序章
『赤ずきんはどうして他のお姫さまと違って王子様がいないの?』
『そうだな~……、それはまだ見ない王子様を見つける為だよ!』
『そっかぁ‼ じゃあ早く見つかるといいなぁ!』
そんな小さい頃の想い出が儚く散ることになるとはこの時の私は思いもしなかった。
~ヴィシット本部~
「ねぇ、またグリムの奴らが街に来たって聞いたけど知ってる?」
「え!? 今度はどこに来たの?」
「C地区だって。でも、モノクローム・ファクターが追い払ったって聞いたわ」
「ホワイトの方でしょ、どうせ。でも良かったわね、彼らがいればこの街も安泰だわ」
「そうね」
そして彼女達は違う話に華を咲かせ横を過ぎて行く。
「…………グリムが近くまで来てるのか」
タバコを1本出したが、またしまう。
「そういや、ここは禁煙だっけか。しかし、まあこれから大変だな……俺もお前も」
一人呟く言葉は誰にも聞かれず消えていった。
ここは大都市アシハラ。国の中枢と言っていい。
ここには善悪が混合しており、犯罪も勃発している危ない地区もある都市だ。
そして近年街を騒がしている犯罪集団がいる。
その名も『グリム』そのメンバーは遥か昔から伝えられているグリム童話を象徴した物語の主人公の名で呼ばれている。
中でもトップの強さを誇っていたのは『シンデレラ』『ヘンゼルとグレーテル』『白雪姫』『いばら姫』『ラプンツェル』の者達だ。
彼らは皆美しい容姿をしており、だがその行いは残虐で人々を苦しめ日々混沌としていた。
だが、その表舞台に出ない存在がいた。
その名は『赤ずきん』彼女は誰よりも強く他の者を寄せ付けない鋭さを持ち唯一従ったのはトップであるカリアだけだった。
だが、ある時を境に彼女は行方を眩ました。
他のメンバーさえ彼女がどこに消えたか分からない状態だ。
そして、そんなグリムを捕縛すべく立ち上げたのが『モノクローム・ファクター』だった。
彼らはチェスの駒をモチーフに作られた組織で『ホワイト』と『ブラック』に別れており、『ホワイト』は上級の位の者や能力が高い者などがおり、反対の『ブラック』は元、犯罪者の者達の組織となっている。
そしてホワイトとブラック共に階級があり、『キング』『クイーン』『ルーク』『ビショップ』『ナイト』『ポーン』の順に配置される。
この組織は最初すぐに解散されるかと思われていたが、そんなことはなく、次第に大きく急成長していく程の組織となったのである。
今では国家のシンボルにまでなりつつある。
~E地区ビル街~
「………………っ」
「なあ、良いだろう? 別に恐いことはしねぇからさ、ちょっと俺達に付き合ってくれればいいだけだからよ」
男は下卑た笑いながら若い女性を暗闇へと連れて行こうとしていた。
「ほらよ~」
「や、やめて‼」
その瞬間
「待ちなさい! それ以上彼女に近付いたら発砲します!」
「なっ!? モノクローム・ファクター‼」
声を上げた方を見て男はしかめっ面をする。
だがそれも一瞬、敵は身を翻し逃走した!
「へっ! 誰が捕まるかっつーの‼」
「待ちなさい‼」
敵と同僚が走っていくのを見届けて私は被害にあった女性へと近付いた。
「あの、大丈夫ですか?」
「! …………は、はい。なんとか」
完全に怯えているな……。1度本部に戻って預けてから――
「しつけーんだよ‼」
…………何故戻ってくるんだ。あ~、馬鹿なのか。
「ひっ」
「…………仕方ない」
同僚は撒かれたのかいないし、私がするしかないようだ。というかさっさっと片付けたい。
「お!」
幸い敵は私達を見つけ、人質にするようでこちらへ向かって来た!
「まあ、そんなことさせないけどね」
敵が半径50Mに入った瞬間、罠にかかる。
ズザアァッ‼
「うわあああっ!?」
「はい、確保――――!」
敵の男は私の武器のワイヤーによって両手足を縛られ地面に転がっていた。
そこへ同僚も駆けつけてくる。
「あれ!? もう確保したの!? 早くね?」
「当たり前でしょ。仕事はスムーズに済ませないと後に響くんだから」
「やっぱりユエはスゲーなぁ」
「そんなことないよ。皆の方が働いてるでしょ」
「つってもビショップやナイトには負けるけどな~」
アハハと笑う同僚にこちらもそうだねと返しながら確保した男を輸送車へと連れて行く。
実際に街に出て動いているのは私達『ポーン』で『ビショップ』『ナイト』も動くが大抵治安が良い場所、『ルーク』以上はあまり動いているところを見たことがない。
(まあ、キングなんて朝礼の時くらいしか見たことがないけど)
でも私は『ポーン』の仕事が好きだ。同僚達と下らないことで笑ったり、相談したり出来るから――――昔はそんなの無かったからね。
「そういやユエは今度の大会に出るのか?」
ゴトゴト揺られながらよく喋れるな……。
「あ~、あの毎年やってるやつか……出られるわけないじゃん、皆より弱いし体力もないしね」
とんでもないと肩を竦めて見せる。
「んじゃあ今回も俺達と観戦すっかぁ‼ 今回もオッズをやってだな~」
「程々にしておきなよ~」
そんな話をしてる間に車は本部につき、捕まえた男を係の者に引き渡す。同僚は用があるらしく、そこで別れ私はお腹も減ったので食堂に行くことにした。
「今日も盛況だね、ここは」
あまりごった返しているところは好きじゃないのでため息が出てしまうが仕方ない。
一呼吸したのち勇気を出して1歩踏み出す!
「待て待て、お前が行ったら揉みくちゃにされて終わるぞ」
ガシッと頭を掴まれ停止させられる。
「…………ラトス、頭痛いんだけど」
「わりぃ、わりぃ、ほらお前はあっちの席で待っとけ」
今日も今日とて奴は女性を侍らせていた。こいつ、ラトスは昔馴染みの奴で嫌なところも知っている仲だ。
そして私が揉みくちゃにされる理由、それは――――
「ちょっとは伸びたんだけどな~」
背が小さいのです。ちなみに153センチ……。
トボトボと席に着こうとすると横から見慣れた人物達が立ちはだかった。
「あ~ら、またラトス様にご迷惑をおかけしておりますの?」
「してませんけど」
面倒臭いのがまた来た…………。
彼女の名前はミーシェ・シェスカーと言い『ホワイト』の方に所属しており、まあお嬢様でいつも取り巻きを連れていて、ラトスの事が好きらしく私がいつも彼の隣にいるから嫉妬して私にいちゃもんをつけてくるのだ。
まあ、ラトスが本気になった女性なんて見たことないけど。
「何ですの? 実際にラトス様に食事を持ってきてもらっているではありませんの」
「私は自分で取りに行こうとしてました」
はっきり言ってかなり面倒臭い。どっか行ってくれないかな……
「んまぁ‼ 感謝するならまだしも、反論されるなんて! 貴方の親はどういった教育をされてきたのかしらね?」
ピクッと肩が震える。
「………………」
「な、何ですの……」
ミーシェは私の怒気を感じて萎縮してしまった。いけない、いけない。
「ユエ、遅いですわ。待ちくたびれましたわ」
そう言って近付いてくる女性がいた。名をジュナ・フォンス。
彼女も上級の家だ。
「あら、ミーシェ様。ごきげんよう、私の友人がどうかしまして? 私もききますわよ」
「い、いいえ‼ 何でもございませんわ! そ、それではジュナ様、ごきげんよう‼」
ミーシェは自分より格が上のジュナには勝てないので踵を返しそそくさと逃げた。
「…………お嬢様なのに脱兎のごとく早いね~」
あ、転んだ。
そんな光景を見ていたらやっとラトスが戻ってきた。
「あれ、まだ席に着いてなかったのか?」
「誰のせいでそうなったと思ってんの」
「そうよ。ユエが可哀想に、あんなのに掴まってグチグチ言われていたのよ!?」
あんなの呼ばわりされているミーシェ譲……。
「あ~、また言ってたのか……悪いな、ユエ」
すまなそうに眉を下げるラトスに私は頭を横に振る。
「大丈夫、いつもの事だし。ほら、早く食べよう!」
まだ言いたそうなジュナも引き連れ席へと座り、待望の食事の時間が始まる‼
「いっただきまーす‼」
「いつ見ても凄い量だよな……それ。しかも飯じゃねーだろそれ」
「良いじゃない。ユエが嬉しそうに食べているのだから! あぁ、ユエ口元にクリームがついているわ」
なんか他がうるさいけどそんなの目に入らない。だって、私の目の前には美味しそうな、いや、超絶美味しい巨大苺チョコバナナパフェが私に『早く食べて‼』って言っているのだから‼
一口頬張る度に苺の甘酸っぱさとバナナとチョコの甘さとほろ苦さが合わさって絶妙なハーモニーが私を堪能させてくれる‼
「本当、ユエって甘党だよな……飯食べてるのほとんど見ないぞ」
「あら、ちょっとはバランス良く食べさせているわよ? あれだけじゃバランス悪いからね」
「お前は、あいつの何なんだよ……」
「親友」
「はいはい」
そんな事をしていると食堂の扉が開かれ、外から意外な人達が現れた。
なんと、ホワイトとブラックの『ビショップ』達だ。普段一緒にいるとこなんて見ないのにどうしたことだろうと視線が集まる。
辺りはしーんと静まり彼らの行動を見まもっている。
「なぁ、やっぱり皆俺達がいるの不思議そうに見てるぜ」
ブラック所属のビショップ、ザックが周りを見回しながら言う。
「仕方ないだろう今度の大会準備で協力するしかないからな」
こちらはホワイト所属のビショップのマチェスタ。
「そうですね~、こんなことがない限り僕達会いませんし」
資料らしき紙を仕分けしながら他のメンバーに渡しているのは同じホワイト所属のナイトのアルベルト。
んで、その向かいの無口がナイトのクロウである。
離れたところから見てる私達はその異様な光景を無視して食事に集中していた。
「これ美味しいですね」
「お前、今俺のおかず取ったろ! ったく、ていうかユエ、お前めっちゃクリームついてんぞ」
「う?(モグモグ)」
「そういや、今回の大会お前出んの?」
「えぇ、出ない訳にはいかないので」
「お前も大変だな~……家がデカイとさ」
「貴方の女性関係よりは大変ではないけどね」
「嫌味かコラ‼」
二人は仲が良いなあ。
ふと、近くに知った気配がする。…………これは、とチラリと机の下を覗く。すると、目が合った。
「………………」
「………………」
いたのはモノクロの会長の護衛、カゲロウだった。
彼は手元から紙束を出し、そこには
『どうも。会長から伝言です』
と書いてある。彼はいつも喋らないで筆記で会話してくる。
最初は戸惑ったが今では馴れたものだ。
すると、カゲロウはペラッと紙をめくり、私に見せる。
『今回の大会には各国の王様や重鎮達が来る。もしかしたらグリムの奴らが乗り込んでくるかもしれないからお前は絶対に出てくるな。とのことです』
なるほど。だけどこの大会って誰が強いかをお祭りみたいな感じで決めているような大会だし…………来るのかな?
そうしているとラトス達が私に話しかけてくる。
カゲロウの方は、いつの間にか消えていた。
「なぁ、ユエは今回の大会誰が勝つと思う?」
「私はどうでも良いですわ」
「いや、お前に聞いてないから!」
そんなたわいもない話をしながら頭の片隅に奴を思い出す。
優しそうな顔で残虐なことをするあの男の顔を―――――
「………………」
「どうした、ユエ」
「ユエ、大丈夫? お腹痛いのかしら」
いや、お腹はすこぶる快調です! そんなに変な顔していたのか…………。
だけど、私の反応に一早く気付いてくれるのは嬉しいものだ。
この人達と一緒に過ごす為にも私は負けていられない‼
「ラトス、ジュナ」
「どうした?」
「何ですか?」
二人は不思議そうに聞いてくる。
「今回の大会も成功させよう‼」
「お、おう。……どうしたんだ、ユエは? あいつ大会は観戦のほうだろう?」
「さぁ? でもやる気のユエを私は応援するだけです」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった……」
「今さら気付いたの?」
何やら二人はまたひそひそと話しているけどほっとこう。
私がこれからするのは対グリムの為の対策をすることだけだ。
(会長には出るなって言われてるけど仲間が危険な目に合うのは見てられないからね。やれることはやっとかないと!)
グッと拳を握り決意するのだった。