせにして背中を踏みつけた。
何て強い力だ。さっき、僕の両腕を掴んでいたタイン以上の力だった。
「貴方には翼が無いのですね?…本当に、有翼人ですか?」
リークはその場にしゃがむと、左手だけで僕の両腕を掴んだ。
「やめろ…!」
何か嫌な予感がして、意識が朦朧とする中、抵抗を続けた。
顔を見なくても声を聞けば分かる。リークは笑っていた。
リークは右手を差し出して、僕の背中に当てた。
リークが『特殊な言葉』を発動させる。
「清らかな翼、隠された真実よ…」
その言葉をきっかけに、僕の背中は淡く光り、背中から翼が姿を現した。
右には有翼人を象徴する純白の翼、そして、左には鳥の様な形の黒い翼があった。
翼を見られた僕は、恥ずかしさと悔しさに似た気持ちで全身から汗が吹き出していた。
「天使と悪魔の禁忌ですか…これは面白い」
リークはまるで奇異な物を見るかのような口調で僕を見て笑った。
「おや?妹さんは、知らなかったみたいですよ?」
リークの言葉に、僕は懺悔に似た感情を抱いた。
ルキアは目を見開いて、頬を赤らめ泣いている。
僕の翼のことは妹に話したことはなかった。
僕の脳裏に、さっきの会話が浮かぶ。
そういえば、兄さんって、いつも翼を隠しているよね?どうして?
この方が動きやすいし、魔法の練習をする時に便利なんだ。
「さ、ルイアス!その少女を殺しなさい」
僕は視線だけで見上げると、いつの間にか十字架の横には褐色の肌の男が立っていた。
男はルキアに向かって、弓を引いて矢を構える。
早くしないと。
気持ちは飛び出したいが、身体が全く動かない。
「ほら、貴方も見ていないといけませんよ」
僕の後で、鞘から剣を抜く音が聞こえた。恐らく、リークが腰に下げていた剣を抜いたのだろう。
次の瞬間、リークは剣を構えると僕の右頬に目がけて突き刺した。
「ぐああぁぁぁーーっっ!!」
鈍い痛みを感じて、僕が顔をあげた、その時…、
!!!!!
ルキアの心臓に無数の矢が刺さった。
ルキアは全身に力が抜けたまま、顔を上げようともしない。
ルイアスと呼ばれた男は、更に魔法を唱えると、十字架に火を放った。
火がルキアを包む…。
やがて、十字架には人の形の焼け跡が黒く残っていた。
神様、何故…コレ程辛イ現実ヲ与エルノデショウカ。
何も考える事が出来なかった。
僕は小さく呟いた。
すると、真下に巨大な魔法陣が生まれ、轟音が響いた。
それに驚いたのか、リークの力がかすかに緩んだ。刃が肌に食い込み、傷が深くなるのも気に止めず、僕は素早く立ち上がる。
怒りが抑え切れない。
僕はリークを睨みつけたまま、両手で印を結んだ。
この魔法が、書物で懸命に見ていた魔法だった。
「聖なる炎よ…悪しき闇を葬り、今、全てを包………め…」
何かがおかしい。けど、気づいた時には遅い。
僕の真下にある魔法陣が爆発した。灼熱の炎と白い光が僕を包む。
魔法は失敗に終わった。
炎と光が消えた時には、全身に火傷を負って倒れていた。
身体が動かない。
リークが僕の背中を踏みつけて苦笑している。
「暴発しましたか…まあ、良いでしょう。タイン!彼の…悪魔の翼だけを剥ぎ取りなさい!」
それを聞いたタインは、僕の悪魔の翼を掴んだ。
「…リーク様、それではこの有翼人が生き延びるかもしれません」
リークとタイン以外の声が加わった。ルイアスと呼ばれた男の声なのか?
「もし、そのような事をロティル様やラグマ様の知ったらどうなるか…!」
ロティル?ラグマ?
それが、こいつらの上に立つ者なのか。
考える力も薄れている。
「その事を知ったら…そうですね…」
リークが僕の背中を踏みつけながら答えた。
踏みつける力が強くなる。
「私自ら、彼を殺します」
少しの間をおいて、タインの力が強くなった。
「があぁぁぁ――――っっ!!!!」
その瞬間、全身が真っ二つに裂けるような痛みが走る。
タインは僕の翼を勢い良く剥ぎ取った。
激しい痛みと喪失感が襲う。僕は涙を浮かべて、力の限り叫んだ。痛みだけが意識を支配する。
鼓動が乱れ、汗が吹き出す。全身が震えている。僕の脳裏に死が過ぎった。
背中から大量の血が流れて衣服に滲む。生成のローブが赤く染まっていく。
僕を見下していたリークは大きな溜息を吐くと、踵を返した。タインとルイアスもリークに近づいて、僕を見て笑っている。
「さあ、我々の新たなる城へ戻りましょう」
三人の気配が消えたような気がした。きっと、転移魔法を使ったのだろう。
目を開ける事が出来ない。
僕の周りには誰もいなかった。仲間もこの世で一番大切な妹も、もういない。
妹を失った虚無感、翼を失った激しい痛み、混同して涙が止まらなかった。
大切な妹を守れなかった。
何も考える事が出来なかった僕は、何故か地面を這いつくばっていた。もう、力は無いと思っていたのに、僅かな力を振り絞って、ある物を探した。
重い瞼を開いて、それを探す。その区別をつけるのも容易では無かったが、今の意識では更に厳しかった。
見つけた!
幻精郷には、人間界と幻精郷の空間を繋ぐ樹木が幾つか生えていた。
僕は、目の前に立つ木の根を掴んだ。
周りの空間が歪んで、別の空間が現れた。
上手くいった。
幻精郷を離れた事に気づくと、身体の向きを変えて自らの白い翼に触れた。
僕は『特殊な言葉』を発動させた。
「清ら…かな、翼…隠す偽り…よ…」
声が掠れていたが、上手く発動出来た。
僕の背中に生えていた白い翼が、『特殊な言葉』によって体内に吸い込まれるように消えていく。
僕の背中には、片翼を剥ぎ取られた傷痕と出血によって広がった血痕だけが残っている。
「これで…いい………これ、で…も…う…」
僕は死んでも構わない。
生き延びたら…。
そこで、僕の意識は途絶えた。
僕は生きていた。
僕は、復讐を誓った。
それから、僕は人間の老夫婦に助けて貰い、傷が癒えるまで僕を養ってくれた。
老夫婦…ラーヴァス夫妻はとても優しい人で、何も聞かず、まるで本当の息子の様に接してくれた。
体力も魔力も回復したが、右頬の傷は治さなかった。
治したら、大切なルキアを忘れそうになるような気がしたから。
あれから、千五百年が経った。
僕は、あらゆる魔術や魔法、沢山の魔導書を探して読み漁った。長い年月の間、沢山の魔法を習得した。
もっと強くなりたい。
強くなる為に、人間界で旅をして少しでも多くの魔法を習得したい。
一人で旅をするのも慣れたけど、魔術ばかり集中していたせいか剣術はあまり得意ではなかった。
衣服や武器は新調しているけど、やはり剣術に長けている人がいたら少しは楽になるかもしれない。
「仲間か…」
僕は旅を共にする仲間について考える。
気づいていたら、僕は見慣れない町に着いていた。一つ考えると他の事が疎かになる癖は、まだ抜けないのかな。今夜はここで宿を取ろう。
しばらく歩くと大きな建物が目についた。宿を示す看板が下りている。
ついでに何か食べよう、お腹が空いた。
建物の中に入ると、幾つか空いていたから適当な場所に座った。
カウンターでグラスを磨いていた女性が、僕に気づいて近づいてくる。
注文を取りに来るのだろう。
テーブルの上に置いてある小さなメニューを一通り見てると、女性が僕の目の前にやって来た。
「いらっしゃい、何にするか決めたかい?」
「あ、ジュラウスを一つ。…あ、すみません…」
メニューによると、ジュラウスはこの近辺で採れる果物で作るジュースのようだ。
女性が立ち去ろうとする前に、止めてしまった。
女性は愛想の良い笑顔で振り向いた。
「あの、旅をしているのですが、仲間を探している…そういう情報ってありますか?」
我ながら、まとまりの無い言葉だと思った。少し後悔したが、女性は苦笑いをして顔の前で手を振った。
「ああ…今の所聞いてないねぇ。ま、ゆっくりしていきなよ」
女性は一度カウンターの奥に戻っていった。
暫くすると女性は、ジョッキを持ってきた。テーブルの上に置くと、またカウンターに戻っていく。
木製のジョッキには透明な液体が注いである。
一口飲んでから、最近の事について思い返した。
自分でもピリピリしているのは分かっていた。
僕は再び幻精郷に戻って、偶然にもリークとタインを突き止める事が出来た。憎悪と執着が生きる糧だったのかもしれない。
僕は、リークとタインを滅ぼした。
あの時より知識は増えている。ロティルとラグマ、それに、神竜の存在を頭に植えつけた。
物思いにふけっていると、背後から誰かが近づいている。
「あの…」
敵意は感じられなかったが、すぐに振り返った。
「ル……ッ!?」
僕は言葉を失った。
ルキアが立っていた。
しかし、よく見るとルキアではなかった。
深い青色の短い髪、ショルダープレートマントを身につけているという事は、少しでも剣に詳しいのだろう。
活発そうで、ルキアに似ている少女だった。
「初めまして。私…レイナ=ドルティーネって言います」
彼女の笑顔につられて、自然と笑みを浮かべていた。
笑ったのが久しぶりのように感じる。
彼女はルキアに似ていた。
「今、一緒に旅をしてくれる人を捜してるんだけど…私と旅をしませんか?」
これは、生きるという罪なのか。
僕は少し悩んだが、賽を投げた。このまま罪を背負っていても良いかもしれない。
僕は立ち上がって、右手を出した。
「ええ、良いですよ。レイナさん」
「レイナで良いよ…えーっと…」
彼女が考えるよりも早く、彼女の考えを読み取る事が出来た。
「僕は…カリル。カリル=ラーヴァスです」
有翼人には苗字が無い。僕は、咄嗟にお世話になった老夫婦の苗字を名乗った。
「それじゃあ、私もカリルって呼ぶね!改めて…よろしく!」
彼女も右手を差し出して、僕と握手をした。
僕はまだ生きている。




