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閑話 枢機卿と修道女見習い3

 アーレム聖国。

 千塔と水晶宮で構成された、悠久の歴史と魔法の都市。

 どのような国家ですら、このような荘厳な景色を作り出すことは出来ず、この街の美しさはこの街のみが持ちうるものだ。

 それは、街の中心の鎮座する教会本庁――建物全体が色とりどりの巨大な水晶で飾られていることから、《水晶宮》と呼ばれる――が、かつて鉱物を操る魔法使いの手によって造られたがゆえであった。

 その周囲に不規則に聳え立つ千の塔も同様であり、魔法使い、という存在がどれほど強大な力を持つのかが一目でわかる。

 とは言え、それもかなり昔のことで、今はこれほどのことが出来る魔法使いというのは存在しない。

 教会は、聖者・聖女として数人の《魔法使い》を抱えているが、その誰もが、ここまでのことはできない。

 確かに一般的な魔力使いである《魔術師》と比べれば、その規模や強大さは比べるべくもないのだが、しかし、伝説に語られるような《魔法使い》と比べると、やはり何枚も落ちる、というのが事実である。

 そのことを、教会でも上位の――教皇に次ぐ地位にある枢機卿アルトラス・ポラリスは良く知っていた。

 ただ、一般信徒に対してはそのような事実が語られることはない。

 教会の抱える《魔法使い》たちは正しく聖者・聖女であって、その力は伝説通りのものであり、そしてそれを演出するために各地でその力を振るっているのだ。

 疑う者もいない。

 半ば騙りか詐欺か、となってしまう現実であるが、しかし彼らが《魔法使い》であるのは事実である。

 その力が多少足りないとしても、それは嘘ではない。

 もちろん、はっきりと真実を言えないことにアルトラスは問題を感じてはいるが、仮に事実を喧伝したとして、どうなるか。

 教会に対する信頼は揺らぎ、信仰が瓦解することだろう。

 それだけならいい。

 今、人は魔族との戦争をしているのだ。

 そんな中、よりどころを失った民衆はどうなってしまうのか。

 考えたくないことだが、魔族との争いどころではなく、教会を信じる者と、そうでない者との争いになるだろう。

 そこに魔族たちが分け入り、漁夫の利を得るかもしれないし、もしくは魔族たちに与する者すらも出現するかもしれない。

 そのような世界は、きっと地獄であろう。

 隣に立つ者を仲間であると誰もが信じられない世界だ。

 今は、人は人であるとして信じられる。

 少なくとも、その一点だけは。

 しかしそれすらもなくなったら……。


 ……いや、こういう考え方すら、傲慢なのかもしれない。

 人と人との信頼など、すでに揺らいでいるではないか。

 自分は、他の枢機卿を信じられるのか?

 教会を心の底から、深く信じ抜いている者がどれだけいる。

 自分すらもそこからは外れるのではないか……。

 最近は、そんな思いすら感じている。

 

 だからこそ、ライラに会い、話をしたときに驚いたのだ。

 どうやって魔法を使っているのか、と聞いた時に、神に祈るのだと言われたときに。

 魔法の力が誰に、どのように宿るのかは解明されていない。

 使い方も誰にも分からない。

 ただ、使える本人だけが、自分なりの解釈で魔力を扱っているというのが事実だ。

 もちろん、歴史上にはその力の大小はともかく、魔法使いという存在自体は何人も現れているし、それらを教会は保護し、質問をしてそれを文書に残している。

 けれど、そう言った文献を読み解いてみても、そこに共通性を見つけることはできない。

 水を操る魔法使いにどのように魔法を扱っているのか、と聞けば、水は生き物の母だからと答え、雷を操る魔法使いにそれを聞けば、雷は全てのものに宿る差であると答えた。

 他にも魔法使いの数だけ、答えがあったが、そのどれもが、誰にも解明することが出来てはいない。

 

 しかしだ。

 ライラも含め、彼らに共通するのは、その素直さだ。

 信じるものに対して、深く心を開いて、見つめている。

 疑いはなく、ただ、あるべきものをあるように扱っているとでも言うかのような、一種超越したものを感じるのだ。

 あれを真の信仰というのであれば、アルトラスにはその心を持つことは永遠に出来ないような気もした。

 

 教会が始まったのも、最初の預言者が未来を見たことに端を発すると言われる。

 彼について、詳しいことは伝わっていない。

 いや、教会の教義から言えば、彼は神の国からやってきて、神からの予言を伝え、教会を打ち立てた、ということになる。

 彼は未来を告げ、そして周囲の人間がそのようになることを何度となく確認したのだ。

 それが事実であったかどうかは定かではないが、しかし、彼が伝え、教会でも枢機卿以上の人間にのみ伝えられ続けている預言の書がある。

 それを見る限り、それは事実であると考えるほかない。

 そこには、今日までの大まかな世界の歴史と、そしてこれからの(・・・・・)世界の歴史が書き残されているのだ。

 おそろしいことだ。

 本当に神はいるのだと、そう信じられる程度に。

 

 けれど、よくよく考えてみると……。

 その始まりの人の預言というのは、もしかして彼が《魔法使い》であるから分かったのではないか、そんな気がした。

 伝えられていることによれば、彼は世のすべてを自由に操ったと言われる。

 また、距離など関係なく一瞬にして他の場所に転移できたとも。

 ただ、いかに魔法とは言え、そのような力を持つ者は今まで彼以外に一人たりとも確認されておらず、したがって彼は神の御子であると、そう言われているが……。


「……院長さま? どうかなさったのですか?」

 

 横から声をかけられて、はっとした。

 隣を見てみれば、そこにはベルグリット大修道院の修道女見習いである、リンがいた。

 心配げにアルトラスを見つめており、そこで自分はかなりの時間無言だったのだな、と思い至る。

 どうやら思考に耽りすぎたらしい。

 昔から自分にはこういうところがあるので、年を取ってからは控えるように意識していたのだが、アーレム聖国の懐かしげな空気が心を青年の頃へと戻したようだ。

 かつて、アルトラスはこの街で生きていた。

 その頃から、この街は少しも変わらない。


「いえ、リン。申し訳なかったですね……少し、懐かしく思ってしまって」


「懐かしく? 院長様はこの街におられたことが?」


「ええ。ちょうどあなたくらいのとき、私はこの街で修行を積んでいたのですよ……ほら、そこにいる教父見習いたちのようにね」


 アルトラスがそう言って目を向けた方には、身分の高い教父の後ろからぞろぞろと続く、十人ほどの教父見習いの少年たちがいた。

 彼らはここで修行を詰み、いずれここを出て、各地の教会の教父、もしくは修道院の院長として働くことになる。

 さらにそこから出世していくことで、いずれ枢機卿に至る者もいるかもしれないし、さらに上、教皇へとなる者もあらわれるかもしれない。

 しかし、そこまでの道は、遥か遠い。

 そもそも、そうなったとして、それがどれだけ幸せなことかは……。

 悩みは増えるばかりである、とアルトラスは思う。

 

「この街で……。やはり、院長様は小さなころから優秀だったのですね!」


 無邪気に言うリンに、アルトラスはそんなことはなく、むしろかなりの悪童だった少年時代を思い出す。

 それが故に、本来身を寄せていた教会を追い出されるようにして、ここに送られてきたのだが……。


「いえ、そんなことは……おや、つきましたね。リン」


 訂正しようとしたが、その前に、二人は大きな建物の前に辿り着く。

 それは二人の目的地、教会本庁である、水晶宮であった。


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