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第5話 人となり

 王宮に上がるのは久しぶりのことで、わたしはとても緊張していた。

 王宮なんて、貴族でも滅多に来ることが出来ないところで、わたしも前に来たのは、ずっと昔のことだ。

 それなのに、修道女見習いに過ぎないはずのわたしが来れたのは、わたしが呼ばれたからではなくて、アン先生が呼ばれたから、その付き添いとして許されたからだった。

 なんでも、アン先生が国の事で大事なお話があるみたい。

 いま、王都ではたいへんな病が流行っていて、それを出来るだけ早くおさめるために、お話ししなきゃいけないらしい。

 

 たしかに、修道院ではその病のために必要な薬草をたくさん育てていて、その指揮をとっているのはアン先生だ。

 どういう薬草を、どれだけ育てて、どの町の薬師にどれくらい売るのか。

 そういうことを全部決めているのは、アン先生だから。

 

 ついこのあいだ、おじいさん先生の大きな修道院に行ったのも、実はそのことを話すためだったみたい。

 おじいさん先生の修道院でも沢山薬草を育てていたから、なるほどなぁ、と思った。



 久しぶりの王宮は、外から見るととても大きくて、きれいで、すてきだった。

 こんなところに昔は何度も出入りしていたのが、今はびどく遠い記憶に感じる。

 わたしは、馬鹿だった。

 あの頃の幸せを、きっと当たり前だと思ってた。

 今はそうじゃない。

 今も、幸せだけれど。


 王宮に入る前、入り口にいた門番の人たちに身分を確認されたけど、アン先生はずっと堂々としていて格好良かった。

 わたしの顔を見た時、門番の人たちは不思議そうな顔をしていたけれど、アン先生と少し話すと、納得したみたいで通してくれた。


 王宮を、案内の兵士さんの後ろについて進んでいき、目的の場所に辿り着く。

 そこは、国王陛下の謁見室じゃなくて、王子さまの執務室だった。

 王子さまは、この国には二人いるけれど、案内されたそこは第一王子さまのお部屋で、兵士さんがこんこんと扉を叩くと、どうぞ、という声が響いた。


 扉を開くと、そこには第一王子さま――リーズさまが立っていて、アン先生を出迎えた。

 リーズさまは、わたしの顔を見て、にっこりと笑ってくれたので、とても嬉しかった。

 わたしはリーズさまと何度か会ったことがあって、覚えていてくれているかなって少し不安だったから。


 リーズさまは、わたしの兄と弟と、とっても仲が良くて、よくお屋敷にお茶を飲みにやってきていた。

 そのときに、お話させていただく機会があって、わたしのお友達になってくれたのだ。

 リーズさまはわたしなんかと違ってとってもすごい人で、いつも兄や弟とお話しするときは、国のことや、魔法のむずかしいお話をしていたけれど、わたしとお話しするときはわたしにもわかるような、古い物語やお花のお話をしてくれた。

 

 そのときと、いまのリーズさまは全く変わっていないみたいで、わたしはとってもうれしくなったのだ。


 リーズさまは、すぐにアン先生と難しい話を始めた。

 この国に蔓延する流行の病、その治療法、作った薬草の扱いについて、それに、魔族の動向や、国の方針など、わたしにはくわしくはよくわからなかった。

 でも、どれもとっても大事なお話で、二人が真剣に話していることは分かった。

 だから黙って聞いていた。

 

 しばらくして、二人のお話が終わって、それからはお茶会になった。

 王子様とお茶会なんて、高位貴族でもそうそうないことのはずなのに、リーズさまは当たり前のように提案して、アン先生だけでなく、私の同席も許してくれた。

 アン先生は、とても凄い人だから、リーズさまがお茶を飲みたい、と思われる気持ちも分かるのだけど、わたしは馬鹿だから、きっとそんな風に思ってはくれないだろうなって思ってた。

 でも、リーズさまはぜんぜんそんなそぶりもなく、わたしともたのしくお話してくれた。


 お話の内容は色々だった。

 まず、わたしの兄と弟のお話。

 わたしは修道院に行ってしまってから、ほとんど兄とも弟とも連絡していなかったから、どうしているか気になっていた。

 二人とも、わたしなんかとは違って、すごく賢くて、優秀だから、わたしが心配することなんて何もないのだけど、それでも血のつながったきょうだいだから。

 そんなわたしの気持ちをリーズさまは慮ってくれたのか、兄と弟の話をたくさんしてくれた。

 二人とも、今は国のお仕事にたくさん関わっているみたいで、リーズさまと一緒に働いているみたい。

 今回の流行病のことも、兄と弟が色々と関わっていて、忙しくしているんだそう。

 本当は、今日、わたしが来るからと兄と弟も同席する予定だったらしいのだけど、どうしても外せない用事が出来てしまって残念がっていたって。

 わたしも会いたかったけれど、こればっかりは仕方がない。

 だって、二人とも国のために一生懸命働いているのだから、わたしなんかのためにその大事な時間をとってもらうわけにはいかないのだから。

 わたしが、そうリーズさまにいうと、リーズさまはお優しいから、そんなことはない、わたしのためになら二人は時間をどうにか作ってでも来たかっただろうって言ってくれたけど、そんな価値、わたしにはないもの。

 いずれ、また機会があったら会えたらいいなと思うけど、修道院は遠いから。

 忙しい二人には中々難しいだろうな。

 ちょっと残念。


 それと、リーズさまはわたしの話も聞きたがってくれた。

 修道院に馴染めているか、たいへんなことはないか、それと、修道女として誓いを立てたのかどうかも尋ねてられた。

 修道女として誓いを立てる、というのがどういうことか、わたしには今一分からなかったのでアン先生を見ると、いずれはそういう日も来るかもしれませんが、まだそのときではありません、ってわたしの代わりにリーズさまに答えていて、リーズさまがなにかほっとされていたのが印象的だった。

 

 それから話はしばらく続いて……でも、リーズさまもお忙しい人だから。

 こんこん、と扉を叩く音がして、文官の人がやってきてリーズさまの耳元に何かを言うと、リーズさまは残念そうな顔で、用事が出来てしまった、今日はこれくらいにしておこうか、と言ってお茶会はお開きになった。


 ◇◆◇◆◇


「……アン・レイク。侮れない人だな」


 ステイルの第一王子、リーズが、ライラとアン修道院長の去っていった扉の方を見つめながら、隣に立つ文官に言う。


「伝染病の拡大予測、薬剤の需要、そのために必要な設備や薬師の把握・確保……いずれも我々とほぼ変わらぬ精度ですね。一修道院の院長程度の器ではないと」


「それに加えて魔術師か。あんな人材がなぜ、今まで注目されていなかったのか……」


 リーズが首を傾げるが、これについては文官の方には予測がついていたようだ。


「教会の内部はかなり複雑な権力構造になっておりますから。必ずしも能力があれば、というわけではありません。むしろ、清廉で高い見識を備える者ほど、うとまれると言うことも少なくなく……」


「……まるで王宮だな」


「……それについては、なんとも」


 はいともいいえとも言いにくかった文官は、曖昧な答えを口にする。

 これにはリーズも苦笑し、


「悪かった。別に何かを試そうとしたわけではない。しかし、私としてはアン殿とは連絡をとっていきたい。どれほどの頻度になるかはわからぬが、その旨、先方にも伝えておいてくれ」


「はっ」


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