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前編 VS炎の不良少女 赤崎紅子

挿絵(By みてみん)

「転校生の青井雫(あおいしずく)です、どうぞよろしくお願いいたします」


 髪の長い少女のひと言に、教室は静まりかえった。

 五月という新生活に慣れてきた頃に来た、時期はずれの転校生。

 雫と名乗った、お嬢様然とした見目麗しい少女へ「敵意」のこもった視線たちが突き刺さる。

 女子高の仲良しクラスに自分よりも美人がやってきた、だからいじめてやろう、という女性特有の陰湿な感情ではない。

 戦うべき敵への警戒と闘争のための眼、明確な殺意であった。


(この時期に転校生? へっ、馬鹿なやつ)

(派閥も序列も決まったあとに来るなんて、能力に自信があるのか)

(死んだな、あいつ)

(よくて来年までパシリだな)

(私の能力で、その綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやる……)


 帝立大志万(おおしま)学園。

 この学園は、ただの女子高ではない。


 第二次世界大戦で、圧倒的な被害を受け負けるはずだった大日本帝国。

 降伏の直前に、思春期の少女たちに変化、常識では考えられない異常な能力が発現した。

 日本は逆転勝利し、「能力者」の女性たちは地球を支配する武力と権力を手に入れた。

 この施設は、国内唯一の能力者育成の機関、そして将来の権力者たちを保護する要塞なのだ。


 弱い能力の他者を蹴散らし、排斥し、殺害すらも黙認されている世界。

 そんな異常な敷地に閉じ込められた少女たちは、殺し合いをはじめる。

 自分の力を証明するため、将来の高い地位を手に入れるため、ただ相手が気に入らないから。

 事実、この一年A組も好戦的なものは潰しあって、殺されるか再起不能にされてしまった。


「前の学校では友達が少なかったので、ぜひ仲良くしてくださいね」


 だから。

 殺意と害意のこめられた視線を一身に受けてなお、普通に自己紹介を続ける少女は。

 にっこりと柔和な笑みをたたえたままの雫という名の転校生は。

 よほど強力な能力を有しているか、自分の危機も分からないほど鈍感かのどちらかなのだ。

 そのどちらも真っ先に殺されるとクラスメイトたちは知っている。


 そして、クラスメイトたちは新たに知ることになる。

 転校生はそのどちらでもない。

 ただ狂っているだけだったのだと。



*****



「転校生、てめぇの能力はなんだよ?」


 クラスの様々な視線。能力への警戒、獲物を狩る興奮、美貌への嫉妬といった感情の視線。

 それらがすべて同情の視線へと変わる。

 学園恒例の、四月からのクラス内序列を決定する異能力の死闘。

 その激闘を制した一年A組最強の能力者、赤崎紅子(あかさきべにこ)が動いたからだ。


「青井雫です。えぇと、確か校則では守秘義務で能力を他人に漏らすのは厳禁、だったはずでは……」


「んなもん、この学校で守ってる奴はいねぇよ。タテマエだタテマエ」


 真っ赤に染めた髪を頭の後ろでまとめた、ポニーテールの少女。

 吊り上がった瞳は、闘争の予感で爛々と燃え上がっている。

 紅子のセーラー服のスカートは、雫の転校前の清楚な制服よりもさらに長い。足首を隠すほどの特注スカートで、いわゆる懐かしのスケ番スタイルをしていた。

 粗野な態度で転校生の前に立つ彼女こそ、A組を暴力以上の暴力で支配した不良少女だった。


「そうなんですか、親切に教えてくれてありがとうございます。えっと、お名前は……」


「アタシの名前は赤崎紅子だ、分かったらとっとと能力を」


「まぁ、赤崎さん! じゃあ青井と赤崎で、きっと私と出席番号が一番違いですね!」


「……てめぇ、なめてんのか」


 チンピラそのものの口調と、まだ15歳の可愛らしい声であったが湯気が見えるほどの殺意は本物だ。

 あっけらかんとした態度で、クラスメイトと交流を深めようとしている転校生が挑発しているように見えたのか。

 低い声音となった紅子が、まだ状況が分かっていない様子で笑みを浮かべる雫に詰め寄る。

 スケバンがお嬢様に襲い掛かる、それどころか命を奪いかねない一触即発の状態だった。


「へへっ生意気なやつですね、やっちゃってくださいよ紅子さん」


「……あ?」

 

 紅子が教壇の雫に掴みかかろうとするときに、一番前の席に座っている女生徒が声をかける。

 未だ生き残っているだけに強者なのであろう、さほど顔の造作のよくない彼女はクラスの女王におもねろうと下卑た声援をかけただけ。

 だが、それが転校生の態度にイラついていたポニーテールの女不良には、自分への命令に聞こえたのか。

 紅子は右手でその女生徒の頭をがしっと掴む。


「うるせぇよ」


 その頭部が燃え上がった。


「ぎゃああああああぁぁぁ!」


 紅子が右手で固定したまま、哀れな女生徒は熱さに倒れることもできずに悲鳴をあげるだけ。

 ちりちりと髪の毛が焼ける異臭が教室に漂う。

 当然、不良少女の右手も炎に包まれているが、いたって平然と残虐な燃焼行為を続けている。

 すなわち、それが彼女の異能力であるということを示していた。


「どうだ転校生、これがアタシの能力『発火』だ。自分の能力が言いたくなっただろ?」


 ごすっ、と学習机に女生徒の頭部が激突する。

 その悲惨な頭部は、髪の毛がボロボロと焼け焦げ縮れ、あげくに手のひら状の火傷痕が生々しく残っていた。

 紅子の言葉通り、彼女の特性である発火能力による凶悪な熱と炎が、女性の命である髪どころか生命自体を奪おうとしていた。

 ただの不良の脅し文句などではない、クラス最強の武力で他の能力者すらも支配しているのだ。


「てめぇもこうなりたくないなら……」


「まぁ、親切に赤崎さんのほうから能力を見せてもらってありがとうございます」


「……あ?」


「私はそんなに格好いい能力でないので、ちょっと恥ずかしいですね」


(……こいつ、頭おかしいのか?)


 確かに紅子の『発火』能力は珍しいものではない。

 能力者の中でも最もポピュラーな超常の能力で、その特徴や対処などもある程度は知れ渡っている。

 だが、ポニーテールの少女の起こす炎は3000度を超えるトップクラスのもので、タングステンすら溶解させる。彼女は、この学園の育成カリキュラムで能力を伸ばして、いずれは太陽の表面温度すら凌駕するつもりであった。

 そんな凶悪な能力と、女生徒の末路を眼前にしたというのに、脅されているはずの当の転校生は平然とクラスメイトの交流を続けていた。

 その楽しげですらある雫の様子に、さすがの炎を操る不良少女も警戒を強める。


「よっぽど自分の能力に自信があるみてぇだな」


「いえいえ、そんなことないですけど。でも、赤崎さんも見せてくれたのですから少しだけ、お見せしますね」


(……やってみろ。動いた瞬間、丸焦げにしてやるよ)


 女生徒の肉が焼ける臭いにも眉ひとつ動かさず、にこにこと普通に会話を続ける、その様子がかえって異常な転校生。

 紅子は油断なく、雫が能力を発動しようとしたら火炎による放射をするつもりであった。

 不良少女は自分の能力に絶大な自信を持っている。氷弾や毒を噴射する強力な能力者も、自分の文字通り単純な火力で焼き払ってきたのだ。

 シンプルであるがゆえに隙のない能力で、彼女は学園の頂点に立つつもりなのだ。同年代の未熟な超能力者には誰ひとり負けるつもりも、手を抜くつもりもなかった。


「うふふっ」


「……どうした、今さら怖くなったか?」


 育ちのよさを感じさせる、品のある笑みを浮かべたまま、青井雫という名の転校生は立ったまま動かない。

 右手を構えて、いつでも発火できるようにそなえている、赤崎紅子もまた動かずに敵から視線は外さない。

 ふたりは対峙したまま、数秒のときが流れる。

 周囲の生徒たちも席から動くこともできないほどの緊張に包まれる中、焦れた紅子から油断なく声をかけた。


「今なら、しょぼい能力を言って土下座すれば許してやる。能力を見せる気もないなら」


「もう、発動しています」


 転校生の言葉に、紅子はぎくりと声を止め、気を引きしめた。

 周囲に毒を薄く散布されたか、はたまた不可視の重力による攻撃か、それとも単なるブラフか。

 あらゆる可能性に備え、掲げた右手を握った不良少女は迎撃体制を崩さない。が、それからまた数秒待っても何も異変はない。

 身体も自由に動かせるのを静かに左手で確認する。雫のただのこけおどしなのだ。


「ふざけるのもいいかげんに……」


 身体も自由に動かせる。

 それは間違いではない。

 事実、手も足も小さく動かすことができたし、手のひらに小さな炎を灯すこともできた。

 紅子はそれら、勝負とは関係ない衝動を覚えて言葉を切ってしまったのだ。


(く、くそっ、こんなときに……なんで……)


 あらゆる攻撃など3000度を超える高温の火炎でなぎ払うことができる。

 だというのに、彼女は苦しめられている。

 身の内から出る衝動によって、いつもしているはずの自然な欲求によって。

 クラスを支配する不良少女は、恥ずかしい欲望に支配されていた。


(こんなときに、しょ、しょうべんに行きたくなっちまうなんて……!)


 尿意。

 『発火』の超常現象を操る、学園でも有数の能力者である紅子はおしっこを我慢して声を止めたのだ。

 膀胱に溜まった液体によって、腹部を圧迫され恥ずかしい感情に頭を塗り替えられていく。

 時に命さえかかった能力者バトルの真っ最中に、トイレに行くことしか考えられなくなっていく。


(く、そ、くそがっ、こ、このままじゃ漏れちまう、しょ、しょうべんが、もれちまう! この歳になって、トイレにも行けないで、教室で、あ、アタシより弱いやつらの目の前で、おしっこぉ、もらしちまう!)


 ぷるぷる、と長いスカートの中で細い脚が震えだす。

 急に逼迫してきた尿意によって、それを人前で見られてしまうかもしれないという耐え難い羞恥への想像によって。

 尿口が痛いほど急激に高まっていく排尿への欲求。

 数分前まで少しも覚えていなかった思春期の少女として、最強の能力者として知られたくない秘密。自分がおしっこを我慢していると気がつかれる前に、目の前の顔もぼやけてきた転校生を倒さなければならなかった。


「し、し、死ねっ、この、やろう……」


「あら、どうしたんですか赤崎さん?」


「く、ぐぅ……」


「顔色が悪くなったみたいですけれど、あ、もしかして」


 さっさと炎で火だるまにして一刻も早くトイレに行こうとした紅子に、あくまでも朗らかに話しかける雫。

 攻撃のタイミングをずらされて、行き場のなくなった右手が中空で止まる。

 黒髪の長い少女の言葉通り、ポニーテールの不良少女の顔には脂汗が浮かんでいる。

 改造スカートの中ではすでに内股になり、尿道をはさんで決壊を防ごうと太ももで股間をきゅっと押さえ込んで、上体はかがんでいく。

 異常は誰の眼にも明らかだった。


「赤崎さん、お手洗いにでも行きたくなってしまったんですか?」


「っ! て、て、てめぇ! ……あっ」


ちょろろ……


 図星をつく言葉に激昂し、紅子が叫んだ瞬間。

 漏れてしまった。

 漏れたといっても、白い下着に数滴、小水がにじんだだけ。

 それだけでも年頃の少女にとっては、心が壊れて泣き叫びたいほどのショックだ。


「うふふ、ダメですよ赤崎さん。女の子なんですから、そんな我慢するなんてはしたない、みんなが見てますよ」


(くっ、こ、こいつ、こいつがっ、こいつの能力、があぁ!)


 その変わらない雫の笑みを見て、ようやく紅子も気がついた。

 自分の異常な尿意が、転校生の仕業であることに。

 本人の口ぶりから明らかではあるものの、攻撃を受けて排尿欲に支配されている本人ですら信じられなかった。

 他人、それも同じ能力者の体内に作用するなど、そんな強力な能力があるなど聞いたことがない。だが現実に不良少女の膀胱は、鷲づかみにされたかのように縮こまっているのだ。


「安心してください、私の能力は『漏出』。ただ小水を漏らさせるだけの弱い能力ですよ」


「ふ、っざけんな、そんな、バカみたいな、ちからなんて……」


「実際に苦しんでるじゃないですか。クラスの皆さん、赤崎さんは今、小水、つまりおしっこを我慢されてますよ~」


「や、やめ、やめろ、お、しっこぉ、うぅ、我慢なんてしてねぇ! あんんっ!」


 あくまでも明るい声音で雫は自分の能力と、紅子が尿意をこらえてモジモジしていることを周囲のクラスメイトに喧伝する。

 悪夢のようなおもらし能力は現実で、鋼鉄の融点すらしのぐ熱量の炎を生み出すクラスの王者を苛んでいた。

 転校生の恥ずかしい煽り文句を止めようと叫ぶと、またちょろちょろと不良に似つかわしくない白い可愛らしいレースの下着を自分の体液で汚してしまう。

 すでに限界まで溜まった尿は脚をぴったりと閉じてもこらえきれなくなり、少女はついに長いスカートに手を突っ込んで直接股間を押さえはじめた。


「あら、そんな子供みたいな格好をしたら、我慢してるってばれちゃいますよ。早くお手洗いに行ったらいかがですか?」


(こいつ、こいつ! もうアタシが動けないこと知ってるくせに! 殺す、絶対に殺してやるぅ!)


「ちょ、ちょっと、本当に赤崎さん、負けそうになっちゃってるの?」

「しかも、お、おしっこを漏らさせるなんて、そんな能力に?」

「ひひ、いい気味だ、でかい顔してたくせに、小便を我慢してるなんて」

「教室で出しちゃうつもりなの? きったないわねぇ……」

「ち、鎮火した……」


「~~~っ! て、てめぇら、黙ってろ、や、焼き殺すぞ! う、くぅうぅ!」


 最強の炎系能力者、クラスを恐怖で支配した獄炎の女王、赤崎紅子。

 そんな彼女が長いスカートに両手を突っ込んで、ふにふにとした柔らかな股間の双丘を直接押さえて、尿道口という出口を塞がなければ辛抱できないほど、体内の黄金水の排出行為に懊悩していた。

 小学生の児童がトイレを我慢しているような恥ずかしいポーズで、ぷるぷる震えている不良の姿に、くすくすと、クラスに嘲りの笑いが広がっている。

 だが、そんなポーズですら解いてしまったら今にも失禁を人前で披露してしまいそうなのだ。歩けるはずもない。トイレに行けるはずなどない。

 叫ぶたびにぴゅっ、ぴゅっと谷間から尿液が漏れ出し、ついに下着を貫通してスカートに染み出す感触が両手に伝わっているほどなのだ。


「これが私の能力です、満足していただけましたか?」


「わ、わ、わかった、わかったから、もう、もう止めろ!」


「う~ん、どうしましょうかねぇ」


(くそ、こ、この糞アマ、が、我慢だ、今はま、負けたフリをしてでもこの能力を止めさせないと、ほ、本当にもらしちまう! こんな教室の真ん中で、クズどもが見ている前で、このアタシが、生まれてからまけたことのないアタシが、おしっこ、お、おしっこ漏らして、くひぃ! で、でる、我慢できない、いやだ、あ、アタシは最強の能力を持ってるのに、こんなやつに、負けたくなんてないのにぃ、む、り、むりだぁ、もう一秒だって我慢なんかできない、謝りたくない、負けたくなんかない、でも、でもぉ、おもらしは、おもらしだけはやだぁ……!)


 ぽた、ぽた、と耳に聞こえてくる音は膀胱に水滴が溜まる音か、それとも床に垂れた小便の音か。

 死の火焔を操る不良少女は、幼少の頃から『発火』の能力を鍛えて敗北感とは無縁に育った紅子は、すでに目に涙を浮かべて、じっとりと両掌の下で濡れていくスカートの情けない温かさに心が折れかけていた。

 いくら能力者とはいっても十五歳の、生意気な女の子に過ぎない。

 自分で排尿もコントロールできずに、衆人環視の中で尿失禁をしてしまうなど耐えられないほどの羞恥なのだ。


「わ、わかった、アタシの負けだ、もう手を出さないって約束する、だから……」


「えぇ? そのとっても強い炎の能力で攻撃したら私なんて死んじゃうのではないですか? 攻撃しないんですか?」


「そ、それは、し、しないでおいてやるから、だから、頼む」


「ああ、不定形の火をコントロールするには手が必要ですものね、今手を離したら漏らしてしまうから、攻撃できませんよね」


(……殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す! トイレでおしっこしたら、絶対に焼き殺して黒コゲにしてやる!)


 雫はすでに理解している、紅子の炎は手からしか出せない、コントロールができないと見抜いている。

 だから、つい数分前まで偉そうにしていた女番長がみじめに負けを認めて命乞い、ならぬトイレ乞いをしているのを優雅に笑いながら眺めている。

 瞳に涙を溜めて、膀胱に尿を溜めていじめられるヤンキーは最初の恐ろしい形相とは一変して、可愛らしいつり眼の女子高生に過ぎなかった。

 ふぅふぅと荒い息を吐いて、赤いポニーテールを揺らしながら敵へ許しを請う敗北の屈辱と尿意に耐えていた。


「あ、あとで、ど、土下座でも何でもするから、だから頼むからトイレに……」


「う~ん、やっぱりダメです♪」


「な、な、なんで、なんでだよぉ!」


「私はあなたみたいな、可愛くて強い能力者がおしっこを漏らして恥ずかしがる姿を見るために、転校してきたんですから」


「……は?」


 目の前の女が何を言っているのか理解できない。

 この大志万学園には、あらゆる能力者が力を求めてやってきて覇を競っている。

 そんな殺し合いの地獄に、美少女が失禁してのた打ち回る姿を求めて来たと公言するなど、正気ではない。

 そう、青井雫という少女は、心底からその羞恥を望んでおり、心底から狂っていた。


「だから、早く漏らしてくださいね。赤崎紅子さん」


「ひっ、ひいいいぃぃぃ!」


しゅる、しゅるるるるるる、ぱたた、じょばばばばばば!


 ぶるぶるっ、と紅子の体が大きく震えた。

 その震えは、転校生への恐怖からか、尿意の開放による生理現象だったのか。

 ゆるんでしまった尿孔からは続々と、たまりにたまった尿水が重力にしたがってリノリウムの床を叩いてく。

 スカートは恥ずかしい体液で染まり、がくがくと震える脚に温かな水の感触が伝わっていく。


「あ、あ、あ、おし、おしっこ、おしっこでちゃってる、あた、アタシ、おしっこ、教室でおしっこもらしちゃってるぅ!」


 じわーっと。

 言葉通り、スカートという傘から雨が降るように、紅子の足元に黄金水が散布され、水たまりを作っていく。

 史上まれに見るレベルの発火の能力者が、一年でも最強と目されている不敵な不良少女が、人前で無様な失禁行為を披露してしまっていた。

 クラスメイトたちは自分の机の足にまで拡がってくる尿だまりに悲鳴を上げ、おもらし女に罵声を浴びせ始めた。


「うわぁ、あ、赤崎さんが本当に漏らした!」

「最悪、足にかかっちゃったじゃん、あんた何歳なのよ!」

「アタシは最強とか言ってたくせに、おしっこも我慢できないとか、ぷぷ」

「死ね、あんなのがクラスの代表とか、こっちが恥ずかしいわ」

「す、スプリンクラー」


(やめろ、やめろぉ! こ、このアタシが、鉄だって溶かせる最強の炎使いのこのアタシが、お、おしっこ、おしっこ我慢できないところをみんなに見られて、バカにされて、くやしい、くやしいよぉ……能力のせいなのに、アタシはガキみたいに我慢できないわけじゃないのに、あんな頭のおかしい女にびびって、チビるどころか、教室の床にひろがるくらい大量におしっこ、漏らしちゃって。死にたい死にたい、ちくしょう、ちくしょう、殺してやる、絶対に転校生もクラスの連中も、アタシのおもらし見たやつは全員殺してやる! あ、あ、あ、まだでる、おしっこ、少しも我慢できないよぉ……下着もお尻も、あ、あそこまでびちょびちょで、もう、寮の部屋にだって戻れない、みんなにおしっこのついたスカート、お気に入りのスカート見られちまう……やだよぅ、もう、おしっこおわってぇ……)


 両手をグジュグジュに濡らすほどの、大量のダムの決壊は延々と続いて終わりが見えない。

 『漏出』の能力によるものか、もともと溜まっていたおしっこか、今となっては雫にもわからないが、ついにぽろぽろと足元の尿だまりに眼から涙をこぼしてしまった紅子。心が折れてしまったのは確実だった。

 もはや攻撃の意思がないどころか、恥ずかしさで真っ赤になっているのは誰の眼にもわかったが、青井雫は容赦はしない。

 まだ戦いは終わらなかった。


「うふふ、とってもいい顔、かわいいですよ」


「……て、てめぇ、なにを、何を撮ってやがんだ!」


 ジー、という無機質な駆動音に紅子が涙で赤くなった眼を向けると、雫がどこから取り出したのかデジタルカメラで動画撮影していた。

 もちろん、炎の能力者が水を生み出し続けているところを、高画質で余すことなく。

 15歳の少女が他人に見られたら生きていけないほどの、最低の着衣排泄姿をデータとして残されてしまっているのだ。

 敵の手によって、おそらくは一生残ることになるのに。


「やめろ、やめ、やめて……ください、おねがい、だからぁ……」


「あらかわいい、泣いた顔のほうが素敵ですよ赤崎さん」


 もはや紅子の顔に、同級生の頭を焼いたときの迫力など微塵も残っていない。

 使い慣れない敬語まで使って、敵である雫に、自分の恥ずかしい姿を撮らないでと懇願する。

 鼻水までたらして、泣きじゃくっておしっこを垂らす姿は人間の尊厳すらない、最悪の姿だ。

 誰がどう見ても勝負は決まっているというのに、転校生は手を抜かない、むしろここからが肝心なのだ。


「でも、映像をとっていつでも全国に配信できるようにしておかないと、私みたいな弱い能力者はいつ殺されてしまうか不安で夜も眠れませんからね。これがあれば将来、赤崎さんが最強の能力者になっても、政府の要職についても私の友達として一生、仲良くしてくれますよね。だって全世界の男性に恥ずかしくて綺麗な失禁姿を見られたくはないですよね?」


「……ちくしょう、ちくしょうっ!」


 あくまでも最初の挨拶から笑顔を崩さない雫は、そのまま交渉にはいる。

 いや、交渉の余地などない。

 古い不良スタイルのスカートを、自分の聖水でびしょびしょに染めながら泣いている、世界一なさけない映像を手にとられているのだから。

 パシリだろうが奴隷だろうが、紅子は転校生の言うことを聞くしかない。


「そうだ、その場で土下座してくれたら、このカメラをあげてもいいですよ」


「ほ、本当か! ……そ、その場で?」


 紅子は自分の足元を見る。

 きついアンモニア臭が、湯気のように立ち上ってくる尿だまり。

 つまり雫は、その汚水の真ん中に額をつけて謝れと、自分に忠誠を誓えと言っているのだ。

 ぽた、ぽたー、といまだにスカートの端からは尿の一滴がしたたりおちている。ごくり、と不良少女の喉が鳴る。


「嫌なら構いませんよ、私はパソコンにこの映像をバックアップしに行きますね、では」


「っ、ま、まて、まってくれ……やる、やります、から、土下座、するから……」


 べちゃっと。

 ためらいなく、紅子は自分の尿に頭をこすり付けて土下座の姿勢をとる。

 折れたはずの心がまた、ぽっきりとへし折れる音がする。

 周囲のクラスメイトの侮蔑のまなざしを受けても、その映像だけは世に出すわけにはいかないのだ。


「あ、あやまった、あやまったからカメラ」


「はい、あげました♪」


 雫は手に持ったビデオカメラを頭の上に「もちあげた」。

 それで話は終わりだった。

 小学生レベルの冗談。

 そのことに気がついたとき、紅子は泣き崩れ、雫はそれを見て楽しそうに声を上げて笑った。


「ふ、う、うあ、うあああ、ひどい、ひどいぃ、おしっこもらして、みんなにみられて、土下座までしたのにぃ! うそつき、うそつきぃ! うわあああぁぁぁん!」


「うふふ、素敵でしたよ」


 やはり絶対の能力をもつ少女たちを、失禁させ屈服させるのはたまらない。

 美少女転校生は恍惚とした表情で、長い髪を揺らして快感に震える身体を抱きしめた。

 まだこの学園には、もっと素敵な女の子が待っている。

 青井雫は教室を出ていく。

 更なる獲物を求めていく。

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