後編 VS炎の奴隷少女 赤崎紅子
キャラクター紹介 赤崎紅子
帝立大志万学園一年A組 出席番号一番(雫は転校生なので0番)
『発火』の能力をもつ、赤い髪のポニーテールで吊り目の不良少女。
手から出す炎は3000度を超える、強力な炎系能力者。
火は手を使わないと出せず、コントロールできないが数十メートルまで飛ばすことができる
昔のヤンキー漫画が好きで、特注の長いスカートなどでスケバンのまねをしている。
普通に強いのだが、それゆえ雫に目をつけられて敗北、奴隷となる。
赤崎紅子は燃えていた。
物理的に、自分の能力によってではない。復讐の炎に燃えている。
「ころす、殺す、あの転校生、絶対に殺してやる!」
かん、かん、かん、と寮の部屋に鋼鉄同士が叩き合わされる甲高い音が響く。
帝立大志万学園、能力者を育成する学園は発展途上な少女たちを外敵から守るため、全寮制となっている。
エアコン完備の個室がひとりひとりに与えられているのは、いかに大戦後の日本で生徒たちが期待されているかの表れでもあるだろう。
紅子はそんな自室で、ひそかに金づちを振るっていた。
(この釘バットで、あいつの頭をぐちゃぐちゃに潰してやる……!)
釘バット。
野球のためのボールを打つという目的を廃した、肉体の損傷のみを目的とした凶器。
鉄製の茎に、釘の花が咲いた殺傷兵器。往年の不良少女にこれほど似合う武器も他にないだろう。
夜な夜なバットに釘を打ち込んでいく様子は、丑の刻参りを連想させるホラー映像ですらあった。
ちなみに自分の能力のイメージカラーに合わせてか、昔のプロ野球選手のようにバットは赤く塗られていた。
どうせ血に染まるのなら、といった配慮であろうか。
「よし、今度は漏らしても関係ない、死ぬまで追いつめてやる」
釘バットも暴力的ではあるものの、紅子の『発火』能力による3000度を超える爆炎のほうが生物にはよほど脅威だ。
だというのに彼女が何故、原始的とすら言える武器を作成しているのか。
それは能力の発動には精神の安定が最も求められるからだ。
先の転校生、青井雫との戦闘で『漏出』による能力で人前で尿失禁。結果、感情を乱されて火をマッチ棒の先ほども出すことができないまま無様に敗北を喫したスケバン少女。
特に不定形の炎を操るには、慣れていても一定の集中力がいる。
傾向と対策の末、勉強などろくにしたこともないヤンキー娘が考えた解答が単純な暴力装置というわけだ。
「よし、明日はこれで、しょ、小便もらしてもあの転校生の澄ました顔にホームランぶち込んでやる」
むふー、と完成した凶器に目を輝かせて満足げに鼻息を漏らすポニーテールの少女。
紅子はいまだにあの日の敗北を、周囲の嘲笑を、濡れたスカートを引きずって保健室にいく自分を見る眼を夢に見る。
忘れることなどできるはずがない。
最強の炎系能力者としてのプライドを取り戻すためには、あの雫とかいう転校生を殺し、自分のおもらしが収められたデータを奪い、クラスを再び恐怖で支配するしか道はなかった。
そのためになんとしてでも、能力に頼らずとも、再びおしっこをぶちまけてでも殺人を犯す覚悟があった。
「へへ、見てやがれ、命乞いしようが許してやらねぇからな」
ポニーテールが特徴的な吊り目の少女は、髪をほどくとベッドに横たわる。
釘バットの作成作業で疲れたのか、可愛らしいネコ柄のパジャマに着替えるとすぐに眠気に襲われて寝入ってしまう。
明日の勝利を信じて疑わずに。
転校生の死を信じて疑わずに。
赤崎紅子は気がついていない。
自分がどれほど狂った怪物を相手にしてしまったのかを。
そして。
長い黒髪の少女が、ベランダから自分の無防備な睡眠を見ていることに。
*****
釘バットをフルスイングして、雫の顔面に叩き込む。
霧のような赤い血煙を吐いて、黒髪も乱れて倒れる。
無様にうめき声をあげる獲物、その頭を全力で割る。
何度も何度も何度も何度も何度も、息が絶えるまで。
「へ、へへ……ざまぁみろ……むにゃむにゃ」
そんな幸せな夢を見た。
寝言で勝利宣言までして、紅子はかりそめの勝利に酔いしれている。
そのゆるんだ顔は、15歳という年相応に幼く見えるものであった。
ゆるんだのは顔だけではなく。
幼く見えるのも顔だけではない。
しょろろろろろ……
普段の乱暴な振る舞いからは想像できない、ファンシーなネコ柄のパジャマを身につけて寝ている不良少女。
お気に入りの寝巻きの、その股間がじわじわと変色していく。
閉ざされた自室から降るはずのない雨、作動するはずのないスプリンクラーが内側から紅子のお気に入りのパジャマを濡らしてしまう。
濡れるということは、固体に液体が付着して起こる現象である。
「ん、ふぅ……」
つまり。
15歳の炎を操る能力者、一年A組の不良少女、赤崎紅子は。
就寝中に無意識に開いてしまった尿道口から、体液をあふれさせてしまっている。
おねしょをしてしまっている真っ最中だった。
「くぅ、た、倒したはずなのに……なんで、また、おしっこぉ……」
肉体の変調にともなって、脳内のレム睡眠中の深い夢にも変化が起こったのか。
憎い転校生を倒したはずの幸せな夢が、おしっこを漏らしたときを思い出すような我慢の悪夢に変わったことが寝言からうかがえる。
実際は肢体はすでに敗北し、股間の円状失禁跡は拡がっているのだが。
ぷるぷる、と気がつかないまま身体は排尿の振動で細かく揺れる。
「う、ふあ……へへ、しょ、しょうべんかけてやる……」
やがて夢の中の紅子が、雫に聖水シャワーをかけて勝利という倒錯した欲望を満たすのと同時。
尿孔は門番としての役目を終え、勢いよく膀胱の内容液を発射させる。
パジャマを濡らす小水は加速度的にその面積を増やしていき、やがては布が吸収しきれなくなる。
つまりはベッドのシーツを黄色く染めていく結果へとなる。
「うふふ、赤崎さんかわいいですよ……」
窓の外から楽しげな女性の声が聞こえてくるが、まだ紅子は目を覚まさない。
覚まさないから被害は拡大していく。
寝相が悪くて掛け布を蹴飛ばし、がばっとがに股に開いたパジャマの猫が泣いている様にしわしわと濡れていく。
不良少女はだらしなく尻を自分の体液で汚していく。
しゅわーーーーーー!
寝る前にトイレに行かなかったのは、不良という悪い子だからか。
言いつけを守らなかった女子高生は、パジャマという衣服すらも突破する強烈な放尿をベッド上に晒してしまう。
室内の目覚まし時計の秒針など比較にならない、水漏れ音が紅子の耳にも届いたのか。
ぱちぱち、と何度かまばたきした瞳が光を取り戻していく。
「え、あ……?」
お尻が温かい。
まず紅子が思ったのはそのことだった。
いい夢を見ていた余韻などカケラもなく、自分がとんでもないことをしてしまった予感に冷や汗をかく。
汗でお尻が濡れているならまだよかった。
「ゆ、め……? 夢か、これ……」
もちろん、臀部を濡らしている自分の体液も、ベッドを染めていく黄金液も、尿道をくすぐるような排尿液も。
すべてが現実。
生まれてから、能力に目覚めてから、世界を炎で染めつくして変革してきた不良少女。
おねしょで自分の体を染めつくして、高校生にもなって寝小便をしたという最悪の目覚めをしてしまった。
「あ、あ、うそ、うそだ、おね、おねしょ、うあああぁぁぁ!」
お気に入りのネコ柄パジャマが股間から濡れるのを見て、頭を釘バットでがつんと殴られたような衝撃が襲う。
一気に眠気が吹き飛んで、自分がとんでもないことをしてしまった罪悪感とショックで叫びだす。
あの敗北の日のトラウマから、トイレに行くたびに傷ついていた心。
その古傷が一気に開いて、なさけない悲鳴を紅子にあげさせてしまったのだ。
「やだ、うそ、あ、アタシ、アタシが、おねしょ、なんで、なんでぇ!」
とっさにパジャマの股間を押さえて、洪水被害を抑えようとする。
もちろんその行動は逆効果で、両手をべとついたおしっこで濡らすだけの結果に終わる。
教室での失禁騒動を思い出す、あの忌まわしい感触が刻まれた敗北感で涙を流させる。
そもそもベッドにはすでに隠しようもないほど、恥ずかしい世界地図が描かれてしまっていた。
(うそ、うそだ、なんで、小学生になってから、お、おねしょなんて、したことないのにぃ! このアタシが、ま、また、小便なんかに、おしっこなんかに負けて、シーツが、く、くさい、とまらない、とまれ、とまれよぉ、洗濯どうすれば、こ、こんなの出せない、洗濯室で布団を洗ってるの見られたら、こ、こんなの運んでくの見られたら、ま、また学校のクズどもに笑われちまうよ、やだ、もう、もうあんな思いしたくないのに! 明日、あの女の頭をかち割って、なかったことになるはずだったのに、こんな、自分の部屋でおねしょ、くそくそくそ、ちくしょう、なんで、なんでだよぉ、ネコちゃんのパジャマ、もう着れなくなっちゃう……うあああぁぁぁん!)
ぐじゅじゅっ、と。悔しさに歯噛みして柔らかな股間の肉をつかむと、猫の布地から小便がにじみ出してくる。
高校生にもなって、日本一の能力者が集う学校に入って、そんな自分が超人だとうぬぼれていた紅子が、小学生もろくにしないであろう寝小便をしてしまった。
そのショックは少女の顔を見れば明らかだった。
眉を下げて、大粒の涙をぽろぽろと限界まで濡れたシーツにこぼす姿は、不良にも能力者にも見えない無様さであった。
「うっ、ひっぐ、ちく、ちくひょぉ……」
ずずっ、と鼻水まで垂らして自分の失態に顔をぐしゃぐしゃにしてしまう紅子。
赤髪のポニーテールを下ろしていることもあって、普段とは全くの別人の美少女であった。
そしてその伸びた髪も、小便のアンモニア臭がしみつくほど末端が濡れてしまっている。
この世で最もバカみたいな能力者、それが今の彼女だった。
じゅる、ぶじゅじゅじゅじゅ……
内股になって、延々と地獄が終わるのを待っていると、やがて水音が収まっていく。
その頃には股ぐらを押しとどめていた手の、袖までがぐっしょりと濡れてしまっていた。
全身に重みを、自分のおねしょの重圧を感じながら、ほうと息をつく。
最後にぶるるるっ、と大きく震えて尿道に残ったおしっこまで搾りつくして、赤崎紅子の排尿は終了した。
「……ち、くしょぉ……どうすりゃ、いいんだよぉ……」
呆然と、眼下に拡がる惨状を見る。
バケツの水でもひっくり返したような、軍隊のしごきでも今時やらないような洪水跡。
そんな大量の水、自分が体内に溜めていた小水の後始末をどうすればいいのか、ショックで何も考えられない。
これが自分の家で、自分の部屋ならまだよかった。こっそり洗濯機に放り込んで適当に動かすなり、お母さんに泣きつくなりできただろう。
だがここは女子高の寮、自分を狙う敵だらけの同世代の少女たちが同じ屋根の下に住んでいるのだ。
「とと、とにかく、隠さなきゃ、おしっこしたなんて、こ、これ以上バカにされるなんて、たえられねぇよ……」
ベッドの脇に立ち上がって、シーツをめくろうとする段階から多大な精神力を必要とする。
なぜなら両足で立った瞬間、下着にまとわりついていた尿が脚を伝わって落ちていく感触、それに耐えなければならなかったからだ。
かろうじて汚れていなかったパジャマの前面までもが肌に貼りつき汚れていく。
ぽたた、と足元のカーペットにまで自分のおしっこが落ちていく様子を見て、また吊り目に涙があふれてくる。
「……っ、ちっくょおおぉ……、こんな格好で、洗濯室まで行けねぇよ……」
イライラとした様子で、乱暴に腰にまとわりつくパジャマを脱いでいく。
べちゃっ、と不快な湿った音を足元に残して、というかネコの絵柄ごと忌々しげに足蹴にして紅子はおねしょパジャマから脱する。
もはや原形をとどめていないショーツ、何色だったのかすら分からないほど黄色く汚れたそれごと。
下半身裸の不良少女は、てかてかと濡れた尻を誰も見ていないのをいいことに大胆に晒しながら、シーツをはごうとする。
「うっ、み、水がたまって、どうすりゃいいんだよこれ……」
薄い敷き布をはがそうとするが、吸収しきれなかった小水が小さな泉のように溜まっていたのだ。
そのまま無理やり引き剥がせば、ベッド自体におしっこがこぼれてしまうだろう。
さすがにベッドは干すしかないが、濡れた跡のあるベッド本体など干せば何があったか寮生たちに分かってしまうだろう。
バスタオルを使うという案も混乱した頭では浮かばず、結局、彼女が選んだのはいつも慣れ親しんでいる手段によるものだった。
「く、くそぉ、こんな、こんなおねしょの後始末なんかにアタシの『発火』能力を使うなんて……」
手のひらに小さく炎が灯る。
震える手で、自分の小便でべとついた手でその火をシーツに近づけて、潤った睡眠失禁の跡を乾かしていく。
火力の調節も慣れたもので、どんどん敷き布が元のように乾燥していった。
だが紅子にとっては、自分の自慢の能力でドライヤーみたいに情けないおねしょを隠すという、プライドを傷つける行為に他ならない。
「ふぅ、ぐすっ、ちくしょ、でも、これで今度は誰にも見られない……」
お気に入りの下着もパジャマも台無しになったし、その場しのぎで乾かしたところでベッドにはアンモニア臭が残るだろう。
それでも紅子にとっては、まだ女子高で恋すら知らないヤンキー少女にとっては、誰にも知られることがない。
その一事だけが大切だった。
能力による教室での着衣お漏らしとは違って、おねしょをしてしまうなど知られたら威厳どころの話ではない。
「あ、朝になる前に早くかわかさねぇと……」
「うふふ」
ふと、耳にあの転校生の微笑が聞こえた気がした。
ばっと顔を上げるも、窓の外、ベランダには誰もいない。ただ夜風が葉を揺らす風景だけだった。
ケツ丸出しで小便跡を乾かす姿など、人に見られたら生きてはいけない。
あの変態能力者の雫に見られたらと思うとぞっとする。
「……気のせいか」
「……うふふ」
作業を再開して、手のひらの炎で乾燥を続ける紅子の部屋。
寮で明かりがただひとつ点灯しているベランダのその隣で。
青井雫はデジカメに録画したおねしょを再生して見ていた。
情けなく涙目でおねしょを隠そうとする部分までの映像を。
不良少女の悪夢はまだ、終わってはいない。
*****
「……ちっ、あのアマ、逃げやがったな」
結局、夜明けまでおねしょの後始末に追われて、パジャマなどをクローゼットの奥に押し込んでから紅子は登校した。
明け方まで緊張して作業していたせいか、眠気が襲ってくる。
もちろん、眠るわけにはいかない。
セーラー服の肩にかついだ、真紅の釘バットで転校生の頭を殴るまでは。
だが、転校から数日、雫は一度も教室に姿を見せてはいない。
「ねぇねぇ、赤崎さん、あんなバットなんて持ってきて何してんの? なにあれクギ?」
「あれで転校生をシメようってことでしょ。お、おもらしさせられたんだから、ぷぷ」
「あれは傑作だったわよね、よくまたこの教室にこれるわ」
「おしっこ~とか、泣いてたもんね、けっさくだったわ」
「か、川上の赤バットとか、どこまで昭和なんだ……」
「……うっせぇぞ、てめぇら」
くすくすと、教室に広がっていた女番長を嘲弄する声。
泣いてわめきながら小便でスカートを濡らしていくという姿を見られたのだ。バカにしないほうがおかしい。
とはいえ、仮にも彼女はクラスで最強の能力者。
いかに新学期から残っている能力者たちとはいえ表立っていじめることもできず、事実紅子の一声でA組は静まる。
「……ちっ、他のクラスのやつらも遠巻きに笑うだけ。腰抜けどもが」
彼女が小便しながら土下座して負けたという噂は、一年生なら誰もが知っており、スカートを濡らして歩く姿も目撃されている。
不良とはいえ花も恥らう乙女、その視線や嘲笑、自分をバカにする声に胸がちくちくと痛む。
だが、それでも彼女は登校してきた、ただ復讐するために。
できればクラス全員殺したかったが、そこまで派手な行為をしてしまうと二年生以上の上位の能力者が動く。
勝つ自身はあるが、転校生と同時に敵対すれば目的を果たすのが困難になる。
紅子は復讐を果たすために、あえて一年A組のおもらしスケバンと蔑む屈辱に耐えていた。
「くそがっ」
そんな怒りをこらえて、一言だけ吐き捨てると少女は机に突っ伏した。
能力理論の退屈な授業など、聞いている暇などない。
自分も授業をサボって、転校生を追い回したかったが、ここ数日でそういった行動は無駄だと理解していた。
登録してある寮の部屋はもぬけの殻だったし、敷地内にいるはずだからと学校側も特に把握していなかった。
つまり彼女は自分を恐れて逃げている。
だが雫はいずれ姿を現すはずだと紅子は確信している。なぜなら他の能力者の漏らす姿も見たいと転校生自身が言っていたからだ。
(……絶対に、殺してやるからな)
それまでは自分も学校で待機しているしかない。
体力を温存するためにも、彼女は昨夜、寝られなかった分を取り戻すように寝息をたて始めた。
赤崎紅子は気がついていない。
ここにいたってまだ気がついていない。
おねしょなどしたことのない自分が、どうして昨夜あんなことになったのか。
謎の視線は本当に気のせいだったのか。
どうして転校生は姿を隠しているのか。
そして。
長い黒髪の少女が、学校の外から教室の自分を見ていることに。
そのことを知らずに寝てしまった自分の愚かさに。
まだ気がついていなかった。
*****
「……くぅ、くぅ……」
なぜ不良は、教室の一番後ろの席に座るのだろうか。
一年A組の最強の座とともに勝ち取った、教室最後尾の真ん中の席。
そこで赤崎紅子は長いポニーテールを垂らして、意外と可愛らしい寝息をたてて睡眠学習中だった。
おそらくは先生の声が聞こえにくくてよく眠れるからとか、クラスを全体から眺めて気分がいいとかそういった理由からだろう。
しょわわわわわ……
だから。
一番後ろの席にいたからすぐには誰も気がつかなかった。
それは幸運だったのだろう、あまりにも些細な幸運だが。
紅子の長い特注スカートの奥から響く水音が、クラスメイトたちの耳にはまだ届いていない。
「んっ、ふぅ……」
彼女が机に上体を伏せたまま、寝返りをうつたびに教室は緊張に包まれる。
人の頭を掴んで、高温で炙るような危険人物なのだ。
睡眠を妨害して、自分が標的にされてはたまらない。
教師ですらそう思っているから起こすことができないでいた。
「くぅ、くぅ……てんこうせぇ……どげざ、しやがれ……」
耳をそばだてて、紅子が起きたらすぐに逃げられるように周囲の生徒は観察している。
そのため、右隣の生徒はすぐに気づいた。
自分が土下座したくせに、能天気に自分が勝利している寝言を垂れていることにではない。
異音、教室で聞こえるはずのない水音、けれどつい先日聞いたはずの水音が流れていることに。
「……ねぇ、ねえ、あれ見てよ」
「なによ、あの猛獣が起きちゃうでしょ……やだ、うそでしょうっ」
「え、マジで? 最低……」
「うわっ、垂れてるし……」
「勘弁してよ、本当に頭おかしいんじゃないの?」
ざわざわざわざわ、教室にどよめきが広がっていく。
それもそのはずだ、クラスの女王たる紅子、失墜しても実力は明らかなはずの紅子が。
教室に転校生がいないから、能力を受けているわけでもない不良少女が。
おねしょをしていたのだから。
「んっ、んっ、そ、そんなのうりょく、きかないからなぁ……」
ぽた、ぽたたっ
約8時間ぶり、あまりにも早すぎる二度目の寝小便だった。
しかも教室の机に座ったまま、セーラー服を着て寝たまま。
そのスカートの臀部が濡れていく様子をクラス中に見られ。
座席からあふれた小水が、ひとしずくとなって垂れていく。
女性として、人間として排尿のコントロールもできないで。
最低の姿だった。
「んっ、あ、あったかい……? え……」
ぶるるっ、と体内から温かな水分が放出されて冷えたのか。
ひときわ大きく震えたあと、紅子は目を覚ました。
覚ましてしまった。
周囲の喧騒もあって、昨晩よりも寝にくい環境だったから。
昨晩すでに経験したことだから、何があったのか分かってしまった。
「え、あ、うそ」
分かっていても認めたくないものはある。
自分が『漏出』なんてバカみたいな能力に負けたこととか。
教室の真ん中でおねしょをしてしまったこととか。
尻にじんわりと拡がり、すぐに冷えていくものの正体とか。
認めたくない、否定したかった。
「……お、お、おねしょ、アタシ、またおねしょ、しちゃったの……?」
びちゃっと、少し動いただけで座席から小便がこぼれ落ちた。
昭和の不良特有の長いスカート、その下ではすでに凄まじい勢いで排出が進んでいた。
決壊に慣れてしまったダムの一穴のように、尿穴は役目を果たしてくれなかったのだ。
ふとももに尿の飛沫が当たる不快感、見られず終わったはずの悪夢のイリュージョン。
最強の火焔能力者、紅子が、人前で寝小便という最低の失態を見られてしまっていた。
「あ、うあぁ、ひっ、ひいいっ、見るな、見るな、てめぇら、見るんじゃねぇ!」
がたたっ、と勢いよく起きると机が倒れてしまう。
それで隠すものはなくなった。
股間のスカートがみじめに染まって、ケツの下に尿がたまってこぼれていく。
しかも布に水が染みこんでいく音から、目覚めてもまだ漏らしている様子を。
羞恥の失禁姿の姿を、クラス中の能力者たちに見られてしまった。
「ん、ん、ん、とまれ、とまれよぉ、おしっこ、ふざけ、ふざけんな、おしっことまれぇ!」
昨日と同じように股間を両手で押さえて、必死に排尿を止めようとする。
昨日と同じように止まらなかった、手を濡らすだけだった。
それでもポニーテールの少女は願わずにはいられない。努力しなければならない。
転校生もいないのにおねしょしてしまったら、もうなんの言い訳もできないのだから。
(くひ、くひいぃ! と、とまれ、とまってくれぇ! いやだ、だ、だめだ、今度はだめ、絶対にダメだ! 能力のせいじゃないのにおしっこ漏らしたら、一年のみんなに、もしかしたら学校中で噂になってるかもしれないのに、またもらしたら! 笑われる、バカにされる、やだ、やだやだやだ、強いのに、あたしは強いのに、戦ってもそこらの能力者なんか瞬殺できるのにぃ! できない、おしっこ我慢することだけがどうしてもできない! だすけてぇ、もう、もうしないから、いばったりしないから誰か、誰かぁ! ごめんなさい、ごめんなさい調子にのってすみませんでした、だから、お願いだからおしっことめてぇ、恥ずかしい姿見られるのやだぁ、もうやだよぉ、ままぁ!)
「うふふ、やっぱり貴女は泣いているほうが可愛いですね、赤崎さん」
教室の外から、デジタルカメラに大砲の筒のような巨大なレンズを装着して撮影中の青井雫がつぶやいた。
気がつかれないように遠く離れた校庭のすみから、教室で必死に涙目でオシッコをこらえる姿を撮影中だ。
高画質で、スカートの股を上から押さえて、その脇から尿が噴出する姿をデータに収めていく。
身も世もなく泣き叫びはじめた紅子の狂態に、美少女は喜色満面の笑みを浮かべて恍惚とする。
「やだぁ、でるなぁ、もう、もうみるなよぉ、アタシの、おしっこ、おねしょ、わすれてぇ! たすけて、ママー!」
「ぶふっ、ま、ままーって、スケバンがママーって」
「ぶはは、やめろって、私たちを笑い殺す能力かよ」
「おねしょするとかマジで、高校生の資格ないだろ、腹いてー」
「こんなクズお漏らし女、どんだけえらそうにしててももう無理でしょ、生きてる価値ないわ」
「これかわいいわ、転校生の気持ち分かるわ」
教室が爆笑で包まれるあたたかな光景。
その中心では、改心した不良が泣いて。
がに股で、がっくんがっくんと腰を前後にグラインドさせる、この世のものとは思えない最低のダンスを披露している。
母親に甘える幼児に退行してしまったのか、よだれまで垂れ流して、必死で小便を塞ごうとしている。
「あーっ、あーっ、おねがいだから、あやまるからっ、みないでっ、アタシのオシッコ、誰か止めてぇ!」
赤髪の不良少女の願いは。
小便が終わるまで誰にも聞き届けられることはなかった。
*****
「うふふ、最高でしたよ。お母様の名前を叫ぶところは私も皆さんも大興奮でした」
「……」
イスに座って呆然としている、下半身を小水でびしょびしょにした紅子に転校生が話しかける。
がくがく、と失禁の衝動でひざが笑ってしまって立てないヤンキー娘が、それでも右手を上げて雫に向ける。
攻撃を、炎を出して怨敵を燃やし尽くそうとしていた。
火は少しも出なかった。
「あ、うぅ、ころひゅ、ころひてやるぅ……」
「うふふふ、赤ちゃんみたいに舌ったらずでかわいい♪」
『漏出』の能力の影響で炎が出せないときの対策は考えていたはず。
呆とした頭で、それだけは思い出して自前の赤いバットを目で探す。
机の横に、おしっこまみれの赤い釘バットが見えた。
手にとる気にもならず、めそめそと紅子は泣いてしまう。
「おまえが、おまえがぁ、能力でアタシに、お、お、おねしょさせたから、だから……」
「あ、それはちょっと違いますよ」
「……え?」
「確かに昨日、赤崎さんの部屋の窓辺で能力を使ってお漏らしをさせました。でも今の教室でのおねしょは違います、貴女がご自分でしてしまったんです」
「……う、う、うそだ、うそだ……ろ?」
「いいえ、本当のことです」
教室にはふたりだけ、クラスメイトたちはあまりの大量失禁に呆れて帰ってしまった。
そいつらに見せるために能力を使ったのだと、雫が姿を現したとき少し安心した。
それを否定された。
自分が本当におねしょするようになってしまったのだと言われてしまった。
「条件付け、というやつですね。寝てしまったときにおしっこをするように昨夜、強力な能力をかけたんです。赤崎さんはこれから一生、おねしょをすることになりますよ」
「……なんで、なんでこんなことするんだよぉ!」
「だって、バットで殴り殺されたくないですから」
にこっと笑う少女の顔は天使のよう。
絶望した不良少女を優しく諭すように、残酷な事実を告げていく。
「もちろん今のおもらしも、昨晩のおねしょもデータにしてあります。クラウドに保存して……って説明で分かりますか? とにかくカメラを壊しても無駄ですし、定期的にパスワードを入れないと世界中に拡散するように設定してあります。私を殴り殺しても、恥ずかしい映像は流れてしまうということですね」
「……あ、あ……」
「それと、これからも赤崎さんを監視して『発火』能力を使用するたびにおもらししてもらいますね。そうすれば条件反射で、いずれは能力をするときに自然と漏らすようになるので。うふふ、火遊びをするとオネショをするといいますけど、それを本当にしてみたんです、面白いでしょう?」
「……おねがい、です、もう、もう二度と逆らわないです、土下座でも何でもします、だから、だから、ゆるして、もうおしっこ見られるの、やなのぉ……」
「だめです」
黒髪の転校生は、その長い髪を掻きあげて、優美な笑みを浮かべる。
紅子は雫という能力者を完全に見誤っていた。
おそらく彼女は、転校前から学園のことを調べて教師の宿舎のそばなどに潜む場所を構えて、自分は隠れて何度も漏らす姿を撮影できる手はずを完璧に整えていたのだ。
授業になど参加せず、狙った獲物を執拗にストーキングして、能力を使うたびに失禁する体に作り変える。その変質的な行為を繰り返す覚悟をしてきたのだ。
彼女を釘バットで殺すつもりだったが勝てるわけない。
転校生は最初から、戦争をするつもりでここにやってきたのだから。
しょわわわわ……
「ひ、ひぃ、ひいいいぃぃぃ……」
「あらあら、すっかりおもらし癖がついちゃいましたね」
格の違いを思い知らされ、紅子が心の底から恐怖しまた下着を小水で汚す。
べちゃっと自然に土下座していた。今回は以前のような演技ではない、本心からの服従だった。
「ゆるひてぇ、おねがいだから、もう学校やめるからぁ、ゆるひてぇ……」
「それもだめです、だって赤崎さんはこの学校で初めてのお友達なんですから」
青井雫という少女は完全に狂っていた。
自分が究極まで辱めた少女をまだ友達になれると思っているのだから。
「赤崎さんは私の友達として、他の能力者が漏らすお手伝いをするんです、そうすれば少しだけ能力を使えるようにしてあげます」
「あ、あ、ああぁぁ……」
もはや絶望の吐息しか紅子の口からは出てこない。
完全に彼女の奴隷として、これから働くしかないのだ。
ぽた、ぽた、と足元の尿だまりに、恐怖失禁とも涙ともつかない液体が落ちていく。
最凶の転校生に対する、敗北の証であった。
「さて、まずお友達として最初の『お願い』です」
「ひ、ひあ、や、やだ……」
「おむつを、つけましょうね」
くしゃくしゃと、雫が手にもった紙製の下着を拡げる。
赤ん坊かボケた老人のための下着、それをつけろと命令していた。
もはや抗う気力もない紅子は、それでも必死で逃げようと尿の海でもがく。
あわれな能力者の、あまりにもむごい末路だった。
「脚を開いてください、つけてあげます」
不良少女は、いや、奴隷は自分から脚を開いてオムツをつけてもらった。
こんな友達が百人できるかな、転校生は笑顔でそう思っていた。
※性行為の描写はありませんが、運営よりR18相当と判断されたため短編として再構成
従来のR18版はノクターンノベルスで公開 http://ncode.syosetu.com/n4006ea/





