僕のレオーネ 第3話
尻尾のついた女の子の姿に変身してしまった向井先生はいったいどうするんでしょう。第3話は向井先生視点の1人称で描いています。今回で完結です。
俺の名前は向井幸太郎、小学校の担任をやっている。勿論男なんだが、今は‥中学生いや高校生だろうか‥とにかく女の子の姿になってしまっている。いや、そもそもこの姿は果たして人間の女性と言えるのだろうか。
俺は、祐介が出て行った後でしばらく途方に暮れていた。
ああは言ったものの、この姿でどうやって職員室に行って説明するんだ‥困った。
じっと鏡を見詰めると、そこには尻尾の生えたかわいい女の子が立っていた。
せめてこの尻尾さえ無ければなぁ‥そう思いながら自分に生えた尻尾を擦ってみた。
するとしゅるしゅると尻尾が縮み始めた。
「おっ、これなら」
俺は尚も擦り続けた。すると尻尾はどんどん縮んで、すっかりスカートの中に隠れて見立たなくなってしまった。鏡に映っているのは、もう紛れも無い人間の女の子だった。髪を緑色に染めたちょっとかわった女の子という印象ではあるが……
うん、これなら何とかなるかもしれないな。俺はどうやって職員室で説明するか作戦を考えると、職員室に向かうことにした。しかしこれから自分が何をするのか想像して、恥ずかしさに思わず顔が真っ赤になってしまった。
「すみません」
「はい、どなた」
職員室に入ると、俺の隣の席に座っている川上先生が近寄ってきた。
「向井の家のものなんですが、今日具合が悪くって病院に行くから休むって連絡してくれって頼まれたんですが」
「まあ、わざわざ。向井先生ったら電話すればいいのに」
「すみません。学校に行って連絡してきてくれって頼まれたんです」
「あなたどういうご関係」
「妹です」
「まあ、向井先生ったらこんなかわいい妹さんがいたんだ」
「はあ(川上先生、恥ずかしいからそんなにじっと見詰めないでくれ)」
「じゃあ、教頭先生には私から言っておくわ。向井先生にお大事にって伝えてね」
「はい、よろしくお願いします(よし、何とかうまくいったぞ)」
「ところであなた、その制服この辺じゃ見かけないけれど、学校はどちら」
「え!あの、その、田舎から出てきたばかりで、その、兄の所から通うことにしてるんですけど、まだ転校手続き中なんです(うー、苦しいな。川上先生ったら早く解放してくれよ)」
「そうなんだ。じゃあこれから向井先生と二人で暮らすのね」
「は、はい」
川上先生はなおも俺のことをじーっと見ていた。思わず目を逸らしてしまう。
「うん、じゃあわかったから。ご苦労様」
川上先生はふふっと笑うと教頭先生の席の方に向かって行った。ほっ、助かった。
何とか川上先生から解放されると、俺はもう一度籠の置かれている部屋に戻った。いやぁどきどきしたぞ。
さて、これから犯人を探し出すにはどうしたら良いかなぁ。もう何か手がかりは残っていないんだろうか。
これまでのことを整理すると、うさぎが全部殺され、カメレオンが叩きつけられて重傷か。何も取られているものはない。
これは物取りというより性質の悪い悪戯じゃないのかな。となると、もう一度現れるかもしれないな。そうすると、結局しばらく張り込みするしかないんだろうか。
そこまで考えたところで、取り敢えずもう一度部屋の中を探してみることにした。もう何も変なものは落ちていないんだろうか。
その時窓の下側にキラリと光っているものがあるのに気がついた。レール下に落っこっているのがさっきは見えなかったんだ。太陽の向きが変わって丁度反射したんだな。
それは鍵だった。この大きさはバイクの鍵かな。そういえば窓の鍵が閉まっていない。そうか!ここから入ったんだ。そしてカメレオンに驚いて逃げたってところか。いやもしかしたらレオーネが騒いだのかもしれないな、その時に慌ててバイクの鍵を落とした。
となると、鍵を失くした奴は、鍵を探しにもう一度ここにやって来る。
そう確信した俺は、今晩張り込みを決行することにした。
しかし、夜までこの姿でずっとここに居る訳にもいかない。一旦学校を出ると、町をぶらぶらしながら夜まで時間を潰すことにした。けれども、街に出てみると、この姿ってどうにも目立つのか、しきりに男どもから声をかけられる。
「ねぇ、君、一人でこんな時間にどうしたの。一緒に遊ばない」
「…………」
俺はその度に声をかける男たちの声を無視して歩き去っていった。でも声を掛けた何人目の男だっただろうか。手を掴んで強引に連れて行こうとする奴が現れた。
「おい、無視するんじゃねえよ。気取りやがって」
俺は無言で掴まれた手を強引に振り解いた。
すると、腕を掴んでいた男は数メートル先にふっとばされてしまった。
「へっ?」
俺は一瞬何が起こったのか理解できなかったが、吹っ飛んだ男が怯えるように駆け去って行くのを目の当たりにして、ああ、これもこの子、レオーネの力なんだと気がついた。
その後、何とか時間を潰して夕方再び学校に戻ると、俺は校門前で山野を待った。しばらくすると山野が友達と連れ立って校舎から出てくるのが見えた。
「山野‥くん、待っていた‥わよ」
「え? あ、ああレオーネ」
「山野君、このお姉さん誰?」
「うん、近所のお姉さん。今日はこのお姉さんと約束があるんだ。じゃあまたね」
「へぇ、こんなきれいなお姉さんとかい。いいなぁ。じゃあまた明日ね」
「うん、じゃあね」
校門の前で、山野の友達は山野に手を振って歩き去っていった。
俺は山野と二人で学校近くの公園に行くと、鍵のことを話した。
「そうなんですか。じゃあ僕も今夜学校に行きます」
「駄目だ、夜小学生が出歩くもんじゃない。先生に任せとけ」
「先生、言葉言葉」
「あ‥駄目よ、祐介くんはおうちで待ってなさい。お姉さんに任せてちょうだい……って山野、もう止めようよ」
「いいじゃないですか。先生ちっとも違和感がないんだから。でも僕も何か役に立てないかなぁ」
「そうね、じゃあ犯人らしき人間が現れたら携帯で連絡するから、山野くんはお父さんと一緒におまわりさんを連れてきて」
「わかった。じゃあレオーネ、今日は寝ないで待っているからね♪」
やれやれ。
その夜、俺はそっと学校に入ると鍵が落ちていた例の教室に潜り込み、じっと張り込み続けた。しかし一人でじっとして張り込み続けるのはさすがに疲れる。見張り疲れてうとうととしていると、突然ガシャンというガラスの割れる音と数人の男の話し声が聞こえてきた。
「おい、そろそろ止めた方がいんじゃないか」
「ふん、バイクの鍵を探すだけだよ。でも今日が最後かな。そろそろ危なさそうだしな」
俺はじっと精神を集中した。すると月明かりの中、鏡に映る自分の姿が段々透き通って、全く見えなくなってしまった。
窓から部屋に入ってきたのは数人の男達、まだ高校生位にも見えたが、それは遊び人風の4人組だった。
「昨日のカメレオン、やたら騒ぐから壁に投げつけてやったけれど、カメレオンなんてそうそうお目にかかれるもんじゃないからな。売っぱらった方がいい金になったんじゃないかな」
「そうか、そこまで気づかなかったな。でもあれだけ思いっきり叩きつけたんだから、もう死んだんじゃないのか」
「さあてね。まあそれはともかく、鍵を探してくれよ」
男達はにやにや笑って話をしている。こいつらのせいで、俺はこんな姿に‥
それまで静かに様子を伺っていた俺は、見えない姿のままで部屋の明かりのスイッチを入れた。
パチッ
部屋が突然明るくなったので、男達め、びっくりしているぞ。
「おっ、何だ、誰だ」
ポカッ
一人を殴りつける。
「いてっ、誰だ! ん? 誰もいない。何なんだ一体」
「あなた達、よくも戻ってきたわね」
俺はいきなり体の透明化を解いて、ぬっと姿を現してやった。突然俺が目の前に現れたので、男達は慌てふためいているようだ。
「うわっ、いつの間にお前‥それにその尻尾は‥化け物、うわー」
「化け物とは失礼ね。あたしの名前はレオーネ。あなたたち許さないんだから。とぅ」
俺は彼らに向かってその場でジャンプした。するとまるでトランポリンで跳ねたかのように、大きく飛び上がれるじゃないか。
犯人グループの頭上からキックをかますと、たまらず一人が吹っ飛んだ。さらにもう一度ジャンプする。今度も反動を付けなくても軽々と飛び上がる。
「それっ」
「ぐえっ」
キックが再びもう一人の男のみぞおち辺りにヒットした。そのまま悶絶する二人目。
「あと二人」
俺が振り向こうとすると後ろから突然抱きつかれた。
「ひゃっ」
抱きついた男は俺の胸をくにゅくにゅと揉み始める。
「ひっ、やめろー」
痛みとも、快感とも付かないような奇妙な感覚が俺を襲ったが、右肘でエルボーを男の腹に叩き込むと、そのままその男もその場にうずくまってしまった。しかし何でこんなに良く体が動くんだ。
「あと一人」
俺が振り向くと、最後の一人はナイフを取り出している。
「この化け物、あっちへ行け」
男の足はぶるぶると震えていた。
「なによ、今まで散々したいようにしてきたくせに。それっ」
俺は無意識に腰を振った。尻尾が男のナイフを叩き落す。そして尻尾の先で、びしびしと男の頬を打った。
「痛い、痛い、や、やめてくれぇ、悪かった」
「大人しく警察に行くか」
「わ、わかった、行くよ、行くよ」
俺はぐったりと倒れ込んだ彼らの手をロープで縛ると、山野に電話した。しばらくすると山野と山野の父親、そして警官が一緒に駆けつけたので、四人組を突きつけた。警官はせいぜい女子高生くらいにしか見えない俺が頑健な男達を捕まえていることに目を丸くしていたが、事情を話して彼らを引き取ってもらった。
結局四人組は近くの高校生のグループだった。夜な夜なあちこちに忍び込んでは悪戯をしていたらしい。うさぎを殺したのも彼らの仕業だった。何かと評判の悪い奴らだったようで、警官も彼らを見ると、すぐに納得してくれたようだ。
「先生ってば、あいつら4人もいたのに一人で捕まえたの?」
「うん、何か体が軽いし自分ではそんなに力を入れていないつもりでも、すごい力が出ていたみたいなんだよ」
「レオーネの力だね」
「そうなのかな。さて、取り敢えず山野の願いは叶ったことだし、この体も元に戻らないのかな」
そう俺が呟いてしばらくすると、体に異変が訪れたのを感じた。背が伸び始め、朝とは逆、まるでビデオを巻き戻しするかのように、俺の体は元の自分の姿に戻っていった。
「ほっ、ようやく戻ったか」
「ちぇ、先生戻っちゃったの。僕もっとレオーネと遊びたかったのに」
山野がそう叫んだ瞬間俺の体は再び変化し始めた。緋色のベスト、ミニのプリーツスカートの尻尾の生えている少女に。
「おいおい、山野が変なことを言うから」
「へぇー、僕が願えばいつでもレオーネと会えるんだね」
「山野、頼むから元に戻してくれ」
「えへへっ、先生、明日からもっと遊ぼうね。今度またあのお店にも行ってみようよ」
俺は両手でスカートの裾を掴み肩を震わせていた。
「や、やぁまぁの」
「うぁーい、先生ごめんよー」
「待てぇ、こらぁ」
明るく笑いながら逃げ出す山野に、俺は思わずため息をついてしまった。
「まったくしょうがない奴だな。でもまあ……」
夜空を見上げると、雲間から顔を出した満月は一段と輝きを増してるように見えた。
(終わり)




